第911回:どれに住みたい? 高級車ブランドの名を冠したレジデンスが建設ラッシュ!
2025.05.22 マッキナ あらモーダ!自動車×集合住宅
トヨタ自動車によると、同社が静岡県裾野市で計画中の実験都市「ウーブン・シティ」は、2025年秋から居住棟に入居が始まる。この施設についてはイタリアの自動車メディアでもたびたび報じられてきた。実際に人が住み始めれば、ふたたび話題として取り上げられることだろう。
それとは根本的に目的が異なるものの、トヨタと不動産ということで思い出したのは“レクサス・マンション”だ。正しい名称は「ザ・パークハビオ渋谷クロス」という。三菱地所レジデンスとトヨタモビリティ東京の協業だ。トヨタモビリティ東京が東京都目黒区に所有していた土地を有効活用すべく、レクサス販売店の上層階に賃貸住宅を組み合わせたものである。11階建て・総戸数160戸で2023年1月に完成した。三菱地所レジデンスの報道資料によれば、同社の「ザ・パークハビオ」ブランドとレクサスの顧客層に親和性があるとしている。参考までに本稿執筆時点である2025年5月現在、三菱地所のウェブサイトによると2件の空室があり、月額家賃は3LDK 68.13平方メートルの43万6000円と2LDK 51.25平方メートルの40万円である。
いっぽうで近年、同様に高級車の名前を冠した不動産でありながら、別次元の規模(と価格)の物件が次々と計画されている、というのが今回の話題だ。
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舞台はマイアミとドバイ
いずれも欧州の自動車メーカーもしくは関連会社と、現地不動産デベロッパーとの協業によるものだ。場所は、米国マイアミとアラブ首長国連邦ドバイ首長国のドバイの2都市に集中している。以下はそうしたレジデンスの例と筆者が知り得た限りの概要である。今日では、ピニンファリーナにも自動車製造部門「アウトモービリ・ピニンファリーナ」があるので、メーカーととらえた。
●ポルシェデザイン・タワー
マイアミ 60階132戸 2017年完成
●アストンマーティン・レジデンシズ
マイアミ 66階 2024年完成
●アイコニック・レジデンシズ・デザイン・バイ・ピニンファリーナ
ドバイ 66階310戸 2027年第3四半期引き渡し開始
●メルセデス・ベンツ・プレイシーズ
マイアミ 67階800戸 2027年末完成予定
ドバイ 65階 計画中
●ベントレー・レジデンシズ
マイアミ 62階 建設中
●ブガッティ・レジデンシズ
ドバイ 43階182戸 計画中
●パガーニ・レジデンシズ
マイアミ 30階70戸 計画中
参考までにポルシェデザインは、タイのバンコクでも同様にレジデンスを建設中だ。
いずれの物件にも共通するのは、高層かつ高額であることだ。上記ではブガッティとパガーニを除き、いずれも60階以上の階層をもつ。また販売価格は、最も小さいストゥディオ、日本でいうワンルームでも、「メルセデス・ベンツ・プレイシーズ・マイアミ」が80万ドル(約1億1650万円)から。賃貸価格は「アストンマーティン・レジデンシズ」の64.8平方メートルで月額5500ドル(約80万円)だ。後者で最も広い397平方メートルのタイプは、月額約5万ドル(約728万円)である。
各自動車ブランドの歴史的・デザイン的アイデンティティーを建築物の内外に反映していることも共通している。自動車のパーキング環境が充実しているのも特徴で、例えば「ベントレー・レジデンシズ」は24時間のヴァレー(駐車代行)サービス付きだ。
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メーカーにとってのメリットは大、しかし……
自動車メーカーにとって、こうした企画は新たなライセンシングビジネスとして有望である。加えて、ブランド名が冠された高級レジデンスが富裕な都市に建つことは、プレステージを高めるうえで効果的だ。
ピニンファリーナのようなデザイン開発会社にとっては、従来のような自動車関連の受注の先行きが不透明ななか、建築はプロダクトデザインに次ぐ新たな業務として有望である。事実、彼らは今回紹介した以外にもいくつかの物件を実現している。また高級レジデンスこそ手がけていないが、ジョルジェット&ファブリツィオのジウジアーロ親子によるGFGスタイルも、以前から存在した建築部門の強化を模索している。
あるデザイン開発会社の担当者から聞いた話だが、景観保護の規制によりがんじがらめのイタリアとは対照的に、これらの事業が展開される地域では、あらゆる試みが可能だという。彼らの既存クライアントである家具メーカーなどにも需要が生まれる。それにより、彼らからは「あの会社にデザインを依頼してよかった」と感謝され、さらなるビジネスにつながる。さらにいえば、欧州の限られたコンシューマー向けよりも、国外でのB to B需要拡大を狙うイタリア高級家具メーカーにとっては好機だ。
いっぽうで、こうしたレジデンスを批判的に述べることもできる。ひとつは「区分所有したオーナーがそのブランドに、もしくはクルマそのものに飽きてしまったらどうするのだ」ということである。欧州でもみられる現象だが、昨今はクルマに対する興味を失う富裕層が少なくない。体力的な限界であったり、より人生に大切なものを見つけたりするのがきっかけだ。
そうした人にとって、すでに情熱を失った自動車のエンブレムがロビーに掲げられたレジデンスに、愛着をもって住めるとは思えない。もちろん、金銭的余裕のある人々はすぐに売却して新たな物件を探せるだろうから、問題ないかもしれない。とはいえ、パッションを傾けたものほど、時間が経過するとノイズでしかなくなることは多々ある。次元があまりに違うたとえでわれながら情けないが、中高生時代に推した芸能アイドルの写真を見たときと同じ恥ずかしさを、こうした自動車ブランド系のレジデンスでも、年とともに味わうのではないだろうか。
第2は「志の希薄さ」だ。たしかに自動車の意匠やアイデンティティーが巧みに反映されている。自動車生活を豊かにするスペックも盛りだくさんだ。だが、確たるポリシーが感じられない。レジデンスに関与した自動車ブランドは、さまざまなかたちで自動車界に足跡を刻んできた。それに匹敵するようなものが、これらのレジデンスからは感じられないのである。著書『建築を目指して』でル・コルビュジエが定義した「住宅は住むための機械である」のような、思いを込めるべきである。
それに関連することだが、第3は「個性の希薄さ」だ。今回写真を整理していると、どれがどのレジデンスからわからなくなってしまうことがたびたびあった。ニューヨークの「クライスラー・ビルディング」(1930年完成)とミラノの「パラッツォ・ピレリ」(1960年完成)は、すでに施主の手から離れている。しかし前者はアールデコの、後者はイタリア戦後近代建築のいずれも代表例として、完成当時の名前で呼ばれている。今回紹介したレジデンスのなかで、後世までその名で人々の記憶に残る建築物がどれだけあるのだろうか。同様に豊かさであふれているのに、フランク・ロイド・ライト設計の落水荘・カウフマン邸のような満たされた気持ちになれないのは、そのためであろう。
ちなみに、今回の記事執筆のため、筆者は各レジデンスの公式ウェブサイトをたびたび参照する必要が生じた。困惑したのは、一部の自動車保険料金比較サイトのごとく電話番号を入力しないと詳細が閲覧できない物件が複数あったことだ。「セールスの電話が鳴りっぱなしになるかも」という心配が頭をよぎったが、考えてみれば、そもそもマイアミやドバイの不動産業者がもつ富裕顧客営業リストに、筆者の名前はないだろう。いや、AIによってとっくにゴミ箱に振り分けられているに違いない。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>写真=ポルシェ、アストンマーティン、ピニンファリーナ、メルセデス・ベンツ、ベントレー、ブガッティ、パガーニ、Akio Lorenzo OYA/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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