第832回:イタルデザインのキーマンが来日! 日本メーカーとの新たなコラボの兆しを探る
2025.06.10 エディターから一言![]() |
イタリアを代表するデザイン会社にして、世界的な技術者集団でもあるイタルデザインが、新刊『Italdesign : Engineers of Ideas』の発売に伴い、東京・代官山で発表会を挙行した。彼らの手になる歴代の名車が集ったイベント会場には、PR部門のリーダーやビジネス開発のメンバーの姿もあったのだが……。彼らが日本にやってきたのは、本当に新刊発表のためだけか? 3人のキーマンの話を通し、イタルデザインの今日の姿に迫る。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
日本企業とも積極的にコラボレート
イタルデザインからPRのトップと2名のビジネス・デベロップメント……日本語の“事業開発”だとちょっとイメージが湧きにくいけれど、その実態は新規事業や案件を立ち上げる職種のこと……の担当が来日していると聞けば、なにか大きなもくろみがあると推測するのが自然というモノ。日本にやってきた3人のうちのひとりで、PR部門の責任者であるフランコ・ベイ氏に今回の来日の理由を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「これから3人で大阪に行きます。大阪・関西万博のイタリア館で、イタルデザインとして小さなエキシビションを開くためです」
なるほど、万博絡みだったらわかりやすいが、いろいろ彼らの話を聞いてみると、それ以外にも用事があることがわかってきた。
「私たちの仕事のおよそ95%には守秘義務が課せられているので、詳しくはお話しできませんが、イタルデザインはいまでも自動車産業だけでなく、さまざまな産業で工業デザインのお手伝いをしています。そうしたなかには日本のニコン、オカムラ、そしてセイコーといったブランドが含まれています」
いやいや、イタルデザインはフォルクスワーゲン・グループによる買収が2015年に完了しているはず。そんな彼らに、グループ以外での仕事ができるのか? と言いかけたところで、思い出した。「日産GT-R」をベースとする「日産GT-R50 by Italdesign」が発表されたのは2018年のこと。つまり、彼らはフォルクスワーゲン・グループの傘下に収まってからも、他ブランドとのコラボレーションを行っていたのだ。
「ええ。私たちは2020年以降、正式に他ブランドからの依頼を受けられるようになりまして、今回もいくつかの日本企業を訪れてきました」(ベイ氏)
ビジネス開発のキーマンは生粋の日本車好き
いわば広報担当であるベイ氏に対し、実際に日本の企業と交渉する立場にあるのが、ビジネス・デベロップメント担当のアンドレア・ポルタ氏である。そのポルタ氏は、私の顔を見るなり「実は僕、『マツダRX-7』を持っていてね。インスタグラムに写真をアップしてあるから、いま見せるよ」と言い出したのである。
「僕はJDM(日本製スポーツモデルのこと)好きなんだ。日本人はイタリア車が好きだろ? それと同じで、僕たちイタリア人も日本車が大好きなんだよ」。実際、ポルタ氏に限らず、いまヨーロッパの自動車メーカーに勤務しているデザイナーやエンジニアと話をすると、JDMファンが実に多いことに気づいて驚く。
そんな人物が日本車メーカーとの窓口になっているのだから、交渉の際に熱がこもるのは当然だろう。「イタルデザインはこれまでに、スズキ、いすゞ、日産、三菱、トヨタなどと一緒に仕事をしてきた」とポルタ氏。「マツダは東洋工業と呼ばれていた時代からのお付き合いだよ。スズキとは商用車のプロジェクトが最初だったけれど、『フロンテ クーペ』も原案はイタルデザインがつくったものなんだ」
前述したGT-R50 by Italdesignのプロジェクトにもポルタ氏は関わっていたという。「GT-Rは日本だけじゃなく、世界中でレジェンドとあがめられている。それも海外の若者から絶大な支持を得ているって、日産の人たちに説明しなければいけなかったんだ。ちなみに、僕の息子はいま21歳だけど、大変な日本車ファンだよ」
そして彼らは、いまも日本の自動車メーカーと交渉を続けている。「いろいろ提案しているよ。幸運を祈っていてほしいな」。ちなみにプロジェクトがスタートしてから製品が発表されるまで、通常で2年。早ければ1年で世に出るという。「その話をみんなにしたくてウズウズしているんだ。楽しみにしていてね」
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
カメラのグリップに宿るイタルデザインの哲学
話を聞いた最後のひとりは、自動車以外の工業デザインを担当するビジネス・デベロップメントの、フィオレンツォ・ピラッチ氏。大矢アキオ氏のエッセイにも登場した人物なので(参照)、ご記憶の人もいるかもしれない。彼もまた、日本企業と交渉を行うために来日したという。
「イタルデザインの売り上げの90%は自動車関連。残りが僕たちの仕事だから、規模としては決して大きくはないけれど、一般的な工業デザインの仕事は注目度が高い。だから、1968年に設立されて以来、イタルデザインはずっと工業デザインの仕事に取り組んできたんだ」
自動車におけるイタルデザインの傾向といえば、シンプルなスタイリングのなかに美しさがあって、実用性にも優れているというものだが、工業デザインの世界ではどうか? 「機能性とデザイン性をバランスさせるという意味では自動車のデザインとよく似ている。たとえばニコンの一眼レフカメラ。最初はボディーのグリップ性を改善するために盛り上がりをつけたけれど、僕たちはそれをデザイン性とも結びつけた。この形がいまやカメラ界のスタンダードとなっていることは、皆さんもご承知のとおりです」。
そういえばイタルデザインとのコラボレーションで生まれたセイコーのスポーツウオッチも、優れた機能性が美しいデザインのなかに溶け込んでいる。その意味において、自動車界のイタルデザインと工業デザイン界のイタルデザインには共通性があるといっていいだろう。
そして、こうしたイタルデザインの作品に通底するフィロソフィーの源泉をたどれるのが、新刊の『Italdesign : Engineers of Ideas』だ。「この本にはイタルデザインの現在、過去、未来がすべて記されています」とベイ氏。「2年前にイタリア語版を出版したところ、大変な好評をいただくと同時に、『なぜ国際版を出版しないんだ?』という声が数多く届きました。そこで今回は英語版を出版するとともに、イタリア語版では収容しきれなかった最新の話題も盛り込みました。その歴史の解説では日本企業とのコラボレーションやそこで誕生した作品も数多く紹介していますので、ぜひ、ご覧ください」。
『Italdesign : Engineers of Ideas』は代官山 蔦屋書店など洋書を取り扱う大手書店にて販売されているので、興味のある人は手に取ってみてはいかがだろう。
(文=大谷達也/写真=webCG/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |

大谷 達也
自動車ライター。大学卒業後、電機メーカーの研究所にエンジニアとして勤務。1990年に自動車雑誌『CAR GRAPHIC』の編集部員へと転身。同誌副編集長に就任した後、2010年に退職し、フリーランスの自動車ライターとなる。現在はラグジュアリーカーを中心に軽自動車まで幅広く取材。先端技術やモータースポーツ関連の原稿執筆も数多く手がける。2022-2023 日本カー・オブ・ザ・イヤー選考員、日本自動車ジャーナリスト協会会員、日本モータースポーツ記者会会員。
-
第843回:BMWの今後を占う重要プロダクト 「ノイエクラッセX」改め新型「iX3」がデビュー 2025.9.5 かねてクルマ好きを騒がせてきたBMWの「ノイエクラッセX」がついにベールを脱いだ。新型「iX3」は、デザインはもちろん、駆動系やインフォテインメントシステムなどがすべて刷新された新時代の電気自動車だ。その中身を解説する。
-
第842回:スバルのドライブアプリ「SUBAROAD」で赤城のニュルブルクリンクを体感する 2025.8.5 ドライブアプリ「SUBAROAD(スバロード)」をご存じだろうか。そのネーミングからも想像できるように、スバルがスバル車オーナー向けにリリースするスマホアプリである。実際に同アプリを使用したドライブの印象をリポートする。
-
第841回:大切なのは喜びと楽しさの追求 マセラティが考えるイタリアンラグジュアリーの本質 2025.7.29 イタリアを代表するラグジュアリーカーのマセラティ……というのはよく聞く文句だが、彼らが体現する「イタリアンラグジュアリー」とは、どういうものなのか? マセラティ ジャパンのラウンドテーブルに参加し、彼らが提供する価値について考えた。
-
第840回:北の大地を「レヴォーグ レイバック」で疾駆! 霧多布岬でスバルの未来を思う 2025.7.23 スバルのクロスオーバーSUV「レヴォーグ レイバック」で、目指すは霧多布岬! 爽快な北海道ドライブを通してリポーターが感じた、スバルの魅力と課題とは? チキンを頬張り、ラッコを探し、六連星のブランド改革に思いをはせる。
-
第839回:「最後まで続く性能」は本当か? ミシュランの最新コンフォートタイヤ「プライマシー5」を試す 2025.7.18 2025年3月に販売が始まったミシュランの「プライマシー5」。「静粛性に優れ、上質で快適な乗り心地と長く続く安心感を提供する」と紹介される最新プレミアムコンフォートタイヤの実力を、さまざまなシチュエーションが設定されたテストコースで試した。
-
NEW
内燃機関を持たないEVに必要な「冷やす技術」とは何か?
2025.9.16あの多田哲哉のクルマQ&Aエンジンが搭載されていない電気自動車でも、冷却のメカニズムが必要なのはなぜか? どんなところをどのような仕組みで冷やすのか、元トヨタのエンジニアである多田哲哉さんに聞いた。 -
NEW
トヨタ・ハリアーZ“レザーパッケージ・ナイトシェード”(4WD/CVT)【試乗記】
2025.9.16試乗記人気SUVの「トヨタ・ハリアー」が改良でさらなる進化を遂げた。そもそも人気なのにライバル車との差を広げようというのだから、その貪欲さにはまことに頭が下がる思いだ。それはともかく特別仕様車「Z“レザーパッケージ・ナイトシェード”」を試す。 -
スズキが未来の技術戦略を発表! “身近なクルマ”にこだわるメーカーが示した問題提起
2025.9.15デイリーコラムスズキが、劇的な車両の軽量化をかなえる「Sライト」や、次世代パワートレインなどの開発状況を発表。未来の自動車はどうあるべきか? どうすれば、生活に寄りそうクルマを提供し続けられるのか? 彼らの示した問題提起と、“身近なクルマ”の未来を考える。 -
BMW M235 xDriveグランクーペ(4WD/7AT)【試乗記】
2025.9.15試乗記フルモデルチェンジによってF74の開発コードを得た新型「BMW 2シリーズ グランクーペ」。ラインナップのなかでハイパフォーマンスモデルに位置づけられる「M235 xDrive」を郊外に連れ出し、アップデートされた第2世代の仕上がりと、その走りを確かめた。 -
フォルクスワーゲン・ゴルフRアドバンス(後編)
2025.9.14ミスター・スバル 辰己英治の目利き万能ハッチバック「フォルクスワーゲン・ゴルフ」をベースに、4WDと高出力ターボエンジンで走りを徹底的に磨いた「ゴルフR」。そんな夢のようなクルマに欠けているものとは何か? ミスター・スバルこと辰己英治が感じた「期待とのズレ」とは? -
スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)【試乗記】
2025.9.13試乗記「スズキ・アルト」のマイナーチェンジモデルが登場。前後のバンパーデザインなどの目に見える部分はもちろんのこと、見えないところも大きく変えてくるのが最新のスズキ流アップデートだ。最上級グレード「ハイブリッドX」の仕上がりをリポートする。