第898回:「しくじりフィアット」から学ぶもの
2025.02.20 マッキナ あらモーダ!スポットライトのかたわらで
フィアットがニューモデル「グランデパンダ」の宣伝プロモーションをイタリアで本格的に展開している。メーカーによると車両が各地のショールームに展示され始めるのは2025年3月だが、筆者が入手した情報によると、巡回展示は2月末から始まりそうだ。
2025年2月15日まで開催されたイタリアの歌謡フェスティバル「サンレモ音楽祭」では、市内にグランデパンダを展示。CMに用いられている歌手アル・バーノの楽曲「Felicità(フェリチタ)」を車内で歌ってSNS上に投稿すると、抽選でグランデパンダの6カ月無料レンタルが当たるキャンペーンを実施した。「レンタルでなく、贈呈にしたら」と声をかけたいところだが、それなりに頑張っている。
いっぽう、新たに「パンディーナ」という愛称が与えられた従来型の3代目「パンダ」は、2025年1月、イタリア国内登録台数で1万3300台を記録。同月の乗用車登録においてシェア10%を占めた。発表から13年選手とは思えない勢いだ。グランデパンダは車格が上がるのでハードルは高いが、輝かしい歴代モデルに匹敵する実績をあげられるか、今から注目される。
いっぽう、過去十数年を振り返れば、欧州市場に導入されたものの、ひっそりと姿を消していったフィアット系のモデルが数々存在した、というのが今回の話題である。
"米国系イタリア車”連発時代
そうしたモデル誕生のきっかけは、2014年10月の「フィアット・クライスラー・オートモービルズ(FCA)」発足の前段階として、2009年1月に旧フィアット・オートがクライスラーに資本参加したことだった。時系列で見ていこう。
まずは、彼らが2011年ジュネーブモーターショーで公開した「フィアット・フリーモント」である。当時ヨーロッパでは、日産の「エクストレイル」や「キャシュカイ」が人気を博していた。そうしたクロスオーバーSUVをラインナップに加えるべく、メキシコ工場製の「ダッジ・ジャーニー」にフィアットのバッジを付けたのがフリーモントだった。
同じジュネーブショーで発表した2代目「ランチア・テーマ」は、カナダ工場製「クライスラー300」がベースだった。同様に「ランチア・ボイジャー」はカナダ工場製クライスラーのミニバン「グランドボイジャー」を基にしたものだった。
上記3台は、いずれもクライスラーの「ペンタスター」3.6リッターV6エンジンに加え、イタリア国内のサプライヤーによって組み立てられ、より欧州市場にふさわしいV6や直4ターボディーゼルも設定されていた。
フィアット・オートは続く2012年のジュネーブショーで、今度は「ランチア・フラヴィア」を導入。こちらは米国工場製「クライスラー200コンバーチブル」がベースで、車型の展開はオープンのみ。パワーユニットも2.4リッター直4ガソリンエンジン+ATオンリーだった。
その後、FCAはグループ外のメーカーと開発・生産に関する調印を行い、バリエーションを増やしていった。
小型商用車部門フィアットプロフェッショナルの「フルバック」は、三菱自動車からタイ工場製「トライトン」のOEM供給を受けて実現したピックアップトラックだった。2015年に欧州および中近東、アフリカで販売を開始した。
翌2016年には、フィアットおよびアバルトブランドで「124スパイダー」を発売。4代目「マツダ・ロードスター」を基に、フィアット製エンジンを搭載するとともに独自の外板パネルを与えたモデルだった。生産は広島のマツダ工場に委託した。
惨憺たる結果
たとえバッジエンジニアリングやOEMであろうと、どのようなクルマにも企画や開発に携わった人の苦労がある。筆者は124スパイダーの開発に奔走した人を知っている。したがって以下をつづるのは少々心苦しい。同時に、大半が過去に「名車」といわれたモデル名に依存していたこともあって、少なからず違和感を覚えたのも、これまた事実だ。市場での受け止めはどうだったのだろうか。
唯一華々しい成果を残したのは124スパイダー、それもアバルト版だけといってよい。誕生間もないものの将来価値が見込まれる車両―“インスタントクラシック”の対象として収集家やマーケットから注目されたのだ。ただし、筆者が知る範囲で10万ユーロ(約1600万円)のプライスタグで取引されるのは、「ラリーR-GT」といったハイグレード仕様が中心だ。両ブランドの124スパイダーは2019年に販売が打ち切られている。
フィアット・フリーモントの欧州における総販売台数は5年間に15万台(データ出典:caronsale.com)だった。けっして悪くない数字だ。ただしコンスタントな売れ方ではなかったようだ。それを示したのは、シエナのフィアット販売店でセールスパーソンとして働く知人である。彼はフリーモントの発売当初「絶好調」と喜んでいた。だが、しばらくすると今度は、日本でいうところの「絶不調!」と叫んでいた。イタリア人の間では当初、長年なじみのフィアット店で買えるSUVということで注目されたが、ブームの終えんは予想以上に早かったのだ。SUVに興味があるユーザーの関心は、よりコンパクトでほぼ同価格帯の「ジープ・レネゲード」に移っていった。フリーモントは本家ダッジ版より5年も早い2016年に販売を終了。後継車なきまま10年後の現在に至っている。国家警察や都市警察の車両も少なくなかったことから、官公庁需要に支えられていた部分も大きいと推察できる。
ランチア・テーマは当初の年間販売目標として1万台が計画されていたが、2012年の英国を含む欧州7カ国の登録台数は1940台にすぎなかった(データ出典:Fiatgroupworld.com)。筆者の観察ではFCA系企業関係者、または同社敷地への出入りが多いハイヤーの需要が目立った。意地悪な表現をすれば「丸の内の『三菱デボネア』、トリノのランチア・テーマ」だったのである。
同ボイジャーも、2011年から終了年の2018年までの販売は、2万台程度にとどまる(クライスラー版含む。データ出典:goodcarbadcar)。ミニバンの主要ユーザーで、乗客受けのよい「メルセデス・ベンツVクラス」を好むハイヤードライバーの心変わりを促すには至らなかったのである。
最も悲惨だったのはフラヴィアだ。ランチアは2012年に1000台、翌年に2000台の販売を目標としていた。しかし、ブランドの本拠地イタリアでも初年度に218台、フランスでは87台しか売れなかった。2013年の販売台数は欧州全体でもわずか225台だった(データ出典:Ixocollections)。結果として市場導入から2年もたたない2013年にカタログから落ちた。筆者自身も発売から今日までに目撃したフラヴィアは、今回写真で紹介した3台しかない。
いっぽうピックアップのフィアット・フルバックが2018年にラインナップから落とされた第一の理由は、三菱製2.4リッター・ディーゼルが欧州排出ガス規制「ユーロ6D」に準拠できる見通しが立たなかったことである。しかし、筆者にとってはランチア・フラヴィアとほぼ同等の目撃頻度であったので調べてみると、やはり欧州・中近東・アフリカを合わせても発売から販売終了までの販売台数は約2万1600台にとどまっていた(出典:Fiatgroupworld.com)。フィアット製ピックアップは小型こそ長年車種系列に存在したが、同ブランドの顧客になじみのないミッドサイズピックアップを突如投入したのは、かなり無理があった。
エリート集団の読み違い
これらのモデルが導入された時期、FCAを率いていたのは、セルジオ・マルキオンネ氏である。イタリア生まれでありがら、少年時代に家族とともにカナダへ移住。大学卒業後、会計士としてデロイト・トウシュ・トーマツで働き始めた。やがて、フィアット創業家のウンベルト・アニェッリ氏に米国やスイス企業での実績を評価され、同社に入社。2004年には代表取締役に就任して、経営危機にあった同社を奇跡的に立て直すとともに、クライスラー買収を主導した。
任期中はのちにロングセラーとなる「フィアット500」、3代目パンダを送り出した。そして彼が就任時2.5ユーロにも満たなかった株価は、没年である2018年には20.2ユーロに達した。輝かしい業績だ。
ただし、マルキオンネ氏の人生の大半は北米が舞台であった。ダッジやクライスラーにフィアットやランチアのバッジを付ければ、それなりに売れるのではないかと彼が考え、取り巻くイエスマンの幹部たちが推し進めてしまった、というシナリオは容易に想像できる。
元日産自動車副社長の森山寛氏による著書『もっと楽しく:これまでの日産 これからの日産』によると、同社の海外工場進出が盛んだった当時、社内では「企画のための企画」が横行していたと回顧している。まさにそれがFCAでも起こっていたに違いない。それを下敷きにすると、なにか企画を提出することを迫られた幹部たちがアメリカン-イタリアンなクルマたちを考え、それをマルキオンネ氏がすんなりと承認してしまったことも考えうる。
フィアット・フルバック、フィアット/アバルト124スパイダーについては、オリジナルとなる車両が好評である裏に、長年メーカーが構築してきたブランド力があることを軽視していた。
そうした状況から思い出すのは、第2次大戦後の米国フォードだ。当時同社は、経営の立て直しが必要だった。そこで会計士だったアーネスト・ブリーチ氏を招聘し、副会長に据えた。さらにカリフォルニア大学バークレー校およびハーバード大学ビジネススクール出身で、戦時中に統計学を駆使した兵たん管理で実績をあげたロバート・マクナマラ氏も起用した。
実際彼らは経営再建に成功し、マクナマラ氏は1960年、フォードの社長に就任する。ただし彼が同社に在籍した時代の新ブランド「エドセル」は、米国自動車史上に残る大失敗作となった。両者がどのようなかたちでエドセルに関与していたかには諸説あるが、数字だけではユーザーの心をつかむ自動車はつくれないことを示した。
自動車メーカーでは、エリート集団ともいえる人々が商品企画やマーケティングにあたっている。それでも誤謬(ごびゅう)を犯し、ユーザーの心理や感動から離れた「大外れ」を生み出してしまう。このあたりが自動車というものがきわめて難しく、同時に商品という言葉でひとことに片づけられないところだ。
ホンダ・日産・三菱の経営統合は破談となってしまった。だが将来、彼らが新たなパートナーと姉妹車やOEMを展開する場合、今回挙げたフィアット・クライスラーの例は、よき反面教師となるだろう。
ちなみに前述のセールスパーソン氏は、「販売会社内で唯一、ランチア・フラヴィアを売った男」をひそかな誇りとしている。ただし筆者のようになにがすごいかを解する人物が少ないため、その力量が認知されにくいのが哀れである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ステランティス/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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