TOM’S GR86 TS(FR/6MT)
クルマ遊びの原風景 2023.10.28 試乗記 モータースポーツの第一線で活躍し続けるTOM'S(トムス)。彼らが手がけた「トヨタGR86」のコンプリートカーが「TOM'S GR86 TS」だ。ドライバーとともに成長する“ベースコンプリートカー”には、昔ながらのクルマと付き合う楽しさがあふれていた。正直、甘く見ていました
これはまさに、大人の趣味のスポーツカーだ。試乗を終えたあと、素直にそう思えた。
その名前からわかるとおり、TOM’S GR86 TSは国内レースのトップチームであるTOM'Sが仕上げた、「トヨタGR86」をベースとしたコンプリートカーである。
ちなみに、TOM’Sは2022年の東京オートサロンで、すでにGR86ベースのコンプリートカーを1台提案している。その名もずばり「GR86 WIDE BODY」というシンプルなネーミングで、ノーマルでは1775mmだった全幅を、オリジナルのワイドフェンダーで1863mmにまで拡大。それに伴いエアロパーツをぐるりと“ひと巻き”し、エンジンはターボチャージャーで出力を向上させた。シャシーもその“速さ”に対して19インチタイヤとスポーツサスペンションキット、強化ブレーキキットで応えるという、いまどきなかなかに硬派な仕様のGR86だった。
ただ、残念なことにこのコンプリートカーは、まだターボチャージャーの開発を煮詰めている段階(ワイドボディーのみの仕様は販売中)。TOM’Sともなればトヨタ系ディーラーでも数多くのニーズがあるため、そのレベルまで耐久性やクオリティーを高めている最中なのだという。
対して、今回試乗したGR86 TSは、オーバーフェンダー以外のTOM’S製エアロ「スタイリングパーツセットB」を装着し、排気系と足まわりに手を加えた“だけ”の、いわゆるライトチューン仕様だった。
だから、正直なことを言えば筆者は、最初このTOM’S GR86 TSにあまり期待をしていなかった。TOM’Sほどのメーカーがコンプリートカーと銘打つなら、やっぱりターボ仕様に乗ってみたかったし、前回はハイフロータービンで最高出力を320PSに、最大トルクを42.0kgf・mにまでアップさせた「TOM'S GRヤリス」の走りも、たっぷりと味わっていたからだ。
だが実際にGR86 TSを走らせると、こうした予想は意外にもあっさりと、そして心地よく覆された。
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幅広い使い方に応えるサスペンション
東名高速道路のサービスエリアで編集部ホッタ青年から受け渡されたGR86 TS。「足まわり、硬いッス!」と言いながらも朝から彼がハイテンションなのは、このクルマのせいだということがその表情からも容易に読み取れた。
スターターボタンを押して、パーキングエリアの構内をゆっくり走りだす。GR86 TSのクラッチはノーマルだから軽めで、なんら扱いにくいところはない。軽くアクセルを踏み込むと「TOM’S バレル」のサウンドが最初だけふわりと響いた気がしたけれど、車内は極めて静か。低速時におけるこもり音や、ビビリもない快適仕様だ。横断歩道で歩行者を優先させていたところ、20代とおぼしき若い男の子がじーっとこちらを見つめていたのが、ちょっとだけ気恥ずかしかった。
ホッタ青年の言うとおり、GR86 TSの乗り心地は低速だと段差や継ぎ目で、突き上げがややストイックだ。ただそれは足まわりが硬いというより、オプション選択となるブリヂストンの「ポテンザRE-71RS」(サイズは215/40R18)の剛性が高いからだろう。
ご存じRE-71RSはサーキットでタイムを出すための、極めて目的が明確なストリートラジアルだ。そしてGR86 TSのスタンダードな仕様としては、TOM’Sも純正タイヤ「ミシュラン・パイロットスポーツ4」を選択している。試乗車は2023年9月24日に開催された「FUJI 86/BRZ STYLE 2023」に出展されていた車両がそのまま撮影試乗車として供されたわけだから、フルスペックに近い状態となっていたというわけだ。
となると、このアシ「Adovox Sports(アドヴォックススポーツ)」は、純正タイヤから辛口なスポーツラジアルまで対応する幅の広さを持っているということになるわけだが、果たして前後20段の減衰力調整ダイヤルをパチパチ回しながらアジャストしたダンパーは、期待に応える乗り味を示した。
ちなみに試乗車を借り受けたときの減衰力は、イベントへの搬送用ということなのだろう、フロント最弱/リア15段戻しという、一見乗り心地に振ったセットになっていた。しかし、これだとダンパーそのものは柔らかくなっても、突き上げそのものは減衰されない。上述のとおりバネ下には重たくゴツいスポーツラジアルが収まっているから、かえって収まりが悪くなってしまうのだ。
そこで前後とも一旦ダイヤルを締め切ってから真ん中の10段までこれを戻すと、その動きは途端にまとまりをみせた。ちなみにダンパーはモノチューブ式。全長調整式ケースで車高を整えながら、前後6kg/mmのスプリングに若干のプリロード(約4mm)を与えた状態という割には、ガス圧の反発もなく、段差落ちもない。
だから高速巡航での乗り心地は、GR86らしからぬどっしり感があってフラットだ。減衰力を上げたことで街なかではピロアッパーマウントによる芯のある突き上げ感が若干高まったが、クルマ全体の動きはここでもまとまりのあるものになっていた。そう考えると、サーキットを走らなければノーマルのゴムアッパーでもいいかもしれない。
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ダイヤル次第でいかようにも
そんなGR86 TSが一番生き生きするのは、当然ワインディングロードだ。走り始めてまず感じたのは、トラクション性能の高さ。ポテンザRE-71RSを履いているのだからそれも当たり前だろうと思うかもしれないが、そのグリップをしてさらにアクセルオンで強く蹴り出していく、機械式LSDの効果がこの足まわりだと高く感じ取れる。
またアクセルのオフ側、ブレーキングからターンインにかけての挙動がほどよく安定しているのにも好感を持った。TOM’Sが採用したのはオフ側のプレッシャーリングを緩やかに開く1.5way式であり、これが適度な引きずりによってGR86特有の巻き込み感を和らげてくれていた。とてもユーザーフレンドリーな、よく練り込まれた選択だと思う。
ただ、現状の“ダンパー10段戻し”だとリアの接地性がやや勝ちすぎている印象で、GR86ならではのステア応答性と、ターンインの鋭さがスポイルされてしまっている。というわけでリアダンパーを緩めていくと、13段戻しのところでベストなバランスが見つかった。ブレーキングでフロントダンパーはこれまでどおり荷重をしっかり受け止め、その荷重移動でリアサスがほどよく伸びる。ブレーキをリリースしながら操舵していくと、ノーズが実に気持ちよくスーッと入る。
姿勢が早く変わるようになったぶんだけアクセルも早く踏めるようになり、ドンピシャのタイミングでそのトラクションが、がっつり掛けられるようになった。
自分の指でクルマを調律する面白さ
コーナリング中のダンパーの動きも、とても滑らかだ。通常、ストラット式のサスペンションで倒立式にすると、サイドフォースには強くなるが、そのぶんシリンダーとケースのフリクションが増えがちだ。しかしアドヴォックスのダンパーはスティック感がなくスムーズに動く。ダンパーだけでなく、アームやブッシュ類まで最適化したコンプリートカーとしての剛性アップが効いているのかもしれない。
総じて、GR86 TSは、非常に楽しいハチロクに仕上がっていた。当初はTOM’Sが放つコンプリートカーならば減衰力くらい、車内からボタンひとつで調整できる機構を用意してほしいところだと思った。しかし、走るたびにクルマを降りては、フロントサスの下側に手を伸ばし、トランクを開けてダイヤルのクリック音に聞き耳を立てているうちに、「それも必要ないかな」と思い直した。
フロントのホイールハウスに手を突っ込めば、腕や手のひらは真っ黒に汚れるし、小さなダイヤルを回すと指先は痛くなる。しかし、TOM’S GR86 TSに乗るときは、たぶんそれでいい。汚れても構わないジーンズとパーカが正装で、ダンパーをいじくるときは厚めのメカニックグローブを着ければいいのだ。
ヒストリックカーにでも乗っていない限り、いまどき手のかかる愛車なんてそうそうない。だけれどわれわれクルマ好きは、そんな少し手のかかるわが子が欲しいのだ。筆者はいまだに1986年式の「AE86」を走らせて楽しんでいるけれど、それと同じ感じがこのクルマにもある。いまさら古いクルマで大変な思いをするのも面倒だろう。GR86 TSからもう一度クルマ趣味を始めてみるのは、悪くない選択だ。
(文=山田弘樹/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
TOM’S GR86 TS
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4265×1775×1310mm
ホイールベース:2575mm
車重:1270kg
駆動方式:FR
エンジン:2.4リッター水平対向4 DOHC 16バルブ
トランスミッション:6段MT
最高出力:235PS(173kW)/7000rpm
最大トルク:250N・m(25.5kgf・m)/3700rpm
タイヤ:(前)215/40R18 89W/(後)225/40R18 92W(ブリヂストン・ポテンザRE-71RS)
燃費:--km/リッター
価格:600万円/テスト車=670万5540円
オプション装備:なし ※以下、販売店オプション 18インチ鍛造アルミホイール「TOM’S TWF04」(36万9600円)/ラグナット(1万2100円)/タイヤ「ブリヂストン・ポテンザRE-71RS」<フロント>(13万0680円)/タイヤ「ブリヂストン・ポテンザRE-71RS」<リア>(13万3760円)/フロアマット MT用 毛足5mm<T05>(4万6200円)/TOM’Sエンブレム<クローム・カーボン・マットカーボン>(1万3200円)
テスト車の年式:2023年型
テスト開始時の走行距離:3654km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(6)/山岳路(2)
テスト距離:268.3km
使用燃料:26.2リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:10.2km/リッター(満タン法)/10.1km/リッター(車載燃費計計測値)
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山田 弘樹
ワンメイクレースやスーパー耐久に参戦経験をもつ、実践派のモータージャーナリスト。動力性能や運動性能、およびそれに関連するメカニズムの批評を得意とする。愛車は1995年式「ポルシェ911カレラ」と1986年式の「トヨタ・スプリンター トレノ」(AE86)。
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