第951回:日本が誇る名車を再解釈 「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」の開発担当者に聞く
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「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」(以下NSXトリビュート)とは、イタリアのデザイン&エンジニアリング開発会社のイタルデザインが、2026年1月の東京オートサロンで披露した超少数生産計画車である(参照)。
ホンダ公認のもと、2代目「NSX」(NC1型)をベースに独自の解釈を試みたもので、モックアップの状態で公開された。
筆者はトリノ郊外にあるイタルデザイン本社で、プロジェクト担当者の話を聞く機会を得た。今回はそのリポートである。
イタルデザインは、NSXトリビュートを「高い走行性能、信頼性、そして日常での使いやすさを備えたNSXの本質を尊重し、その魅力を現代の視点で再構築したモデル」と定義している。加えて「日本の厳格なエンジニアリングとイタリアならではの個性的なデザインを融合させるプロジェクト」と説明する。
参考までに、東京オートサロンを発表の舞台に選んだのは、「高度な技術力と情熱を象徴するブランドとモデルをたたえる理想的な舞台」であるからだという。
「ホンダNSX」を選んだ理由
対応してくれたのは、ビジネス開発マネジャーのアンドレア・ポルタ氏――彼については当連載第697回をお読みいただきたい――と、彼のもとで計画に携わったロベルト・ジャイ・バウディサルド氏である。
イタルデザインの日本車をベースにした超少量生産車は、2020年の「日産GT-R50 by Italdesign」に次ぐものだ。なぜ日本ブランドとのコラボレーションを再び模索したのか? その質問に、ポルタ氏は以下のように答える。
「イタルデザインは1968年に設立され、初期クライアントのひとつはスズキでした。以来、日本とのつながりは60年近くにわたり、この関係をこれからも継続していきたいと考えています。自動車にとどまらず、セイコーやニコンなどとも関係を築いてきました。私たちは日本の技術・エンジニアリングをデザインに融合させようと努めています。しかし同時に、イタリアのエンジニアリングの適合も試みています。なぜなら、とりわけ手作業でなにかをつくり上げる点において、能力を示せるからです」
続いてポルタ氏は興味深いデータを示してくれた。「私たちの推定によると、価格が100万ユーロ(約1億8500万円)を超える自動車は、世界に約1万台あります。そのうち日本車はわずか133台です。『NISMO R34 GT-R Z-Tune』『レクサスLFA』『日産GT-R50』といったクルマです。これはコレクターズカーのなかでもJDM(筆者注:Japanese Domestic Market. 本来は日本国内用車両を指すが、転じて日本の自動車文化を象徴したモデル)が希少な存在であることを示しています。ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニは山ほどあるのに、日本車はほとんどないのです」
第2弾としてNSXを選んだ理由は? との問いには、以下のように答える。「NSXは日本の自動車産業におけるゴールデンエイジの頂点だからです。革新的デザイン要素と画期的な生産技術を融合させた、日本初の真正のスーパースポーツカーでした。オールアルミニウム製ボディーに加え、アイルトン・セナが開発に参画したことにより、レースのDNAも宿りました。フェラーリやポルシェといったヨーロッパの名門に果敢に挑戦した最初のクルマだったのです。同様の目標を志したものとしては先に『童夢』がありましたが、小コンストラクターのクルマでした。GT-Rは4座でした」
同時に、NSXトリビュートには2025年を基準とした3つのアニバーサリーが込められているとポルタ氏は説明する。「1965年、メキシコグランプリでホンダF1が初優勝してから60周年、1990年のNSX発売から35周年、そして1995年にルマン24時間レースのGT2クラスで優勝してから30周年です」
それでは、この新しいプロジェクトでどのような価値を顧客に最も伝えたいのか? 「GT-R50 by Italdesign同様、基本的にハンドメイドであるということです。例として、ボディーはカーボンファイバー製ですが、生地を型に入れる工程は高度な手作業によるものです。オプション設定のカーボン地を露出させるパーツは、ファイバーの織り目がすべて特定の方向にそろい、ずれないようにする必要があるのです」
生産台数は最少で10~15台と想定している。
レストモッドには踏み込まず
「ストーリーの構築には1年半以上を費やしました。ホンダから正式にゴーサインが出たのは2025年8月で、モデルは12月中旬に完成しました」とポルタ氏は振り返る。そうしたなかで最も困難だった段階は? との質問には、ジャイ・バウディサルド氏が「膨大な数のアイデアをすべて組み立て、最終的に論理的な筋道を立て、ホンダ側が納得する内容にまとめ上げることでした」と明かしてくれた。
ところで近年ヨーロッパでは、さまざまな工房の手によりレストモッド(筆者注:過去モデルの外観を維持しつつ、中身を近代化するカスタム/レストア手法)が盛んに試みられている。2代目NSXをベースにした新たな提案ではなく、手っ取り早い初代のレストモッドも考えられたはずだが? しかし彼らは、その領域には踏み込まなかった。
「私たちにとって、初代NSXは象徴的な存在ゆえ再解釈する意味はありません。あまりにも象徴的で美しく、手を加えるべきではないと判断したのです。私たちのコンセプトはオマージュです。2代目をもとに初代の象徴的な面を強調し、現代的解釈を施すことに挑戦したのです」
GT-R50 by Italdesignでは、デザインは日産、車体の最終製作はイタリアという分業であったのに対し、今回は双方ともイタルデザインによる。再度リリースの言葉を借りれば、クリエイティブ、エンジニアリング、製造までを一貫して提供できる、世界でも数少ない「ワンストップ企業」である同社のポテンシャルをフル活用したかたちだ。
デザイン開発にあたっては、イタリアンスタイルの要素・テイストを融合させつつ、明確に日本的なオブジェに仕上げようとしたと彼らは語る。「イタリアンデザインは常にシンプルで、複雑な線は見られません。時代を超越して美しいクルマはクリーンなデザインです。これは日本文化に根ざすミニマリズムと非常に親和性があります」
さらにポルタ氏は大阪・梅田スカイビルの空中庭園のスライドを示した。「高層ビルの浮遊する要素は、NSXトリビュートのループ状リアウイングのインスピレーションの源になりました。非常に複雑なエレメントですが、クリーンかつ幾何学的なラインを実現できました」
ルーフのエアスクープは、SUPER GTのホモロゲーション取得のために5台限定でつくられた「NSX-R GT」のイメージだ。「ボディー下部ではGT-R50 by Italdesignのように、カーボンを露出させています。ただし、カスタマーは車両全体をカーボンファイバー露出型にする選択も可能です」
ディテールの目玉はヘッドランプだ。「初代NSXはリトラクタブル式でしたが、今日では認証を取得できないため、別のサプライズを考案しました。エンジンを始動するとフラップがフロントフードの下にスライドして収納され、イグニッションオフにすると再び出てきます」
エアロダイナミクスの研究は現時点ではマクロ分析のみで、「詳細な空力シミュレーションは市販型のエンジニアリング開始時点で行います」とのこと。
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白ソックスにローファーで……
今回のモックアップではインテリアは製作されていないが、レンダリングをもとに説明してもらう。ダッシュボードはホモロゲーションを通過させるべく、外観のような大幅変更はできない。基本構造はそのままだ。ただし、初代NSXのダブルコックピットをベースに、現代的アプローチでの再解釈を可能なかぎり目指している。具体的には、運転席・助手席それぞれを包み込むことによる一体感の演出である。ダッシュボードからドアまで連続するデザインは、F1のコックピットから着想を得たという。「また、ドアパネルにはボリューム感をもたせ、センターコンソールの一部もアップデートします」。
色調は落ち着いたトーンで、よりニュートラルかつシンプルなものを目指した。「オリジナルの2代目では、北米市場を意識したと思われるクロームパーツが多用されていました。対してNSXトリビュートでは、よりイタリアや日本のテイストに合わせるよう試みました」。
スケッチでは示されていないが、セナへのオマージュとして、ダッシュボードには彼のF1時代のカーナンバー「12」や、ヘルメットのロゴを入れる計画がある。シートはオリジナルのまま素材だけ変更する。
パーツについてはイタリア、日本のサプライヤーをどのように使い分けるのか? 「具体的なことは、まだお伝えできません。ただしホイールはアドバン、タイヤは前輪19インチ、後輪20インチのヨコハマ製が決定しています。いっぽう塗装やカーボンファイバー部品の製作は、イタリアで行います」。
オーナーが実車を入手するまでのプロセスについても聞いてみる。「まずお客さまに2代目NSXのドナーカーを購入していただき、それをベースに、対話を重ねながらエクステリア・インテリア双方のモディファイを行います」。右ハンドル仕様のみで、価格はGT-R50 by Italdesign(2021年時点で99万ユーロから)が目安と語る。
「JDM文化やデザインに情熱を持つ方、精緻をきわめたエンジニアリングと快適性の両立を求める方、1990年代のアイコンを愛する方、そして伝統と革新の融合を求める方にアピールしていきます」とポルタ氏。
参考までに、コンピューターグラフィックスで生成したムービーでは、白いソックスとローファーを履いたドライバーが乗り込む様子が描かれている。「鈴鹿サーキットで、セナがそうしたいでたちで初代を操縦した記録映像をイメージしたものです。意図どおりのものが生成されるまでには2~3週間を要しました」とジャイ・バウディルド氏は振り返る。
自動車版『菊と刀』
以上が、イタルデザイン担当者による新作への熱き思いである。
アメリカの文化人類学者ルース・ベネディクトの『菊と刀』は、鮮やかに日本人と日本社会を描き切った名著として知られる。日本人ではわからない、外からの目で日本車像を探るという点で、イタルデザインの仕事は自動車版・菊と刀といえる。
もう少し自動車によせて話をするなら、世界がアメリカ文化に憧憬(しょうけい)の念を抱いた1950年代後半から1960年代初頭、イタリアのカーデザイナーたちはキャデラック、シボレーといった米国車をもとにさまざまな解釈を試みた。ジョルジェット・ジウジアーロがベルトーネのチーフデザイナー時代に手がけた1963年「シボレー・コルベア テステュード」は、その好例である。
かわって今、新車時代から若干時間はたってしまったものの、それに近いことが日本車で行われようとしている。ベネディクトが日本人は「恥」が行動原理であると指摘したとおり、日本ではいわゆるバブル時代のクルマたちを「浮かれていた頃のあだ花」と片づけてしまいがちだが、逆にイタリア人は高く評価しているのである。
NSXトリビュートは、2026年4月のミラノ・デザインウイークでも展示される予定だ。クリエイティブ感度が高い人々が世界中から集まるイベントで、どのような評価が下されるか、今から楽しみだ。
最後にNSXトリビュートの生産開始時期は? と筆者が質問すると、ポルタ氏は「一定数のオーダーがまとまれば、明日からでもつくり始めたいです」と言って笑みを浮かべた。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=イタルデザイン、Akio Lorenzo OYA、本田技研工業/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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