どうしてクルマはモデルチェンジで「太る」のか?
2023.05.29 デイリーコラム安全だけが理由じゃない
「『カムリ』も『クラウン』も、昔は小さかった。5ナンバーサイズだったのに」
「『シビック』っていつからこんなに大きなクルマになったの……?」
「今どきのMINIは大きくなって、全然“ミニサイズ”じゃないよね」
「BMWの『3シリーズ』って、ひと昔前の『5シリーズ』の大きさだよね。まったくもってコンパクトじゃないし」
古今東西、クルマはどんどん大型化している。例えば現行型ホンダ・シビックのボディーサイズは全長4550mm×全幅1800mmだが、51年前に発売された初代は3405mm×1505mm。初代は「フィット」を下回るどころかほぼ軽自動車サイズで、比べると昨今のシビックは全長が1m以上伸びているのだから、50年分の“成長”はなかなかのものである。
ところで、クルマはどうしてフルモデルチェンジのたびに大きくなるのか? クルマに興味のある人なら、すぐに理由を言えるかもしれない。「衝突安全性を高めるため」とか「居住空間を広くするため」というのが、フルモデルチェンジで車体サイズが拡大される一般的な理由として挙げられるものだ。それはたしかに正論だし、おそらく自動車メーカーの開発者に尋ねてみても、そういう答えが返ってくるだろう。
しかし、筆者は考える。根底にある理由はそれではないと。
新型へとフルモデルチェンジするたびに車体が拡大するワケ。それは消費者の「より大きな満足を得たい」という欲求を満たすためである。
例えば、フルモデルチェンジに際して「先代と居住空間の広さは変わりません」とか「車体サイズは変えていませんが、衝突安全性対応のため室内は少し狭くなりました」とかいう新型車が出たとして(時には前者のようなフルモデルチェンジもあるが主流ではない)、それにユーザーが納得するだろうか?
![]() |
![]() |
![]() |
すべては顧客の笑顔のために
やはり消費者、特に従来モデルから乗り換えるユーザーにとっては「従来モデルよりも確実に室内が広くなっていること」が乗り換えの満足度を高めることになるし、乗り換えの背中を押すことにもつながる。「新型に買い替えてよかった」に直結するのだ。
商品性をアピールするとともに、消費者の満足感を高める手段としてフルモデルチェンジで車体が大きくなるといっていいだろう。
かつてBMWの開発エンジニアは「ドイツ人の平均身長は年々高くなっている。フルモデルチェンジのたびに3シリーズの全長が伸びる理由はドイツ人の成長に合わせて室内を広げているからだ」とコメントしていたが、サイズアップの主な理由は室内を広くするためである。
しかしフルモデルチェンジでのサイズアップはメーカーの勝手な都合で行われているわけではなく、あくまでユーザーを喜ばせるため。当たり前のことだが、ユーザーが喜ぶクルマのほうが、喜ばないよりも売れる商品となるからだ。
もしも、室内が広くなることよりも「同じ車体サイズを死守すること」を求めるユーザーが多ければ、次のフルモデルチェンジで車体が大きくなることの歯止めとなるだろう。
ただ、自動車メーカーだって「フルモデルチェンジのたびにクルマを大きくしてそれで終わり」ではない。
例えばフォルクスワーゲンは「ゴルフが大きくなりすぎた」という声に応えて「ポロ」を登場させ、「それでも大きい」というユーザーには「ルポ」や「up!」も用意した。ホンダは大きくなりすぎたシビックでは対応できないユーザー層のためにフィットをラインナップした。「小さいクルマが欲しい」というユーザーの声には弟を用意してしっかりと応えているのだ。
ニーズがあれば小さくできる
だから「今どきの『メルセデス・ベンツCクラス』では大きすぎる」という人は、かつてのCクラスに近い車体サイズである「Aクラス セダン」を買えばいいし、「大きなシビックは欲しくない」という人はフィットを選べばいい。それだけのことである。
ところで、なかにはフルモデルチェンジで小さくなったクルマもある。
例えば1994年に登場した6代目「マツダ・カペラ」は、実質的なその前身である「クロノス」に対してサイズダウン。3ナンバーから5ナンバーサイズに“格下げ”されたが、これは好景気の勢いに乗って3ナンバーサイズでつくられたクロノスが不評だったことと、バブル経済崩壊に伴う(そしてその後の失われた30年の根本的な原因となる)節約志向を受けてのもの。明確な理由があったのだ。
3ナンバーから5ナンバーといえば、「日産シルビア」もそう。大ヒットしたS13型からS14型へのフルモデルチェンジで3ナンバー化されたが、「大きいのはシルビアらしくない」という市場からの声を受けて、次のS15型では5ナンバーへとサイズダウンした。
また、現行型のロードスターであるND型も、先代のNC型よりも車体はコンパクトになっている。理由は、車両のコンセプトとして軽量化と“原点回帰”があったからだ。
シルビアとロードスターに関しては、クーペやオープンカーというジャンルゆえに、室内の広さは商品性に大きくはかかわらない。だから気にせず車体を小さくできたといえる。ユーザーが広さを気にせず、それ以上に重視する“なにか”があれば、そんなフルモデルチェンジもあり得るのだ。
世の中のクルマの肥大化はユーザーの要求が起こしているものであり、だからこそキャラクター次第ではサイズダウンもあり得る。クルマの開発というのは、ユーザーのニーズ次第で大きく変わるものなのだ。
(文=工藤貴宏/写真=トヨタ自動車、本田技研工業、BMW、マツダ、日産自動車、webCG/編集=関 顕也)

工藤 貴宏
物心ついた頃からクルマ好きとなり、小学生の頃には自動車雑誌を読み始め、大学在学中に自動車雑誌編集部でアルバイトを開始。その後、バイト先の編集部に就職したのち編集プロダクションを経て、気が付けばフリーランスの自動車ライターに。別の言い方をすればプロのクルマ好きってとこでしょうか。現在の所有車両は「スズキ・ソリオ」「マツダCX-60」、そして「ホンダS660」。実用車からスポーツカーまで幅広く大好きです。
-
世界中で人気上昇中! 名車を生かしたクルマ趣味「レストモッド」の今を知る 2025.9.22 名車として知られるクラシックカーを、現代的に進化させつつ再生する「レストモッド」。それが今、世界的に流行しているのはなぜか? アメリカの自動車イベントで盛況を目にした西川 淳が、思いを語る。
-
「マツダEZ-6」に「トヨタbZ3X」「日産N7」…… メイド・イン・チャイナの日本車は日本に来るのか? 2025.9.19 中国でふたたび攻勢に出る日本の自動車メーカーだが、「マツダEZ-6」に「トヨタbZ3X」「日産N7」と、その主役は開発、部品調達、製造のすべてが中国で行われる車種だ。驚きのコストパフォーマンスを誇るこれらのモデルが、日本に来ることはあるのだろうか?
-
建て替えから一転 ホンダの東京・八重洲への本社移転で旧・青山本社ビル跡地はどうなる? 2025.9.18 本田技研工業は東京・青山一丁目の本社ビル建て替え計画を変更し、東京・八重洲への本社移転を発表した。計画変更に至った背景と理由、そして多くのファンに親しまれた「Hondaウエルカムプラザ青山」の今後を考えてみた。
-
トランプも真っ青の最高税率40% 日本に輸入車関税があった時代 2025.9.17 トランプ大統領の就任以来、世間を騒がせている関税だが、かつては日本も輸入車に関税を課していた。しかも小型車では最高40%という高い税率だったのだ。当時の具体的な車両価格や輸入車関税撤廃(1978年)までの一連を紹介する。
-
スズキが未来の技術戦略を発表! “身近なクルマ”にこだわるメーカーが示した問題提起 2025.9.15 スズキが、劇的な車両の軽量化をかなえる「Sライト」や、次世代パワートレインなどの開発状況を発表。未来の自動車はどうあるべきか? どうすれば、生活に寄りそうクルマを提供し続けられるのか? 彼らの示した問題提起と、“身近なクルマ”の未来を考える。
-
NEW
“いいシート”はどう選べばいい?
2025.9.23あの多田哲哉のクルマQ&A運転している間、座り続けることになるシートは、ドライバーの快適性や操縦性を左右する重要な装備のひとつ。では“いいシート”を選ぶにはどうしたらいいのか? 自身がその開発に苦労したという、元トヨタの多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
マクラーレン750Sスパイダー(MR/7AT)/アルトゥーラ(MR/8AT)/GTS(MR/7AT)【試乗記】
2025.9.23試乗記晩夏の軽井沢でマクラーレンの高性能スポーツモデル「750S」「アルトゥーラ」「GTS」に一挙試乗。乗ればキャラクターの違いがわかる、ていねいなつくり分けに感嘆するとともに、変革の時を迎えたブランドの未来に思いをはせた。 -
プジョー3008 GTアルカンターラパッケージ ハイブリッド(FF/6AT)【試乗記】
2025.9.22試乗記世界130カ国で累計132万台を売り上げたプジョーのベストセラーSUV「3008」がフルモデルチェンジ。見た目はキープコンセプトながら、シャシーやパワートレインが刷新され、採用技術のほぼすべてが新しい。その進化した走りやいかに。 -
第319回:かわいい奥さんを泣かせるな
2025.9.22カーマニア人間国宝への道清水草一の話題の連載。夜の首都高で「BMW M235 xDriveグランクーペ」に試乗した。ビシッと安定したその走りは、いかにもな“BMWらしさ”に満ちていた。これはひょっとするとカーマニア憧れの「R32 GT-R」を超えている? -
世界中で人気上昇中! 名車を生かしたクルマ趣味「レストモッド」の今を知る
2025.9.22デイリーコラム名車として知られるクラシックカーを、現代的に進化させつつ再生する「レストモッド」。それが今、世界的に流行しているのはなぜか? アメリカの自動車イベントで盛況を目にした西川 淳が、思いを語る。 -
ランボルギーニ・ウルスSE(前編)
2025.9.21思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が「ランボルギーニ・ウルスSE」に試乗。時代の要請を受け、ブランド史上最大のヒットモデルをプラグインハイブリッド車に仕立て直した最新モデルだ。箱根のワインディングロードでの印象を聞いた。