第785回:新興自動車ブランドが続々と躍進! いまイタリアで起きていること
2022.12.01 マッキナ あらモーダ!政権は振り子のごとく
今回は、イタリアで頻繁に目撃するようになった、新興ブランド車についてのお話である。
その前に、まずは政界の話を。イタリア初の女性首相、ジョルジャ・メローニ氏(1977年生まれ)率いる右派連立政権が2022年10月22日に誕生して、早くも1カ月が経過した。
この国では、筆者が住み始めた1996年から26年間に、一度政権から離れた後に復帰した人物の就任も1回と計算すると、計13人が首相に就任した。
同じ期間に就任した日本の首相の人数も見てみる。筆者が日本を離れたときの橋本龍太郎政権から数えると12人だ。イタリアと1人しか違わない。
ただし、イタリアが日本と決定的に違うのは、(中道も含む)左派と右派、そして非政治家内閣の間で、8回も政権交代が起きたことである。まさに振り子のごとくだ。言うまでもなく、その間日本では、いわゆる民主党政権時代があったのみである。すなわち、基本的に55年体制(=広い意味での自民党政権)が継続している。
筆者は日本の政治に関して専門家ではないので、これ以上の言及はしない。また、イタリアでも、一般国民の間で「どの政権になっても、不正や汚職はつきものだ」という諦観(ていかん)が跋扈(ばっこ)しているのも事実だ。しかしながら、「社会が少し変わるかもしれない」という期待感が政権交代を促していることも、これまた事実である。各国の直近における国政選挙で、いずれも40%台にとどまるスイスやフランスなどよりはるかに高い63.78%という投票率をイタリアが記録したのも、そのためであろう(データ出典:cise)。
そのような経緯をたどってきたイタリアの政権だが、路上を走る自動車ブランドも、くしくも日本では想像できないほどに流動的である。
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マツダにホンダにレクサスも
早速イタリアにおける2022年10月のブランド別新車登録台数を見てみよう。業界団体UNRAEの統計によると、首位はフィアット(1万3377台でシェア11.55%)である。以下は2位がトヨタ(9032台で7.80%)、3位がフォルクスワーゲン(8633台で7.45%)と続く。
4位はフォード(6611台で5.71%)だが、その下に位置づけている同じグループであるキアとヒョンデを合算すると7751台となり、フォードを抜いてしまう。ついでに言えば、この韓国の2ブランドを上回る日系メーカーは、前述のトヨタ以外にはない。
だが韓国系の台頭と同時に、もうひとつの現象がある。今までなじみのなかった新興ブランドのモデルと頻繁に出会うようになったのだ。体感値だけでなく、データもそれを証明している。
まずはクプラである。本欄第635回および第761回で紹介したとおり、フォルクスワーゲン グループでスペインを本拠とするセアトが2018年にブランド内ブランドとして独立させたのが始まりだ。その後グループ内で、フォルクスワーゲンやアウディなどと並ぶいちブランドに昇格した。
フォルクスワーゲン グループは、公式ウェブサイトでクプラを「エモーショナルなデザインと電動化、そしてパフォーマンスを融合し、バルセロナから世界を震撼(しんかん)させる型破りな挑戦的ブランドです」「破壊的で反抗的で、一部の人に愛されていますが、すべての人に好かれるわけではありません」そして「群衆とは異なることを目指す人のものですが、それらを際立たせる何かを持っています」と説明している。あえて万人受けを狙わないそぶりで、顧客を引きつけようとしていることがうかがえる。このクプラ、2022年10月の販売で前年比1.66倍の1028台を記録している(以下各ブランドとも2022年10月のデータ)。
次なるブランドはDRオートモビルズ(以下DR)である。もともと南部モリーゼ州でフィアット系ディーラーを経営していたマッシモ・ディ・リージオ氏(1960年生まれ)が2006年に興した自動車メーカーである(本欄第194回も参照いただきたい)。
カタログに載っている各車は、コンポーネンツを中国の奇瑞(チェリー)汽車から調達しているが、モリーゼで最終組み立てを行っているので、型式登録上はイタリア製だ。登録台数は、前年比3.2倍の2695台に達した。その数はスズキやMINI、ボルボ、セアト、アルファ・ロメオ、そして前述のクプラを上回ると記せば、その躍進ぶりがお分かりいただけるだろう。
リンク&コーも2022年夏ごろから頻繁に目撃するようになった。第747回に記したとおり、ジーリーホールディンググループおよびその傘下の吉利自動車グループ、そしてボルボ・カーズによる合弁企業のブランドだ。こちらは、前年同月の211台から930台へと一気に4.4倍に増えた。参考までにその台数は、マツダ(797台)、ホンダ(708台)、そしてレクサス(245台)といった日系ブランドをはるかに上回る。
そうした新興ブランドのなかで最も高い伸び率を示したブランドといえば、上海汽車集団製のMGである(本欄第731回参照)。前年同月の140台に対し、その約10.5倍に相当する1482台を記録した。前述のクプラとともに“1000台クラブ”の仲間入りである。
それでは、なぜそうした新興ブランドがイタリアで隆盛しつつあるのかについて考えてみたい。
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新興ブランドが元気な理由
第1は、「ブランドの国籍や製造国に対する意識の希薄化」である。背景には、イタリア人の思考が、より国際的になったことがあろう。イタリアが決済通貨としてユーロを導入したのは1999年1月である。すでに23年が経過している。また欧州の奨学金制度「エラスムス」によって、大学生時代に国外で学んだ経験のあるイタリア人も周囲に少なくない。これらによって、まず人々の意識が、国内からヨーロッパに向いた。
その次段階として、イタリア人のモノに対する意識をよりボーダーレスに導いたのは、スマートフォンやPC関連機器の普及である。もはや多くの人は、そうした最先端技術を駆使したプロダクトが、中国をはじめとするアジアの生産拠点製であることを知っている。工業製品に限って言えば、世界のどの地域の工場でつくられたかについては、あまりこだわらないメンタリティーが醸成されてきたのである。
上記と関連するが、購入する世代の変化もある。若い世代は、歴史的自動車ブランドが果たした過去のレースの戦歴などには、あまり関心がない。それを匂わせるのは、全世界におけるF1グランプリのテレビ中継の視聴者数だろう。それを見ると、2008年には6億人いたものの以後右肩下がりを続け、2017年には3億5200万人にまで減っている。フランス戦とドイツ戦が復活した2018年には4億9000万人まで回復するが、それ以降も4億人台のままである(出典:Statista)。ヒストリーにロマンを抱かない世代が、より柔軟な自動車ブランド選びを加速させていると考えられる。
第2は「パワーユニット多様化の波に乗っている」ことだ。前述の新興ブランドはガソリンエンジン車もしくはLPG/ガソリン併用エンジン車のみのDRを除いて、いずれも電動車を前面に押し出したブランドである。
2021年のデータによるとイタリアにおける人口1000人あたりの自動車保有台数は646台で、欧州圏内ではルクセンブルクに次ぐ2位であり(出典:Eurostat)、複数台数を所有する家庭が多い。加えて、現状では電動車を購入できるのは、比較的所得が高い層である。したがって、「セカンドカー、サードカーとして導入する初めての電動車は、新しいブランドで」と冒険するユーザーが多い。かつてイタリア市場でトヨタ製ハイブリッド車や「日産リーフ」が発売されたときに見られたのと同じ現象だ。事実、筆者が住むシエナのクプラ販売店のマッシモ氏は「3万ユーロ(約430万円)台から始まるブランドゆえ、顧客層の中心は40代以上になる」と証言する。MGのプラグインハイブリッド車「EHS」も、3万6590ユーロ(約529万円)からだ。
そして第3は、地元有力自動車ディーラーによる、新興ブランドの取り扱いが始まったことだ。なお、クプラは既存のセアトのディーラー網で、リンク&コーはインターネットおよびミラノとローマの「クラブ」と称する拠点で販売する方法をとっているので、ここでは例外とする。
かつてイタリアで新興ブランドは販売店ネットワークを持たないため、巨大スーパーマーケットの館内広場などを借りて展示販売するのが常だった。いっぽう今日では、各地で実績ある販売店が、新興ブランドを手がけるようになっている。
一例として、中部フィレンツェでDRやMGの取り扱いを開始したブランディーニ社は、1917年からフィアットを販売してきたトスカーナ屈指の販売店である。
そうした店が新興ブランドを扱う背景には、欧州ブランドが高価格化するなかで、より広い顧客層をカバーしようという目的があることは疑う余地もない。同時に、持ち駒を増やすことで――まさに2021年から発生しているような――市場の需給バランス・地政学的要因による部品供給不足を理由とする車両デリバリー停滞にも、柔軟に対応できる。実際、上記4ブランドではないが、筆者が住むシエナのスズキおよび三菱販売店がサンヨンの取り扱いを始めたのも、その一例だ。
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次世代のモチベーションのためにも
加えてDRの場合、ベースとなる中国車のデザインと機構、そして装備が、以前よりも洗練・充実したこともプラスに働いている。発足当時の低価格志向一辺倒から脱却しつつあるのだ。
さまざまな新興ブランドが、ゲームチェンジャー候補として一国の市場に参入するメリットは多い。例えば、旧社会主義国の自動車を見れば分かるように、ライバルがいないと国内メーカーの技術や販売法の進歩は停滞してしまう。ユーザー視点からすれば、選択の余地がなくなることは、購買意欲の減退にもつながる。加えて、自動車が景観の一部であることを考えれば、街を走る自動車ブランドの固定化は、都市、ひいては市民のマインドにも影響を及ぼす。
さらに、背後に巨大企業のあるなしにかかわらず、新しいブランドが参入できる余地があることを示すのは、未来を担う世代のモチベーションにとっても必要である。テスラが出現するまで、この産業はもはや成熟産業であり、新規参入の余地は一寸もないと説いた人が何人いたことか。
そうした意味で筆者は、日本以上に活発に変化する、イタリアの路上風景を歓迎するのである。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、大矢麻里<Mari OYA>/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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