第913回:「コンコルソ・ヴィラ・デステ2025」見聞録 ―しくじりブガッティからゴールドフィンガーまで―
2025.06.05 マッキナ あらモーダ!名門の苦悩も
現存する世界最古の自動車コンクール・デレガンス「コンコルソ・ヴィラ・デステ」が、2025年5月23日から25日にかけて、イタリア・コモ湖畔チェルノッビオで開催された。
目まいがするほどにジャスミンの香りが漂い、湖畔を飛び立った水上機が上空を飛ぶなか、会場のグランドホテル・ヴィラ・デステには8クラスに分けられた54台のヒストリックカーが並んだ。最古は未修復車を集めたクラスE「フローズン・イン・タイム」の部に参加した1927年「ロールス・ロイス20HP」だった。いっぽう最も若い車両は、1980年代から2000年代に新たな自動車像を模索した車両を集めたクラスFにエントリーした2007年「マセラティMC12コルサ」だった。
今回も数奇なストーリーに彩られたクルマたちがビジターを楽しませた。クラスA「華麗なる過剰。金に糸目をつけない自動車の進化 1920-1940年」に参加した1934年「パッカード1108」の初代オーナーは、女性北極探検家として知られたルイーズ・アーナー・ボイドだった。ホッキョクグマのマスコットは、彼女が当時付けていたものを精巧に再現したものだ。
同じクラスにイタリアを代表するコレクター、コッラード・ロプレスト氏とその家族が持ち寄った1939年「アルファ・ロメオ6C2500SSティーポ256」も興味深い。当時イタリアのレース規則では、量産車をベースにすることが義務づけられていた。独立前のエンツォ・フェラーリが率いていた公式チーム「アルファ・コルセ」は、「6C2500」をもとに競技用車両「ティーポ256」を製作した。同車が好成績を収めたことから、今度はティーポ256をもとにした公道仕様車が製作されることになった。参加車はその一台で、完成年にエンツォが独立したことから、彼が手がけた最後のアルファ・ロメオ製ロードゴーイングカーと考えることができる。
クラスC「成熟期を迎えた欧州製戦後スポーツカー」には、1台のブガッティがエントリーしていた。ただし、ブガッティといっても、この手のコンクールで常連である戦前のモノポスト・グランプリやグラントゥリズモでも、復活版のスーパースポーツでもない。1950年の「タイプ101 Cアンテム」というモデルだ。第2次世界大戦後、創業者エットーレ・ブガッティの死去にともない、息子のローラン・ブガッティは事業を再興すべく、タイプ101を開発、1951年のパリモーターショーで発表する。しかし、戦前のブガッティ愛好者たちはすでに没落していたのに加え、フランス政府の税制変更により、超高級車が生き延びる道は閉ざされていた。そのため、101は成功からは程遠い結果になってしまった。今風にいえば“しくじり”である。ブランド伝統の馬蹄(ばてい)形グリルと、カロスリー「アンテム」によるフェンダーを持たないフラッシュサイドのボディーからは、名門であることをアピールしながらも時流に遅れまいとした苦悩がひしひしと伝わってくる。
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カタマラン型ボディーの衝撃
珍しいブランドにも事欠かなかった。好例が前述の未修復車の部に参加した1970年「モンテヴェルディHAI 450-GTS」であろう。その名を聞いて16-17世紀のイタリアの作曲家を思い出す方もいると思うが、残念ながら関係はない。1967年から1982年まで存在したスイス・バーゼルの少量生産自動車メーカーである。
モンテヴェルディが選んだコンセプトは、デ・トマソに近似していた。すなわちイタリアンデザインのボディーと信頼性が高いアメリカ製ドライブトレインの融合であった。モンテヴェルディの場合は、フィッソーレのデザインとクライスラー製7リッターV8が組み合わされている。今回の参加車は、製造以来モンテヴェルディ博物館に置かれていたもので、同館が閉鎖されたあと2019年に現オーナーの手元にわたった。走行距離はたった500km! である。
視覚的衝撃度からいえば、クラスG「消滅したが、その誇りは忘れない」と題された部に参加した1967年「OSIシルバーフォックス プロトタイプ」を超えるものはなかった。OSIとはイタリアに存在した自動車メーカーで、Officine Stampaggi Industriali(工業用プレス工場)の略であった。双胴船(カタマラン)型のボディーを提案したのは、伝説的レーシングドライバーで1957年のミッレミリア・ウィナーでもあるピエロ・タルッフィだった。ダウンフォースの向上と高速での安定性を目指したものだった。エンジンはルノー・アルピーヌ製1リッターで、最高速度は170km/hに達したという。奇抜なものも含め、あらゆる試みが積極的に採用された、デザイナー/エンジニアにとって夢の時代の一証人といえよう。
目に焼きつけておきたい
ヒストリックカーと同様、ヴィラ・デステの楽しみとして新作コンセプトカー部門がある。こちらには今回5台が参加した。ザガートは「アルファ・ロメオ8Cドッピアコーダ」を初披露。社主アンドレア・ザガート氏が筆者に語ったところによると、彼の会社がかつて「アルファ・ロメオ8Cコンペティツィオーネ」の開発計画の一部に参画したときの経験とノウハウをもとに、注文主の依頼に応えながら同車へのオマージュを模索したという。チーフデザイナーの原田則彦氏は、「コーダトロンカ形状にするとプロポーションが重く見えるため、7:3ビューでいかに軽く見せるかに苦心した」と振り返る。彼らの力作は、来場者投票によるコンセプトカー&プロトタイプ賞に輝いた。
コンクールとは別に、主催者であるBMWグループも楽しい話題を提供した。BMWブランドは「コンセプト スピードトップ」を初公開。パレードでは、美しさと実用性の両立にシューティングブレークは最適であると、スタイル選択の理由を解説した。内装レザーはイタリアの皮革ブランド、スケドーニが担当している。
彼らは2024年、同じくヴィラ・デステで「コンセプト スカイトップ」を公開し、50台つくることをアナウンスしたが、今回のコンセプト スピードトップも70台がドイツで限定生産されることを発表した。エンジンは「最も強力なV8」とのリリースからして、「X6 Mコンペティション」のものか、あるいはハイブリッドシステムを備えた「XMレーベル」のものと思われる。
いっぽう、同じBMWグループのロールス・ロイスは、ちょっとしたエンターテインメントを提供してくれた。ワンオフモデル「ゴールドフィンガー」だ。ある顧客からのオーダーをもとに、「ファントム」をベースにビスポークチームが2024年まで3年をかけて製作したものだ。参考までに、欧州メディアによると、顧客とは英国在住のコレクターとメーカーは認めている。
車名のとおり、1964年のアクション映画『007/ゴールドフィンガー』が着想源で、同作の公開60周年に合わせた。塗色は劇中でジェームズ・ボンドの敵役オーリック・ゴールドフィンガーの車両として登場する1937年「ファントムIIIセダンカ・ドヴィル」をイメージ。フィルムにちなんだディテールが各所に投影されている。
かつて性能未公表だったことで有名なロールス・ロイスだが、それは遠い過去の話。メーカー発行の解説を注意深く読むと、このゴールドフィンガー仕様の燃費も記載されている。15.9-15.2リッター/100km(WLTP複合モード)というから、リッターあたりにすると6.28-6.57kmだ。威容の割には“普通”である。
この映画、名作とはいえど公開時に鑑賞した世代は少なくなっている。すなわち、このプロジェクトが理解できる人は限定されている。しかし、だからこそオーナーとしては「わかる人」に見せたときの喜びは増すのだろう。
近年、美術の世界では中東のコレクターがオークションで名画を高額で購入後、美術倉庫に入れて門外不出とする例が相次いでいる。それに似て、こうした新しいワンオフや少量生産モデルも、初代オーナーが著名オークションに放出するまで楽しめないことが多い。それだけにヒストリックカー以上にしっかりと目に焼きつけておきたくなるのである。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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