第113回:ご成約本当にありがとうございます
2018.11.27 カーマニア人間国宝への道東京トヨペットへGO!
国内市場の特殊化を肌で感じるべく、近所の東京トヨペット店に自転車で出撃した私は、いよいよ店内に足を踏み入れた。
「いらっしゃいませ! どうです、かなりキレイになったでしょう。なにしろ前の店舗は、築50年くらいでしたからアハハハハ~」
ぶっといタイヤを履かせた「アルファード」が愛車の担当者は、そう自慢した。もちろん私も、「新築の割にはオシャレじゃないね」などとは言わず、「そうだね」と軽く相づちを打っておいた。
2階のショールームは、見事なお花の脇に新型「クラウン」が展示されていた。
清水(以下 清):どう、クラウン、売れてる?
担当者(以下 担):おかげさまで。クラウンはクラウンですから。
その言葉には、「クラウンは自動的に売れるクルマです」という、奥の深いニュアンスが感じられた。
清:ニュルブルクリンク効果で?
担:いや、それは……。ただ、BMWのお客さまが、何人かご試乗にいらっしゃいましたよ。それはニュルブルクリンク効果かもしれません。
清:えっ、買ったの?
担:いえ、ご成約には至りませんでした。
今度のクラウンはニュルで鍛えたらしいと聞いて、試乗にやってくるBMWオーナー。実にカーマニア的な反応で心が温まる。おそらくは「ふーん、こんなもんか」と呟(つぶや)きつつ、お帰りになったのだろう。あるいは「ぜんっぜん違うじゃんか……」とか内心思いながら。
少なくとも、ディーラーの試乗コースをタラタラ走ったくらいでは、「これのどこがニュルなわけ?」と感じるだろう。サーキットを攻めれば別ですが。
これぞトヨタワールド
展示されているクラウンには、「ご成約本当にありがとうございます」という紙がデカデカと貼られていた。バックのチューリップ畑(?)の写真といい、書体といい、ものすごいダサさだ。いったい何なのコレ!? 某国の国営放送なの!? と言いたくなるほどダサい。
私は担当者に、「こういうの、貼らないほうがいいんじゃないかな」と言ってみたが、彼は「いえ、これはご成約車なので、シートに座ったりできませんよという意味なんです」と胸を張った。トヨタの世界に生きていると、ダサいとかそういうセンサーが完璧に麻痺(まひ)するようで、まったく意味をわかってもらえなかった。
担:せっかくですから、何かご試乗なさいますか?
清:うん。駐車場にあったすごい顔のミニバン、乗れる?
担:アルファードですね。
清:いや、えーと、「ノア/ヴォクシー」の兄弟車。
担:ああ、「エスクァイア」ですか。
ノア/ヴォクシー/エスクァイア3兄弟は、3兄弟合わせれば「ホンダN-BOX」に次ぐ国内量販車だ。国内市場の現実を確かめるために、まずそれに乗らなくては!
試乗車のエスクァイアは、「ハイブリッドGi“プレミアムパッケージ”」というグレードで、インテリアはブラック基調。合成皮革のシートがどうにも安っぽい。これならファブリックのほうがカジュアル&フレンドリーで絶対イイと思うが、試乗車に文句を付けてもしょうがないので黙っていた。
そういえばホンダディーラーで試乗した「N-BOXカスタム」のシートも、こんな感じで印象が悪かった。試乗車にめいっぱいゴージャスなグレードを用意するのは、成約車への貼り紙同様、やめたほうがいいと思ったが、そんなこと言ったって理解されるはずもないので黙っていた。
日本のユーザーは過剰なのがお好き⁉
担当者を助手席に乗せて、いよいよ「エスクァイア ハイブリッド」の試乗へGO!
おおっ。
さすがトヨタのハイブリッド。出足は実にスムーズかつジェントルだ。
そのまま井ノ頭通りをタラタラ走る。乗り心地はソフトかつ適度にしなやか。ステアリングの反応もミニバンとしては順当なものだ。足がフワンフワンすぎて船酔いしそうだったN-BOXカスタムのディーラー試乗車より、全体にバランスがいい。現行ノア/ヴォクシーは発表直後に試乗したきりだったが、かなり熟成が進んだようだ。
エスクァイアの走り、悪くない。いや、ミニバンとしては申し分ない。
しかし、どうにもならないこの空虚感……。カーマニア的に刺さる部分が皆無なので、つい「どうしてコレがそんなに売れるのか」と思ってしまう。
これだったら、素のN-BOX(カスタムじゃないヤツ)のほうがはるかに刺さる。足がフワンフワンだろうがなんだろうが、軽というミニマムな規格の中で、最大限の居住性を実現した合理性がステキだ! デザインもただの箱っぽいし。「N-VAN」もいいけどね。
もちろんエスクァイアも、5ナンバーサイズの中で最大限の居住性を実現しているわけで、似たもの同士な部分は大いにある。だからこそ国内販売台数ナンバー1とナンバー2なんだろうけど、この広さはあまりにも過剰。グリルのメッキも過剰。価格も過剰だ。なにしろコレ、車両本体336万円くらいするんだから!
多くの国民の皆さまは、こういうのに400万円近い大金を払って乗ってらっしゃるのか。お金がもったいね~~~~~~~~!
私なら、100回生まれ変わっても100回とも、3年落ち乗り出し255万円の激安中古「BMW 320d」を選びまふ。
(文=清水草一/写真=清水草一、池之平昌信/編集=大沢 遼)

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。