第960回:レクサスは欧州人のマナーを変えた? 「ミラノ・デザインウイーク2026」の自動車ブランド出展から
2026.05.07 マッキナ あらモーダ!今回のアウディは玄人向けすぎ?
2026年4月20日から26日まで、イタリア・ミラノで「デザインウイーク」が開催された。このイベントは、世界各国・地域の企業・団体、そして個人が、新たな製品やデザインコンセプトなどを披露するものである。主催者のひとつ、フォーリサローネの発表によると、会期中に1300以上の催しが市内で展開され、来場者は50万人を超えた。筆者が把握できた自動車関係の参加は、OEMと1次協力会社だけでも20近くに達した。今回はそのなかから、筆者がとくに関心を抱いた出展を紹介する。なお、イベントの模様については近日フォトギャラリーでもお伝えすることとする。
最初に紹介するのは、これで13年連続参加のアウディである。彼らは今回も、フェラガモが所有している高級ホテル、ポートレート・ミラノを会場とした。テーマは「Origin(オリジン)」で、コラボレーションの相手として選んだのはザハ・ハディド・アーキテクツである。2012年に東京の新国立競技場のコンペで話題となった、あの建築事務所だ。
ホテルの中庭を訪れると、池に囲まれたオーバル型のインスタレーションが現れた。入場待ち列に並んでみると、5分ほどで中に入ることができた。内部には縦に仕切られたフィン状の層がうねりをともなって展開されていて、定期的に照明が変化する。しかしながら出口と入り口が近すぎて、没入感はきわめて乏しい。暗室の中で目まいがするようなイマーシブ映像を期待して来たデザインウイーク・ファンたちからすると、「これっきりですか感」「がっかり感」に包まれたことだろう。筆者としては「著名建築事務所に委嘱したばかりに、アウディの予算範囲内でできることが限定されたのではないか」と読んでしまった。
そこでメーカーのリリースを読み返すと、「新しいアウディのデザイン哲学―明晰(めいせき)さ、技術性、知性、そして感情―の解釈でもあり、来場者に省察と再接続を促すアーキテクト体験へと転換しています」とある。同時にアウディのチーフクリエイティブオフィサーのマッシモ・フラシェッラ氏は、「日々多忙となる世界で、デザインは人々が雑音をフィルタリングし、明快さを見つけ、真に重要なものと再びつながる手助けをしなければならない」と説明している。
たしかにそう言われれば、ザハ・ハディド事務所による作品は、2025年9月に同じ会場でフラシェッラ氏が近未来のデザイン言語を示した「アウディ・コンセプトC」と通じる明瞭さ、シンプルさがある。それを知らないと伝わらない、いわば玄人好みの企画といえる。今回、彼らは2026年のF1に投入するワークスマシン「R26」のショーカーと、新型「RS 5アバント」を、いずれもイタリア初公開した。それよりも、たとえ発表から数カ月が経過していてもコンセプトCも展示すれば、より“やりたいこと”がわかっただろうにと、残念に思った筆者であった。
日本の中小企業も歓迎のイタルデザイン
次はミラノ随一のデザイン地区であるトルトーナにブースを構えたイタルデザインである。エントランスをくぐって最初に目に飛び込んだのは、当連載第951回で解説した「ホンダNSXトリビュート by Italdesign」のモックアップだった。今回は欧州初公開であった。
彼らの幅広い研究開発活動も語るべきだ。一例は2025年に発表した自動車シートのコンセプト「レセード」である。自動車構成パーツのなかで最もリサイクル性が低いといわれてきた座席に注目したチームは、接着剤、縫製、そして着色仕上げを排除することで、使用後の解体とリサイクルを容易にした。全体の65%がリサイクル素材で、うち45%は再リサイクルが可能だという。開発にあたっては、スポーツ用品メーカー、ナイキのいちプロジェクトで、製造過程に出る余剰素材や使用済み製品の素材を回収する「ナイキ・グラインド」の協力も得ている。
奥の間に進むと、ヒューマノイドロボットが迎えてくれた。イタリアのスタートアップ企業、ジェネレーティブ・バイオニクス社のためにデザインし、会場で世界初公開したものだ。
ところで、イタルデザインのプロダクトデザイン部門は、オカムラ、セイコー、ニコンなど、日本の著名企業と長年にわたり信頼関係を築いてきたことは有名である。いっぽう、近年彼らが新たに可能性をさぐっているのは中小企業との共創だ。実際、担当のフィオレンツォ・ピラッチ氏は、前週である2026年4月17日に、京都で地元金融機関が開催した企業とのマッチングイベント「KYOTO × ITALY DESIGN DAY」から戻ってきたばかりだった。「モノづくりの深い歴史と理解という観点からすると、イタリアと日本はきわめて近い」とピラッチ氏は語る。自社製品のデザインを見直す必要性を感じていたり、品質や技術力に自信はあるものの、表現やブランディングを課題と考えている日本企業は大歓迎だという。
秀逸な体験型だったレクサスの展示
イタルデザインと同じトルトーナで、レクサスインターナショナルも見る。彼らの初参加は21年前の2005年にさかのぼる。自動車ブランドとしては常連中の常連だ。今回のテーマは「SPACE(スペース)」である。事前公開された映像には、「ジャパンモビリティショー(JMS)2025」で世界初公開された「LSコンセプト」が映っていた。たしかに豊かなスペースを提供するクルマではあるが、長年の参加でそろそろアイデアが枯渇気味なのではといった心配が脳裏をよぎった。
実際訪れてみると、最初に展示されていたのは同じくJMS 2025で披露された自動操縦ヨット「カタマランコンセプト」のスケールモデルで、次の部屋にLSコンセプト、というレイアウトだった。
しかし、それに続く展示室「Discover Your Space」は、レクサスのデザインウイークへの参加意欲がまだまだ衰えていないことを示していた。企画はLSコンセプトをモチーフに、空間の持つ可能性を体験型の4作品で表現したものである。
そこで筆者が驚いたのは、2つの作品の周囲に脱ぎ捨てられた来場者のスニーカーだった。というのは、従来ヨーロッパでは「人前で靴を脱ぐ」習慣は限りなくなきに等しかったからである。自身がイタリアで仕事を始めた1990年代末の経験を記すなら、食堂で高アングルから撮影すべく靴を脱いで椅子に乗った途端、周囲の人たちにえらく困惑された。また、2024年のデザインウイークでトヨタ紡織が畳の間を設営したところ、靴を脱ぐことに抵抗を覚える来場者が少なからずいた、と同社の関係者は教えてくれたことがあった。
今回、レクサスの土足厳禁インスタレーションが受容された背景には、新型コロナ期間中に家屋内に靴を持ち込むことをやめた人や、日本アニメ世代の増加という伏線が存在したと筆者は考える。そこに、日本を観光で訪れたことがあるヨーロッパ人がここ数年でめざましく増えたことで、一気に“土禁”への理解が加速したに違いない。
参考までに、関係者によれば、参加クリエイターのひとつであるオランダのランダムストゥディオも、作品制作の際、当初から靴を脱いでもらうことを織り込んでいたという。写真でご覧いただくとわかるように、来場者の体験型という観点からすると、今回のレクサスは前回に増して秀逸であり、自動車ブランドのなかでは群を抜いていた。
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ルノーの巨大カエル
ルノーものぞいてみることにした。2026年2月にオープンしたコンセプトストア、Rnltである。所在地情報をもとにたどり着くと、屋外には数々の蓮(ハス)を模したパラソルが連なっていた。室内には「アブソリュート・グリーン」と名づけられた緑色の「トゥインゴE-Techエレクトリック」(当連載第958回参照)が展示されている。巨大なカエル像は1976年生まれのイタリア人アーティスト、マルカントニオの作品である。人間と自然のつながりが好きという彼は、トゥインゴの顔つきを見た瞬間、笑うカエルを想起したという。
壁際には販売用のオフィシャルグッズが並べられていた。思えば1993年に初代トゥインゴが発売されたときも、数々のグッズがリリースされたものである。当時東京にいた筆者は、フランスを旅行していた知人に、文字盤にトゥインゴが描かれた腕時計を買ってきてもらったことを思い出した。いっぽう、今回の新トゥインゴグッズで最もかわいいと感じたのは、ぬいぐるみである。
実は入り口にいわゆる“ガチャガチャ”のマシンが置いてあって、来場者は自分でダイヤルを回して、くじ引き券入りのカプセルを取り出すようになっていた。聞けば、ショールーム奥でプレゼントと交換してもらえるという。
筆者が渡したカプセルを開けたお姉さんが「おおーっ! おめでとうございます」と派手な声を上げるので、「もしや、ぬいぐるみか。このあと重要な仕事があるのに、抱えていくの恥ずかしいな」などと思いきや、実際もらえたのは冷蔵庫に貼るマグネット1個だった。どういう景品が特賞に設定されていたのかは聞き忘れたが、お姉さんの盛り上げ方のうまさに恐れ入った。
著名建築家とのコラボレーションや、真面目なプロジェクトがある傍らで、ルノーのような軽やかなアプローチもある。かつて以上に、そうしたコントラストの愉快さを感じた2026年のデザインウイークだった。
(文と写真=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/編集=堀田剛資)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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