第910回:カーデザイン界に激震! イタルデザインをアウディが売却か?
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イタリアを代表する自動車研究開発会社、イタルデザインについて、同社を所有するアウディが株式の売却を検討していることが2025年5月9日明らかになった。イタルデザインの経営側から金属労働者連合(FIOM-CGIL)に説明があり、同組合が反対声明を発表したことでイタリアのメディア各社が報じた。
アウディが実際に売却すれば、2015年のインドのマヒンドラによるピニンファリーナ買収に続き、トリノの自動車関連業界が新たな局面を迎えることになる。
イタルデザインは1968年2月、デザイナーのジョルジェット・ジウジアーロとエンジニアのアルド・マントヴァーニによってトリノに設立された。車体デザイン・製作に特化していた従来型カロッツェリアと異なり、エンジニアリングまで包括した開発支援を標榜(ひょうぼう)。その第1弾量産イタリア車は1971年「アルファ・ロメオ・アルファスッド」であった。その後、初代「フォルクスワーゲン・ゴルフ」、初代「ランチア・デルタ」、「フィアット・ウーノ」などの開発に携わり、大きな商業的成功を自動車会社にもたらした。日系メーカー各社ともつながりが深いほか、ヒョンデの製品系列刷新にも貢献した。自動車以外のプロダクトデザインでも、イタリアの公衆電話をはじめ、数々の大手企業をクライアントとして獲得してきた。
しかし、2000年代に入って自動車メーカーの開発内製化が進むと受注が減少。引退したマントヴァーニの保有株式も取得していたジウジアーロは、取引先のフォルクスワーゲン・グループに買い取りを打診した。幸い、同グループのデザイン部長だったヴァルター・デ・シルヴァが実現を推進。結果として、2010年にまずイタルデザイン株の90.1%をアウディが取得した。続いて2015年に残りの株式もジウジアーロが売却したことにより、完全なアウディ傘下となった。ジウジアーロもそれを機会にイタルデザインを去った(参照)。
今回のアウディによるイタルデザイン株の売却検討は、中国市場低迷によるアウディの業績不振が影響していると、各社は報じている。参考までにアウディは2025年3月、ドイツ国内で経営および開発部門の7500人を2029年までに削減すると発表した。
前述の金属労働者連合は声明のなかで「この歴史ある設計会社は、ランボルギーニやドゥカティ同様、ドイツの企業グループ(フォルクスワーゲン)においてイタリアの卓越した存在であり、従来どおり維持され、さらに価値を高めていくべきだ」と主張している。さらに「このエンジニアリング設計拠点を失うことがないよう、あらゆる行動をとる構えだ。ドイツの労働組合との関係においても同様である。フォルクスワーゲンの危機をイタリアの労働者に押しつけるようなことがあってはならない」と表明した。
近年の活発な取り組み
日本でイタルデザインはいまだカロッツェリアの範疇(はんちゅう)でくくられることが多く、自動車デザイン会社のイメージが強い。しかしその分野は試作車製作を含む製品開発、製品評価からAIテクノロジーにまでおよぶ。トリノのほか、バルセロナ、インゴルシュタット、ヴォルフスブルク、マイアミ、上海にも拠点を持ち、約1300人の従業員を擁する。
アウディ傘下とはいえ、フォルクスワーゲン・グループ以外の開発業務も、厳重な機密管理とともに開拓してきた。「日産GT-R 50 byイタルデザイン」がその例だ。
筆者の30年来にわたるイタルデザインの観察をもとにすれば、アウディ傘下入り以降のイタルデザインには大きな変化があった。
将来の人材発掘を視野に、トリノ工科大学をはじめ教育機関との連携を強化。それによって若い人材が積極採用されるようになった。実際、筆者が本社内の“ローマ通り”と呼ばれる大きな廊下を往来し、社員食堂で食事をしていると、新人社員やインターンとたびたび会うようになった。当連載第720回で紹介した仮想現実ツールは、若い優秀なスタッフたちが中心となって開発した。
若い社員を筆者がインタビューするたび確認できたのは、「デザイナーとエンジニアは両輪であってこそ、良質なデザインができる」という、ジウジアーロ/マントヴァーニ以来の精神が今も共有されていることであった。そして彼らのなかには「フォルクスワーゲン・グループの最新技術や機器を駆使できるのは強み」と話してくれたスタッフもいた。
ちなみに、人材マネジメントおよび人材育成、そして働き方環境を評価する「トップ・エンプロイヤー・イタリー」の認定を、2025年まで10年連続で獲得している。
自動車以外のプロダクトデザインに関しても果敢に挑戦してきた。当連載第881回「未来は『縦車を押して』開かれる! これがイタルデザインの新モビリティー」で紹介した「クライムビー」は、トリノ工科大学との共同プロジェクトであった。
近年は米ラスベガスで開催されるITとエレクトロニクスの見本市、CESにも出展。2025年4月に開催されたミラノ・デザインウイークにも、2024年に続いて参加を果たした。会場ではイタリアのデザイン教育機関、IEDトリノと共同開発したコンセプトカーを展示した。
新たなオーナーに求められるもの
長年イタルデザインを追い、彼らの特色ある活動と努力を間近に観察してきた筆者としては、こうした経緯をたどりつつあることに複雑な心境を抱かざるを得ない。ミラノにおける展示も、もともとそれだけで紹介するはずだった。
筆者自身が最も可能性があるイタルデザインの着地点として予想するのは、新興国企業による買収である。冒頭に記したように、ピニンファリーナはすでにマヒンドラ傘下にある。ミラノのザガートは2023年にアブダビおよびスイス系投資ファンドのもとに収まった。
当然、中国系企業も関心を示すと思われる。参考までに、ミラノに小規模な先行デザイン開発拠点を持つGAC(広州汽車集団)をはじめ、JAC、長安、吉利が、すでにイタリア国内にデザイン拠点を構えている。
イタルデザインは他の自動車デザイン関連企業とは規模が異なる。同時に、関連企業や開発期間のみ参加する熟練職人まで数えると、その数は膨大となる。そうした意味で、買収する側も、うまく生かせば素晴らしいグループ企業とできるだろう。
逆に人員を含め規模削減を行えば、トリノおよびピエモンテ地方にとって大きな損失となるばかりか、社会市民として、ブランドとしてイタリア人からの評価を下げるだろう。現代イタリア工業デザイン界の宝物ともいえる企業、イタルデザインの行方を慎重に見守るべきである。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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