第802回:銀ギツネの夢をかなえる! 日本仕様のスバルをあえて欧州で売る男
2023.04.06 マッキナ あらモーダ!よく見れば右ハンドルだらけ
2023年3月初旬、イタリア北部パルマで開催されたヒストリックカーショー「アウトモトレトロ」でのことである。出展者の多くはフィアットやランチア、アルファ・ロメオなどの国内ブランドか、もしくはポルシェ、ジャガー、ランドローバーといったイタリア人が好む外国のプレミアム系ブランドの車両を並べている。そうしたなか、ちょっと古いスバル、それもSTI(スバル・テクニカル・インターナショナル)のハイパフォーマンス系ばかりを集めた出展者がいた。店名は「ボクサー90」である。
赤いカーペットが敷かれたブースに足を踏み入れてみると、迎えてくれたのはフレンドリーな男性だった。新車スバル販売店の中古車部門かと思って聞けば、そうではないと答える。そして彼は一台のドアを開いてみせてくれた。右ハンドルである。英国仕様かと尋ねると、「いいえ、日本から輸入したものです」と言うではないか。そしてこう教えてくれた。「欧州未導入だったユーズドスバルのショップです」。
彼の名は、ジュゼッペ・ザンべッリ-レインさん。「1982年生まれです。FIFAワールドカップでイタリア代表が優勝した年です」。十数年にわたりPRの世界に身を置いてきたのち、2022年4月に創業したと話す。筆者がなぜスバルを? と聞くと、ジュゼッペさんの口からは意外な言葉が飛び出した。「父がスバル・イタリアに長年勤務していたのです」。
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“ミスタースバル”の家に生まれて
彼の父アルベルト・ザンベッリ-レインさんは1990年、それまで18年にわたって勤務したBMWイタリアから設立間もないスバル・イタリアに転職した。ジュゼッペさんが8歳のときということになる。参考までに、スバル・イタリアは1985年に発足した企業で、社主はのちにブガッティを再興し、ロータスも傘下に収めるロマーノ・アルティオーリ氏が務めていた。その後同社は1990年代中盤に三井物産の手に渡り、2001年からはスロベニア、クロアチア、スロバキアそしてオーストリア地域の販売も手がけるようになった。アルベルトさんはそうした拡大期をマーケティングおよび広報部長として支え続けた。同時に、スバル・イタリアに転職した年は、ブランドがWRCに参戦した年でもあった。そのためスポーツ部門のダイレクターも兼任。ラリーを積極的にサポートした。そして2009年に退職。約20年にわたって活躍し、欧州のスバル史において1ページを記すべき人物だったのである。
とかくこの世では、子どもは親に反発し、別の道を歩む例が珍しくない。社員と自営業者という違いはあるものの、なぜ同じスバルに携わるのか? それに対してジュゼッペさんは「幼いころから、父についてラリーのアシスタント現場や競技、そして選手を間近で見て育ちました。それが心に残っているのです」と話す。さらに今の仕事を「ラリーの黄金期に、父がスバルというブランドを通じてイタリアに貢献したことへの、一種のオマージュです」と定義する。
90年代ファンのために
「私は普段ロンドンをベースとしていますが、スバルファンの仲間たちからたびたび『あの時代の欧州未導入モデルが欲しい』といった声を聞きました。それが創業のきっかけです」と振り返る。
参考までに彼が住む英国では、そうしたハイパフォーマンス系スバルの新車時代、並行輸入が過熱し、現地法人は一時アフターサービス等の対応で頭を抱えたほどだった。
そしてジュゼッペさんは現在を「欧州で入手できなかった過去のモデルを日本から輸入することで、モータースポーツのファンや技術に心酔する人が路上を走らせるのを見られるのが大きな喜びです」とも語る。
典型的な顧客像は?
「多岐にわたりますが、総じて言えば情熱に投資する人です。いわゆるシルバーフォックス(筆者注:銀ギツネ。英語のスラングで、白髪をたたえた魅力的な男性)も少なくありません。ステアリングを握れる時間は少ないものの、90年代の夢を実現したいとして購入するのです」。社名であるボクサー90も、そうした人々へのメッセージが込められているという。
目下ロンドンをベースに自身では店舗をもたず、イタリアなどの提携ショップを通じて販売を展開している。今後の目標に関してジュゼッペさんは「古いスバルやコンペティションカーを愛するファンのためのハブとして機能することを計画しています。彼らのための拠点づくりです。イベント、ドライビングスクールや走行会などを企画します。スバルのクルマや歴史、企業が目指したものを知ることができる催しです。それらを通じて、過去がほこりをかぶることのないようにするのが私の役目です」と熱く語る。
「あの時代」再評価の予告編?
ところで1990年代と聞いて連想するのは、日本のバブル経済だ。今日の日本でそれは「反省」といった後ろ向きなイメージで捉えられることが多い。しかし筆者個人的には、経済力を背景に生まれた製品が、将来どう捉えられるか、それも日本国外でどう再評価されるかに関心がある。
社会現象と製品という観点から例として挙げたいのは19世紀末から20世紀初頭に花開いたフランスのアール・ヌーヴォー様式である。鉄やガラスといった当時の新素材を活用しながら、有機的な形態を工業製品や建築に反映していった。やがて1910年代にアールデコ様式が登場すると一気に古いスタイルとなってしまうが、1960年代に大西洋の向こうの米国でアール・ヌーヴォーは再評価されるようになる。
イタリアで言えば、戦後経済成長「ミラーコロ・エコノミコ(奇跡の経済成長)」の時代における製品である。奇跡とは狭義ではイタリアの国内総生産が欧州で1位のドイツに次ぐ年率6.3%台の伸びを記録した1958~1963年を指す。
その時期にデザインされたオリベッティのタイプライター、ブリオンヴェガのテレビといった製品はその後――企業経営の脆弱(ぜいじゃく)性も原因だったが――アメリカや日本のプロダクトに淘汰(とうた)されてゆく。その秀逸なデザインが本格的に再評価され、リプロダクションが企画されたのは世紀をまたいでからだった。
イタリア車もしかりである。やはり奇跡の経済成長時代に誕生した1957年のフィアットの「500」は、先に発売された「600」とともにイタリアのモータリゼーションを一気に加速させた。しかし、次第にイタリア人はフィアットに乗らなくなり、2000年前後に同社はついに経営危機に陥る。今日流に解釈した現行フィアット500が発売されたのは2007年だった。
アール・ヌーヴォー、奇跡の経済成長時代のプロダクト、そしてフィアット500も、再評価までに40年から50年を要したことになる。希望的観測を述べれば、90年代に企画されたり発売されたりした日本製品は、2030年代あたりに世界的に再評価されることもあり得る。ジュゼッペさんのスバル愛は、その予告編なのかもしれない。
(文=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、Giuseppe Zambelli Rain/編集=藤沢 勝)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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