今夏から渋滞時の“手放し運転”が解禁に
BMWの「ハンズ・オフ機能」を解説する
2019.05.03
デイリーコラム
技術の進化が可能にした“手放し運転”
2019年4月10日にBMWジャパンは、国内モデルとしては初となる「ハンズ・オフ機能付き渋滞運転支援機能」を搭載した車両を、夏以降に順次日本へ導入すると発表した。
「ハンズ・オフ」とはすなわち、「手放しで」という意味だ。この機能によって、“絶えず前方に注意するとともに、周囲の道路交通や車両の状況に応じて直ちにハンドルを確実に操作することができる状態にある限りにおいて”、ステアリングから手を放しての走行が可能となる。言い換えれば、あくまで責任の所在はドライバーにあるレベル2の自動運転ではあるが、一定条件をクリアしていれば手放し運転ができるというわけだ。
作動条件は、高速道路(道交法の定めにより都市高速なども含む)上で速度は60km/h以下、前走車を追従している状態にあること。あくまで渋滞運転支援という位置づけだ。
同様の機能は、前走車と一定の車間距離を維持しながら追従してくれるアダプティブクルーズコントロール(ACC)と、車載カメラによって車線を認識して逸脱しないようにステアリング操作をしてくれるレーンキープアシスト(LKA)の組み合わせによって、これまでにも存在していた。
ただし、そこには国交省の保安基準による“15秒”ルールがあった。ACC+LKAをセットしての走行シーンで、ドライバーが15秒間、ステアリングから手を放しているとシステムが認識すれば、音やグラフィックで警告し、それでも手をステアリングに戻さなければ運転支援システムを解除しなければならないというものだ。
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握っているのに握りなさい!?
近年は日本でも先進運転支援システム(ADAS)の標準化が進み、ボルボでは全モデルにこれらを標準装備しているし、メルセデスではオプションではあるが「Aクラス」でも自動で車線変更するまでになった。警告の出し方は各社それぞれだが、ACC+LKAの走行シーンにおいて、先述のように15秒が経過するとアラートが出る仕組みになっている。
筆者はよく、以下のような場面に遭遇する。高速道路上のほぼ真っすぐな直線で、ステアリングは力を込めて握るのではなく、そっと手を添えている状況。もちろん前方は見ているし、注意は怠っていない。突然、アラートが表示され、ステアリングを握るように促される。「いやいや、握ってますけど」と思わずツッコミたくなる。
実はこうした場面に出会うかどうかは、ドライバーがステアリングを握っていることを、そのクルマがどうやってセンシングしているかによる。現行のボルボやメルセデスなど多くのシステムは、ステアリングシャフトにかかるトルクによって感知している。したがって、先のようなシーンでは、ステアリングに手を置いているにも関わらず警告を受ける。またシステムを復帰させるためには、シャフトにシステムが認識できる程度のトルクをかける必要があるため、時にわずかだが進行方向と逆側にステアリングを切る、いわゆる逆ハンのようなアクションをとることを強いられる場面もある。
BMWでは、これをタッチ感応式にしている。ステアリングのドライバーが握る部分に内蔵したセンサーで、触れていることを感知するものだ。さすがに表面をなでていればいいというわけではないが、ある程度の力で握っていれば警告は出ないし、仮に出たとしても逆ハンを切って無理にトルクをかける必要はなく、ステアリングの表皮をぎゅっと握ってやるだけで機能は復帰する。
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毎秒2兆5000億回の演算能力
ハンズ・オフの国内導入を担当したBMWジャパンのBMWブランド・マネジメント・ディヴィジョン プロダクトマネジャー 御舘康成氏に、まずこの点について尋ねてみると「実はBMWでも導入当初はステアリングシャフトのトルク感知式を使っていました。しかし、使い込んでいくうちにそういった問題点が指摘されるようになり、数年前に現在のタッチ感応式に変更しました」と教えてくれた。
日本は、BMWにとってドイツ、イギリス、イタリア、北米、中国と並ぶ6大市場の1つに数えられ、商品戦略の初期段階から企画立案に参画しているという。例えば「3シリーズ」の全幅が最新モデルにおいても1850mm以下に抑えられているのは、日本市場からのリクエストに応えてのものだ。
「日本市場向けのF30(先代3シリーズ)では、2013年には衝突回避・被害軽減ブレーキを、その翌年にはACCを全車に標準装備しました。まだグローバルでのACCの装着率は5%くらいしかないタイミングで、日本は100%にして本当に大丈夫なのかと本国には驚かれましたけど、いまではその判断が間違っていなかったと言われます」と御舘氏が話すように、この数年でこうした運転支援機能は飛躍的な進化を遂げている。
今回のハンズ・オフが実現できたのは、国交省との交渉をはじめADASに関するリテラシーの高いBMWジャパンの尽力によることはもちろんだが、ハードウエアの進化があってこそのものだ。毎秒2兆5000億回もの演算能力をもつモービルアイの画像処理プロセッサー「EyeQ4」を内蔵した3眼カメラを、国内で販売するモデルとしては初めて新型3シリーズに採用。長距離、中距離、近距離(広角)の3つの単眼カメラによって距離の認識率を飛躍的に高めている。東名高速や中央道、名神高速などを中心に、日本国内で数万kmにおよぶ走行テストを行った結果、東京~大阪間についてはほぼ正確にレーンキープできたという。
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すでに販売された車両への対応は?
しかし、なぜハンズ・オフは、この機能を初搭載する新型3シリーズに合わせてではなく、約3カ月遅れでの発表になったのかについて、御舘氏はこのように打ち明けた。
「3シリーズを発表するタイミングで技術的にはひとまず完成していましたし、許認可の準備もできていました。しかし、日本には首都高速があります。道幅が狭く、コーナーの曲率もさまざまで、勾配が大きく、トンネルもあってカメラが苦手とする明暗の差が激しい。さらに左右からの合流がある。世界でも最も複雑な高速道路といえます。ですから開発陣と最終的にもう少し煮詰めようということで、残りの数カ月をかけて首都高でのテストを繰り返していました」
技術的には、首都高を手放しで周回することも可能なレベルにまで達しているようだ。しかし、議論の結果、これはあくまで渋滞運転支援機能であり、より万全を期すため首都高の一部区間では、ハンズ・オフがあえて解除される設定にしたという。
システムがハンズ・オフ走行可能と判断すると、液晶メーター内にグリーンの道路の画像や「Assisted Driving Plus」の文字といったインフォメーションが表示される。ドライバーはそれを受けてステアリングスポークの左側に備わるボタンを操作することで機能がスタート。作動中はステアリングリムに備わるグリーンインジケーターが点灯し、ドライバーは手を膝の上に置いた状態で走行できる。
ハンズ・オフ搭載モデルは2019年夏以降に、3シリーズのほか「8シリーズ クーペ&カブリオレ」「X5」が発売され、対象モデルは順次拡大予定だ。実は、発売されたばかりの3シリーズや8シリーズにもすでにこの機能は搭載されているのだが、現時点ではシステムオフの状態になっているという。
「システムはオフなのですが、ステアリングにはすでに操作スイッチが付いています。それを見られた方に何度か、このスイッチは何に使うのかと聞かれることがあって、そのたびにモゴモゴとはっきりお答えできないのがつらくて」と御舘氏は笑う。ちなみにすでに販売された車両についても、システムを有効にするアップデート(有償)が可能だという。
最新のBMWはステアリングを“握る歓び”に加えて、“放す歓び”も備えたようだ。
(文=藤野太一/写真=荒川正幸、BMW/編集=藤沢 勝)
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