第801回:WBCは盛り上がらなくても「ダチア」は大ヒットの理由
2023.03.30 マッキナ あらモーダ!実は「その他のぺージ」扱い
先日、筆者がイタリアから22年にわたって電話出演しているラジオ番組でのことだ。背筋が凍りついた瞬間があった。きっかけは、東京のスタジオ担当者から投げかけられた一言である――「WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)はイタリアで盛り上がっていますか?」
先方の説明によると、放送当日はイタリア対日本戦が行われる予定だった。それに合わせての質問だったのだろう。筆者はとっさに手元のPCを操り、毎日閲覧しているイタリアの主要新聞各紙の電子版を確認し直した。だが、それらしき見出しが見当たらない。代わりに目立つのはフランスの年金制度改革反対デモの報道だ。スポーツ欄を開いても「欧州チャンピオンズリーグ」のナポリ対フランクフルト戦一色である。
スポーツ紙『ガッツェッタ・デッロ・スポルト電子版』の1面にもWBCの文字は見つからない。これまでもテレビニュースのヘッドラインでWBCが報じられたのは記憶していない。そもそも筆者はWBCが行われている事実どころか、WBCというものすら知らなかったのだ。
後日目に留まった限りでは、決勝日であるイタリア時間の3月22日になって、ようやく前述のスポーツ紙が取り上げていた。それも「サッカー」「モータースポーツ」「テニス」そして「自転車」のあとにひっそりと設けられている「その他」ページの中だった。フェンシングなどと並んでの小さな扱いであった。
思えば、周囲のイタリア人からWBCについて話題を振られたこともまったくなかった。2022年11月にサッカーのワールドカップで日本とドイツが戦った際、顔さえ忘れるほど疎遠にしていたイタリア人から応援メッセージが次々と舞い込んだのとは対照的だ。
今回のWBCと同様、イタリアでは全然著名ではない、もしくはほぼ無名なのに、日本に住む人が「イタリアでは有名だろう」と信じているテレビタレントや菓子などにたびたび接してきた。
逆に、イタリアやヨーロッパ市民の多くが「世界的に有名」と信じて疑わない歌手やブランドでも、日本では知られていない事例も多々ある。自動車界でその例を探すなら真っ先にダチアを挙げたい。
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ヒットパレードは続く
ルノーのルーマニアにおけるジョイントベンチャーを発祥とするダチア。その概要と一般オーナーへのインタビューは本欄第722回で記したが、その後も躍進が止まらない。直近では欧州の新車販売台数で、ダチアの主力車種「サンデロ」が2023年1月、2月の2カ月連続で首位となった。
2022年の欧州(英国、EFTA含む)における通年の販売台数で、ダチアは対前年比15.8%増の47万5511台を記録した。同じグループであるルノーブランドの58万2766台(14.1%減)とわずか約10万7000台にまで迫った。モデル別販売台数でも、ダチア人気は明らかだ。サンデロは20万0500台で、「プジョー208」の20万6816台に次ぐ2位である。さらに9位にはクロスオーバーの「ダチア・ダスター」が14万9648台で入った(データ出典:ACEA、JATOダイナミクス)。
筆者が住むイタリア市場でも好調だ。2022年の新車登録台数ランキングでサンデロは4位(3万3922台)で、3位の「フィアット500」(3万3996台)に肉薄した。
販売のアクセラレーションペダルをさらに踏み込むかのように、動画配信サイトでは、2023年3月に入ってダスターのCMが流れ始めた。バックに流れるのは『Don’t Worry, Be Happy』の替え歌『Don’t Worry, Be Duster』だ。
体感値で言うなら、今日イタリアのスーパーマーケット駐車場を見回せば、およそ2~3台のダチアがすぐ目に入る。わが家の窓から見下ろしていても、1分に1台は通過する。古代ローマ全盛期の皇帝トラヤヌスは(ルーマニアの古称であり、ダチアの語源でもある)属州ダキアの反乱を鎮圧した。約1900年後、そのダキアにイタリアが攻められている。こうしたダチアの健闘ぶりは、同じ欧州ブランドでも、きらびやかなプレミアムブランドやスーパースポーツが並ぶ日本の自動車メディアだけに接していては、にわかには信じられない事実であろう。
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秘密は「エレキの少なさ」
実はダチア、2023年モデルイヤーで全車にフェイスリフトが施されるとともに、新ロゴが採用された。自動車デザインにおいて、モデルサイクル中期の変更での成功例は決して多くない。いっぽう今回ダチアがラジエーターグリルを従来の餅焼き網状から「ハマーEV」風に変え、ロゴもこれまでの栓抜き状から往年の「DMCデロリアン」を連想させるものに変えた効果は大きい。かなり若返っている。他ブランドでも流行のモスグリーン基調もアウトドア感を醸し出している。
第722回で協力してくれたサンデロのオーナー、サンドロ氏もすでにチェックしていたようだ。即座に「良くなったね」と高評価が返ってきた。
フィアット時代に2007年の「500」を成功に導いたあと2020年にルノーグループに移籍し、CEOとなったマーケティングの天才ルカ・デメオ氏と、ルノー生え抜きでブランドCEOを2021年1月から務めるドゥニ・ルヴォ氏の功績は大きいだろう。
現場の声も聞きたい。ということで、本欄にたびたび登場したシエナのルノー/ダチア販売店であるパンパローニの経営者、ルイージ・カザーリ氏を訪ねた。
ショールームの外壁を見ると、新ロゴに付け替えたばかりだった。外で休憩していた従業員のひとりは「昨日やったばかりよ」と教えてくれた。クレーンが伸びているので何かと思えば、道端の看板も取り換え作業中だった。
店内に入ると、平日の午前にもかかわらずダチアを見に来る客が絶えない。早速人気の高さを感じた。ルイージ氏によると、彼の店でダチアとルノーの販売比率は「もはや半々」という。
なぜダチアがこれほどまでに好評なのか? 筆者の質問にルイージ氏は即座にこう答えた。「perché meno elettronico(なぜなら電子デバイスが少ないからです)」。すなわち電子系の故障や不具合が少なく、ひいては維持費が安いことが評価されているのだという。ルイージ氏は「ほら、これがいい例です」と、スマートフォンの写真を見せた。そこには最新の欧州車のフロント部分が写っている。「フロント部分をぶつけてしまったのです」。バッジまわりがわずかに損傷している。ただし指摘されなければ分からないほどのダメージだ。
「それでも、この車両は先進運転支援システム(ADAS)のセンサー類がすべて機能しなくなったばかりか、なぜかオーディオまで聴けなくなってしまったのです」
さまざまな電子デバイスによって、自動車の安全性は向上している。ダチアにも緊急ブレーキやマルチビューカメラ、ブラインドスポットアシストなどの装着車はある。しかし高度なADASの設定はない。
ルイージ氏の販売店の一角にあるサービス工場で、ダチア車の一時間あたり工賃は51.12ユーロ(約7200円)だ。ルノーと同額の設定で、他ブランドとも大差はない。ただし、高度なパーツが少ないということは、理論的に故障・修理の頻度が下がり、工賃も節約できる。世帯収入の飛躍的な伸びが期待できず、かつ年金生活者がこれからも増加する昨今、人々は過剰な装備による高価格や、万一の際の高額な修理費を嫌う。イタリアにおけるベストセラー「フィアット・パンダ」が人気である理由のひとつは、社外品も含めた部品の安さと入手のたやすさが広く知られているためだ。ダチアにも同様の口コミが発生していることは容易に想像できる。
それ以前に、22%の付加価値税込みでも1万2350ユーロ(約174万円)からという価格設定、カタログ値でガソリン車より最大30%も燃料費を節約できるとうたうLPG/ガソリン併用車の全モデルへの設定といった消費者志向が効いている。参考までに、イタリアにおける2022年のLPG/ガソリン併用車の新車登録台数では、なんとサンデロ(2万2469台)とダスター(1万6729台)が1位と2位を占めている。前述したサンデロの全台数と対照すると、半数を超える66%がLPG/ガソリン併用車だったことになる。
ちなみにオーナー、サンドロ氏のサンデロもLPG/ガソリン併用車だった。彼は「次もダチアにしたい」という。燃料代を節約できることに加え、「装備等を比較すると、オペルよりコストパフォーマンスがいい」というのがその理由だという。
ところで、ダチアのフル電気自動車「スプリング」もそれなりに好調だ。2022年の欧州販売は4万8728台で、「フィアット500e」に次ぐ2位に入っている。しかし、ルイージ氏は、いわゆる2035年問題の先行きが不透明である今日、「現段階では従来型内燃機関車にとどまるユーザーが大半であり、コストパフォーマンスの高いダチアは最善の選択なのです」と解説する。
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安穏としてはいられない
個人的述懐になるが、筆者は子どものころから、まだ鉄のカーテンの向こうだった東欧や旧ソ連の、いわばヴァナキュラーなクルマを調べるのが好きだった。もちろんダチアも関心の対象であった。ルーマニアといえば日本人のほぼすべてが体操のナディア・コマネチ選手を連想していた1970年代も、1989年の革命の際も、個人的にはダチアが真っ先に浮かんだものだ。
やがて2000年代にダチアが“5000ユーロカー”と呼ばれた一時期も、少しでもイメージを向上しようと「by Renault」のバッジが付加されていた時代も見ていた。さらにそこからスターダムへの階段を上る過程も、現地ヨーロッパで目のあたりにした。ガソリン自動車史の半分以上を見てきた昭和ひと桁生まれの諸先輩方には及ばないが、それだけはひそかな誇りである。
ただしダチアも、永遠にわが世の春を謳歌(おうか)するというわけにはいかないだろう。それを匂わせるのが、2023年3月7日付『オートモーティヴ・ニュース・チャイナ電子版』である。2022年の欧州ミニカーセグメントの販売台数が、2017年比で約半分にまで減少したことを伝えている。実際に「スマート・フォーフォー」「オペル・アダム」や、「シトロエンC1」とその姉妹車である「プジョー108」といったモデルが市場から消えたことを指摘。そのうえで記事では理由として、欧州排出ガス基準「ユーロ7」への対応に伴う開発コストの上昇が、各メーカーに採算性の低いモデルの切り捨ての決断に至らせたと説明している。また、そうしたカテゴリーは、中国系も含む一部ブランドによって支えられてゆくと予想している。
ダチアに関して言えば、ミニカーのセグメントに持ち駒はない。しかし、ユーロ7対応に関するコストの上昇は同じであり不可避だ。そうした状況が進めば、今日でこそお買い得感があるダチアも安泰ではいられなくなる。ルノーグループが段階的な価格帯アップとブランドイメージ向上で、より利益性を確保するのか、それとも未来にダチアよりもさらに安価なサブブランドを立ち上げるのか、注目したいところである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=藤沢 勝)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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