第44回:アストンマーティン・ヴァンキッシュ(後編) ―ここから始まる“野蛮なアストン”の復活劇―
2024.10.23 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
V型12気筒エンジンを搭載した、新しいアストンマーティンの旗艦「ヴァンキッシュ」。アストンはどのような変遷を経てこのアグレッシブな造形に至ったのか? これからのアストンのデザインはどのように進化していくのか? 元カーデザイナーとともに考えた。
(前編に戻る)
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特異だった「DB11」のピュアデザイン
渕野健太郎(以下、渕野):それにしても……(写真を見せつつ)前のヴァンキッシュと新型ヴァンキッシュを見比べると、前のはだいぶおとなしく感じませんか?
清水草一(以下、清水):ビックリするほどおとなしく感じます。
渕野:まだ数年しかたっていないのに、なんなんでしょうね、この感覚の変化は。すごく上品なものに見えますよね。
清水:いや、それどころか「物足りない!」って感じますよ!
webCGほった(ほった):そうですか? 俺はこの世代のヴァンキッシュ、いま見てもすごく好きだけど。
渕野:そうですね。自分らとしてはこれぐらいでいいんですけど、顧客がどう思っていたか……。
ほった:仲間にしていただいて恐縮です(笑)。
清水:私はこれだったら「DB11」がいいな。
渕野:DB11はね、やっぱりすごくピュアなんですよ。前回、新型ヴァンキッシュは「立体が交錯してる」っていう話をしましたけど、加えてクルマの下側に、強い上向きの面があるんです。こうするとキャラクターが出しやすいし、ボディーを厚く、キャビンを小さく見せられるんですよ。でもDB11は、そうした下まわりの“光受け”が全くない。だから1960年代のスポーツカーみたいに、クラシカルで高貴に見えるんです。
清水:なるほど!
渕野:DB11ではドアパネルの下側が内巻きだったのに対して、DB12や新型ヴァンキッシュは、サイドシルの存在が結構強いじゃないですか。下まわりを強調しているんです。それが一般的なんですよ。今のプレミアムスポーツカーは、大体こっちの見せ方です。アストンはそういう流行と無関係だったんだけど、今回はデザインのトレンドに乗った感じがします。
“よき堕落”の始まりはどのクルマ?
清水:確かに、こうして話を聞くと、最近のアストンはトレンドに乗っかってきてますね。DB12ではそれを堕落に感じたけど、ヴァンキッシュのは、よき堕落だなぁ。
渕野:DB11とDB12は、ドアはたぶん共通なんじゃないかな。だからデザイン的にやり切れなかったけど、ヴァンキッシュは全くの新設計なので、これぐらい強い印象にできたっていうところじゃないですか。
清水:だからすごくカッコイイのか!
ほった:……あのー。
清水:どうしたの?
ほった:いや。なんかみんな、「DBS」のこと忘れてません? と思って。(「DBSスーパーレッジェーラ」の写真を見せる)。
渕野:おや、これは。
ほった:新型ヴァンキッシュのひとつ前の、アストンマーティンのフラッグシップモデルです。アストンって、車名を引き継いだり引き継がなかったり、突然ちょっと前の名前を再利用したりするから、常日ごろから追っかけてないと系統を把握しづらいんですよ。常設の旗艦車種をイアン・カラム時代の「V12ヴァンキッシュ」からたどると、V12ヴァンキッシュ(2001-2007年)→DBS(2007-2012年)→ヴァンキッシュ(2012-2018年)→DBSスーパーレッジェーラ(2018-2023年)→新型ヴァンキッシュって流れになるんです。
清水:うへえ……。
ほった:まぁ何が言いたいかっていうと、アストンマーティンの"よき堕落”路線は、DB12(2023年-)より以前に始まっていたんじゃないかってことです。それに、こうして見るとDBSスーパーレッジェーラと新型ヴァンキッシュの間には、なんとなく連続性を感じません?
清水:でも、やっぱり新型ヴァンキッシュほどには思い切ってないと思うなぁ。ディテールを見ると、新しいヴァンキッシュって、ボンネットフードのエアアウトレットまわりがヒゲみたいなデザインになってますよね。
ほった:鹿の角みたいなデザインのやつですね。今までもボンネットフードに穴が開いてるクルマはあったけど、特別なモデルを除くと、こんな「デザインしてます!」って感じではなかったかも。
清水:そうそう。写真でしか見てないから細部はわかんないけど、ボディーが白いとこれがアクセントとしてすごく効いて見えるんだよね。竜のヒゲみたいで、やんちゃに見えるでしょ? こういう小技も、今の富裕層に効いてるんじゃないかな。
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アストンがお上品になったのはつい最近のこと
渕野:いずれにせよ、全体にすごくいいデザインですよ、新型ヴァンキッシュは。
清水:渕野さんがそれほど高く評価するのは意外です。アストンとしては邪道感がないですか?
渕野:個人的な趣味でいうと、アストンにはクラシカルで高貴なイメージを持ってるのでDB11が一番なんですけど、残念ながら私は彼らの顧客じゃないので(笑)。ただデザインのプロとしていうと、やっぱり顧客がどういうものを求めていて、それにどう応えていくかっていうのは大事なんです。その流れで見ても、やはり新しいヴァンキッシュはすごくいいですよ。
清水:自分も顧客じゃないのでDB11がベストですけど、ヴァンキッシュに富裕層が強く反応してるっていうのは、なるほどなっていう感じです。
ほった:まぁそもそも、アストンに私らが思うような上品なイメージがついたのって、割と最近ですしね。以前はもっと、野蛮でヤバい存在だったでしょ?
清水:お上品路線になったのは、イアン・カラムがデザインした「DB7」からだよね?
ほった:ですね。1994年の発表です。
清水:もう30年じゃん(笑)! ……ほった君いくつなの?
ほった:永遠の中二病です。ちなみに、古い記事ですけどwebCGには「アストン・マーティンの100年」(2013年)というミニギャラリーがありまして、これを見るとアストンのデザインの変遷がなんとなくわかりますよ。ご覧くださいませ。(ページを開く)
渕野:ありがとうございます。……しかし、自分が子供の頃とかは、アストンマーティンって、本当に「知る人ぞ知るクルマ」でしたよね。
清水:めちゃくちゃな時代がすごーく長かったですからね。私、DB7より古いアストンって一度も乗ったことないですよ!
ほった:わたしゃそのめちゃくちゃな時代のアストンも大好きなんですよ。「ヴィラージュ/V8」ベースの「ヴァンテージ」とか。完全に手づくりで、ふっるい5.3リッターV8エンジンにスーパーチャージャーを2個くっつけて、この時代に550BHPですよ? 改良型の「V600」じゃ600BHP出してたんですよ? 最高ですよ、イカレてる。狂気の沙汰ですよ。野蛮の極みです。
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人外魔境だった時代の怪物たち
渕野:……ちょっと歴史を振り返りますけど、1970年代に「アストンマーティンV8」っていうモデルがあって、「フォード・マスタング」に似たアメリカンなデザインで結構カッコよかったんですけど、続いて出たのが初代ヴィラージュ……でいいですか?
ほった:左様でございます。
渕野:これって独特なプロポーションで、正直「なんだこれ?」って思いました。アルファ・ロメオでいうと「SZ」みたいな、どこかキワモノみたいなのが出てきなと。70年代には「ラゴンダ」も出ましたけど、これも子供ながらにすっごいデザインだなと思いました。
清水:フロントオーバーハングのバケモノですよね。このころのアストンって、デザイン的にもクオリティー的にも、あまりにもおっかなすぎました。
渕野:普通の人はアストンなんて全然知らない時代ですよね。
清水:ボンドカーの「DB5」からこっち、ずーっと長いこと人外魔境でした。一般人は憧れるのもムリっていう。
渕野:それにしても……初代ヴィラージュって、「34スカイライン(R34型「日産スカイライン」)に似てるな」って思いません?(全員笑)
ほった:そうかも!
渕野:ボディー各部の比率とかプロポーションが近いんですよ。34スカイラインもキワモノだなって当時から思ってました。プロポーションのつくり方が、カーデザインのセオリーから外れてるような感じで。
清水:どう外れてるんですか?
渕野:リアまわりが一番わかりやすいんですけど、フロントビューから見たときのリアのボリュームが、タイヤへ向けて収束していないんですよ。そのままスパーンって、後ろに流れちゃってるでしょう? スカイラインも、32や33はこうじゃなかったんだけど。
清水:そこですか! なるほど!
ほった:こうして見ると、本当に一緒ですね。ヴィラージュと34スカイラインは。
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ここからアストンのデザインが変わる……かも
清水:とにかく、30年間くらい迷走しまくったアストンマーティンも、イアン・カラムのDB7からこっち、すっかりお上品路線が定着して復活したわけですよね。でも、最近はそれじゃ物足りなくなって、ぶっ壊しにかかってるという流れなわけですね。
ほった:某暴力映画の鈴木亮平みたいに。
渕野:その流れからすると、ほかのクルマはどうなりますかね? 現状だと、恐らくSUVの「DBX」が、ぶっ壊しにかかる前の最後のアストンってことになりますが。
ほった:あれでも十分アグレッシブですけどね。
清水:そう? DBXはDB11的にフォルムが絞られてるから、実際のサイズのわりに小さく見えない?
渕野:そうですね。絞りがめちゃくちゃ強いんですよ。スポーツカーみたいに、後ろにいくほどぐわーっとキャビンを絞ってる。真後ろから見ると、Dピラーが逆ハの字に見えるぐらいです。もうちょっと絞りを弱くしたほうが、この手のクルマのセオリーにはかなうんですけど、そんなの関係ねえ! ってぐらいに大胆にやってます。大きく見せるというより、造形で存在感を押し出している感じですね。
ほった:でしょう? お化粧じゃなくてカタチで攻めてんですよ。そもそも長さが5m超、幅も2m近くあるクルマなんだから、小細工でデカく見せる必要なんてないんですって。
清水:いやいや。僕はDBXって、スーパーSUVとしては上品で控えめすぎるデザインだと思うな。だからいまひとつブレイクしないんじゃないか。
ほった:んなことないでしょう。編集部がある恵比寿かいわいでも、たまに見かけますよ。アストンでたまに見かけるってことは、相当売れてるってことです(笑)。
清水:とにかく、次期型DBXは今度のヴァンキッシュみたいな、もっとわかりやすい、オラオラした発散系のデザインになってくるんじゃないですか? ヴァンキッシュから、新しいアストンマーティンのデザインが始まるんだ!
渕野:そうかもしれませんね(苦笑)。
ほった:ボンネットのエアダクトも、竜のヒゲみたいになるかも(笑)。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=アストンマーティン、newspress、ポルシェ、ランボルギーニ、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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