日産アリアB9(FWD)
まだ伸びしろはある 2024.06.26 試乗記 日産のフラッグシップ電気自動車「アリア」のラインナップでもっとも長い640kmの一充電走行距離(WLTCモード)を誇るのが、FWD車の「B9」だ。その日常レベルでの走りを確かめるべく、混雑する街なかを経由しつつ郊外へとノーズを進めた。やっと全グレード出そろった
今回の試乗したアリアはFWDのB9だ。ご承知のように、アリアには総電力量66kWhの電池を積む「B6」と、同じく91kWhのB9があり、それぞれにFWD車と4WD車「e-4ORCE」が用意される。そして、e-4ORCEにはスポーツモデルの「NISMO」が、さらにB9のe-4ORCEには本革シートを標準装備する「プレミア」もある。
アリアのような100%電気自動車(BEV)でもっとも重視される性能は、現在はまだ一充電あたりの走行距離だろう。で、その一充電走行距離でアリア最長の640km(WLTCモード)をうたうのが、ご想像のとおり、今回試乗した素のB9である。素のB9はより大容量の電池を積みながら、同等装備のe-4ORCEより120kg軽い。
アリアはもともと、2020年7月に世界初公開された。翌年6月に予約注文限定モデル「リミテッド」の受注がはじまり、同冬に「B6リミテッド」の納車開始、続いて標準モデルも順次発売予定……とアナウンスされた。しかし、新型コロナによる半導体不足や部品不足、さらにはほかの理由もあって、アリアの納車は当初から難航。標準モデル第1弾となる素のB6の発売も2022年5月までずれ込み、その他のモデルの発売も遅れに遅れた。
そんなアリアの初期受注分の納車にもやっとメドがついて、新しいNISMOも含めた全グレードが、こうして(リミテッドからの大幅な値上げとともに)あらためて発売となったのが、この2024年の3月である。日産の公式ウェブサイトによると、アリアの最新の工場出荷メドは単色で2~3カ月、2トーンカラーで3~4カ月となっている。
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インテリアデザインは今も魅力的
発売当初のアリアの納車がここまで遅れた理由は、くだんの半導体や部品不足に加えて、「インテリジェントファクトリー」をうたって高度な自動化ラインを導入した栃木工場の生産立ち上がりに時間がかかったせいという。具体的には塗装工程での不具合の解決が長引いたことが最大の理由といい、同じく栃木工場製の新型「フェアレディZ」の納車が、当初いっこうに進まなかったのも同じ理由とか。そういえば、新型Zを街なかで見かける頻度も、最近は一気に増えた。
初公開からだいぶ経過したとはいえ、インパネ上のハードスイッチを極力排して、しかも、そのスイッチをウッド調パネルに一体化したインテリアは、今も魅力的ではある。エアコンのアウトレットを隠しデザインとする手法もいまだに最先端だし、電動で前後するセンターコンソールはちょっとしたサプライズだ。
1枚の大型ディスプレイパネルが目前に広がる(かのように見える)レイアウトも、最近流行のそれだ。実際にはドライバー用とセンター用で2枚の12.3インチ液晶パネルをならべた構造となっているが、同様の構造は他社も多く採用している。ただ、アリアの場合は、その2枚に(「ノート」と同じく)段差が生じてしまっているのが、ちょっと興ざめといえなくもない。実車を見ると、視認性や安全性を考慮した苦肉の策であることは理解できる。しかし、こうしたデザインを採用するなら、ドライバーからセンターまで1枚スクリーンであるかのように、うまく“だまして”ほしいものだ。
また、そのディスプレイの解像度も、なにかと“インテリジェント~”を掲げる日産の最新フラッグシップBEVとしては、ちょっと物足りなくなりつつあるのも事実。このあたりは、アリアの開発年次と納車時期のズレを、如実に感じさせるところである。
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シンプルでわかりやすい運転ロジック
ロードノイズを筆頭とする静粛性はこのクラスのBEVとしては素直に優秀で、巧妙なパワートレインのしつけとともに、日産のBEV経験の長さを感じさせる仕上がりといえる。
パワートレインは、どのモードでアクセルペダルをどう乱暴にあつかっても、ギアのバックラッシュに起因するとおぼしきショックは伝わってこない。いっぽうで、アクセルレスポンスに他社の一部にあるような明確なタイムラグもない。そういうBEVならではの“なまし”の調律は、さすが日産に一日の長があるように感じる。アリアのFWDモデルは、アクセルレスポンスが俊敏となるスポーツモードにしても、フロントタイヤが路面をかきむしろうとする兆候はわずかだ。
アクセルペダルを緩めたときの回生ブレーキの強さは「e-Pedal」ボタンのオン/オフで設定できるほか、「エコ」「スタンダード」「スポーツ」という各ドライブモードによって、その回生がはじまるタイミングが変わる。当然スポーツがもっとも素早い。さらにシフトセレクターをBレンジにすると、回生ブレーキが持続するようになり、ドライブモードとD/Bレンジの組み合わせで、回生ブレーキのフィーリングを変えることはできるのだが、かつてのように完全停止にいたる完全なワンペダルドライブにはならない。
こうしたドライブトレインのロジックは、同時期に開発された軽自動車の「サクラ」とよく似ており、良くも悪くもシンプルでわかりやすい。このあたりも、初代「リーフ」時代からリアルなユーザーの声を聞いてきた経験が生きているのだろう。
ただ、BEVでのこの種のパワートレイン技術はまだまだ発展途上。他社の多くが手がけるステアリングパドルなどによる減速度の細かな操作や、BMWなどのような周囲の流れに合わせた「アダプティブ回生」など、BEVならではの新しい試みが見られないのは、日産のフラッグシップBEVとしては、ちょっとさみしい気持ちも否めない。
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頼れる先進運転支援システム
よく整備されたきれいな路面でのアリアは、滑らかで高級な乗り心地を披露する。ただ、路面が荒れてくると、そうした良路での好印象からは意外なほどバネ下がバタついて、とくに前後方向のピッチングの揺れが目立つ。このアリアに特有のクセは、デビュー当初のB6(のFWD車)より改善はされているが、完全解消されているとはいいがたい。
乗り心地の悪化も前後で緻密にトルク配分するe-4ORCEでは軽減される。またFWD車で積極的にアクセルペダルを踏んでもアンダーステアに手を焼くほどではないのは前記のとおりだが、山道や高速道のジャンクションなどで滑らかに丸く曲がりやすいのはe-4ORCE。日産の新世代フラッグシップBEVらしい走りを味わいたいなら、走行距離には少し目をつむって、e-4ORCEをフンパツしたくなる。
今回試乗したアリアには「やっちゃえ日産」でおなじみの「プロパイロット2.0」もオプション装着されていた。同システムを起動したまま高速を走っていて、ふと気がつくとハンズフリーが可能になっていた……なんてケースも頻繁である。ただ、それを担保するドライバー監視システムも強力なので、プロパイロット中であろうがなかろうが、ほんの短時間でも横を向く、下を向く、あるいは深めにまばたきする……といった行為があると(眼球はしっかり前を見ていても)、即座に警告されるのには慣れが必要だろう。
また、GPSが届かない(ので、高精度3D地図データが活用できない)トンネル内などでは、通常のアダプティブクルーズコントロール+レーンキープアシスト走行になるが、そういう場合でも、体感的にはプロパイロット2.0に遜色ないくらいスムーズに車線維持するのは大したものだ。
やっと普通に購入できるようになったアリアだが、初公開から4年近くが経過しており、新鮮味が薄れつつあるのは残念だ。しかし、先進運転支援システムも含めた性能自体は、まだ日産の新世代フラッグシップと呼んでさしつかえないレベルにはある。デザインのフェイスリフトに加えて、ディスプレイ解像度や乗り心地、そして電費の改善など、細かなアップデートができればまだまだ戦えるだろう。
(文=佐野弘宗/写真=花村英典/編集=櫻井健一)
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テスト車のデータ
日産アリアB9
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4595×1850×1665mm
ホイールベース:2775mm
車重:2060kg
駆動方式:FWD
モーター:交流同期電動機
最高出力:242PS(178kW)/6600-7200rpm
最大トルク:300N・m(30.6kgf・m)/0-4392rpm
タイヤ:(前)235/55R19 101V/(後)235/55R19 101V(ブリヂストン・アレンザ001)
一充電走行距離:640km(WLTCモード)
交流電力量消費率:169Wh/km(WLTCモード)
価格:738万2100円/テスト車=839万6955円
オプション装備:ボディーカラー<プリズムホワイト[3P]/ミッドナイトブラック[P]2トーン>(9万3500円)/クリアビューパッケージ<ワイパーデアイサー、リア運転席側LEDフォグランプ>(3万3000円)/BOSEプレミアムサウンドシステム&10スピーカー(13万2000円)/プロパイロットリモートパーキング+ステアリングスイッチ<アドバンスドドライブ設定、オーディオ、ハンズフリーフォン、プロパイロット2.0>+ヘッドアップディスプレイ<プロパイロット2.0情報表示機能、カラー表示>+アドバンスドアンビエントライティング+ダブルシャークフィンアンテナ+パノラミックガラスルーフ<電動チルト&スライド、電動格納式シェード、リモート機能>+プロパイロット2.0(57万5300円) ※以下、販売店オプション ウィンドウはっ水12カ月<フロント+フロントドアガラスはっ水処理>(1万3255円)/日産オリジナルドライブレコーダー<フロント+リア>(9万1900円)/フロアカーペット<石庭調>(7万5900円)
テスト車の年式:2024年型
テスト開始時の走行距離:2239km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(2)/高速道路(5)/山岳路(3)
テスト距離:474.1km
消費電力量:--kWh
参考電力消費率:6.0km/kWh(車載電費計計測値)

佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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