足並みはそろわずとも向かう先は同じ CO2ゼロへ向けた自動車産業と各メーカーの歩み
2021.09.24 デイリーコラム30年後の目標達成のために
遠い未来の壮大な目標を掲げ、そこに到達するために、通過点ごとにどれほどの物事を達成していなければならないかを検討する。欧州は、そういった長期的なスコープで戦略を立てるのが得意だ。大目標に対して逆算で考えることは「バックキャスティング」と呼ばれる。それに対して、現実を見つめながらこれまでの実績や経験、近い将来の技術革新などを踏まえて未来を予測し、コツコツと歩を進めていく「フォワードキャスティング」のほうが、日本的な思考にはなじみがいいように思える。
どちらがいいかは置いておいて、長期的な戦略にはバックキャスティングが向いているのは確かだ。少なくとも10年後、20年後を見据える環境保護政策などでは必須であり、SDGsも基本的にそういった思考だ。
2050年にカーボンニュートラルを目指すというのが、欧州委員会(EU)の大目標であり、日本政府もそれに乗っかったかっこうだ。30年後の遠い未来の話であり、今日の政治家が責任をとることなんてこともないので、「取りあえず空気を読んで宣言しとくか。環境保護団体などともめたくもないし」という軽い気持ちにみえなくもないが。なんにせよ、30年の間に何が起こるかはわからない。画期的な技術が生み出されて案外とすんなり目標を達成してしまうかもしれないし、頑張ったけれどどうしても達成が困難で、規制や法規が緩和されるかもしれない。ゴールポストが動く可能性は否定できず、現時点では大目標は必ずしも“必達”として捉えられてはいない。
ただし、近い将来に据えられた通過点の目標は、必達に近い。それが2021年7月14日に欧州委員会が発表した気候変動パッケージ「Fit for 55」だ。
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「Fit for 55」が自動車産業にもたらした衝撃
Fit for 55で掲げられた目標は、2030年の温室効果ガス排出量を1990年比で55%削減するというもので、以前よりも厳しいものとなった。特に自動車関連で衝撃的だったのが、2035年の目標が“100%”とされたことだ。つまりゼロエミッションであり、BEV(電気自動車)かFCV(水素燃料電池車)以外の生き残りは難しい。
確かに、再生可能エネルギー由来の液体・気体燃料で内燃機関を利用するという道は残されており、Fit for 55でも代替燃料インフラに関する指令が改正されてもいる。これについては、内燃機関の実質禁止は合理的ではないと反発している欧州の自動車工業会も歓迎しているようだ。ただし、e-FUEL(再生可能エネルギー由来の液体燃料)などは燃料コストが高く、また再生可能エネルギーの電力はBEVに優先的に使うべきという考えもあって、現状では2035年以降のメジャープレーヤーにはなれそうもない。
欧州の自動車メーカーも欧州でビジネスを展開するそれ以外の国・地域の自動車メーカーも、それぞれに電動化戦略を打ち出している。「Fit for 55」以前から販売車種を100%BEVあるいはゼロエミッション車のみにすると表明していたのは、ボルボ、ジャガー、アウディ、ゼネラルモーターズなど。その他の多くも7月14日以降に、以前より野心的な戦略を打ち出してきた。各メーカーの戦略に関しては、『webCG』でも「CarScorp ~クルマの今と未来~」にまとめられた各記事で詳しく解説されているので参照していただきたいが、ここで気になるのは、こうした自動車メーカーは足並みそろえて未来へ進んでいるように見えて、よく見ると戦略はバラバラで、温度差があるのではないか? ということだ。
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各メーカーの戦略にみるスタンスの違い
最も前のめりなのは、鶴原吉郎さんが執筆した「“プラットフォーマー”への脱皮を目指すフォルクスワーゲンの苦悩」(前編・中編・後編)にあるように、ドイツのフォルクスワーゲンだ。私も2019年に、「MQB」専用工場から「MEB」専用工場へ移行する真っ最中だったツヴィッカウ工場を見学したときに衝撃を受け(参照)、彼らの本気度を垣間見た。BEV専用プラットフォームであるMEBの量産へ向け、工員のトレーニングが行われていたのだが、作業技術だけではなく一種の思想教育のようなものまで実施されていたのだ。なぜかと問えば、エンジン車に対してBEVは作業工程が30%ほど削減されるので、リストラが避けられない。その反発を抑えるためだという。
日本ではトヨタ自動車の豊田章男社長が、自動車工業会会長として「政府がこのまま2050年カーボンニュートラルを目指していけば、日本で自動車産業に従事している約550万人のうち最大100万人程度の雇用が失われる」と発言している。雇用を守ることが自動車産業の責任だという意見は大いに応援したいし、温かみのある日本らしい発想だともいえる。それに比べると、ツヴィッカウで見た“リストラ上等”という企業の姿勢は、背筋が凍るもので反発したくもなるが、同時にここまで冷徹に、本気でBEV化を進められたら、日本のメーカーは負けてしまうかもしれないとも思う。
他方で、その日本メーカーのなかでもホンダの三部敏弘社長は、2021年4月の就任記者会見で四輪事業の“脱エンジン宣言”を行った。エンジンおよびパワートレインのエンジニアでもある三部社長の言葉だからこそ衝撃的であり、何か裏の作戦でもあるのでは? と勘ぐっていたのだが、その後にインタビューしたところ、何年も前からいつかはBEV、FCVの時代がくると考え、準備を進めていたそうだ。約1年前にはほぼ構想が固まり、あとはいつ発表するかという段階だったという。エンジン開発については、e-FUEL等の可能性が残されているから完全には止めないけれど縮小する。「自分のなかでは、はっきりと腹をくくっていますよ」と電動化への意志に迷いはないとも述べていた。わが国のメーカーの間でも、温度差はある。
地球環境の変化に対して危機感が強いはずの欧州のメーカーでも、発表されている戦略をみれば足並みがそろっているとはいえない。ルノーのように、2030年には自社製品の9割をBEV化するとしつつ、同時にいまから新しいハイブリッドシステムを開発すると言っているところもある。そもそもエンジン開発部門を完全に閉じてしまうメーカーは少なく、皆、規模は縮小しても開発を続けてはいくはずだ。
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大事なのはよいシナリオを立てるセンスと“柔軟性”
大目標に対してバックキャスティングで戦略を組んでいくとはいえ、長期的ゆえに不確実性や変動性が内包されていて、各メーカーはそれに対応する必要がある。そのためには、起こりうる未来のシナリオを複数用意してプランを練る「シナリオプランニング」という手法があり、彼らもそれを実践しているはずだ。シナリオプランニングはもともと軍事で採り入れられたもので、絶対に負けられない戦いには不可欠な手法である。ただし、あらゆる可能性を考えていくつもの戦略を用意するには、体力が必要だ。だから集団的自衛権よろしく、自動車産業では仲間を増やして連合を組む業界再編などが起こっている。
フォワードキャスティングで実績を積み上げていくことで、連続的な近未来の予測を立てやすくし、その知見を取り入れることも重要だ。バックキャスティングを軸に据えながらも、絶えず変化を捉えながら臨機応変に突き進んでいくのである。こうなると、「どういったシナリオを用意できるか」がウデの見せ所であり、間違っていたら別に用意していたシナリオに切り替える柔軟性も必要となる。前のめりにひとつのシナリオに固執しすぎれば、袋小路に突き当たって倒れてしまうこともあり得る。一般的に、新しい技術の実用化がはっきりと見えてくるのは、その実現のわずか5年ほど前だといわれている。かように未来の予測は難しく、だからこそ2035年に対して、各メーカーの戦略には温度差があるのだろう。
ただ、そこそこに長期といえる2035年の予測は難しいが、10年、5年と今に近づいていくほどに、予測は確度を増し、目標は必達化し、各メーカーの戦略も横並びになっていく。いずれにせよ、電動化戦略に関しては「軌道修正はあるとしても、一度進んだら引き返すという道はない」というのが今日の見立てである。時間の経過とともに、少しずつ未来の姿がはっきりとしてくるはずだ。
(文=石井昌道/写真=トヨタ自動車、フォルクスワーゲン/編集=堀田剛資)
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石井 昌道
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