第2回:トヨタ・クラウン スポーツ(後編)
2023.11.22 カーデザイン曼荼羅造形に表れるデザイナーの試行錯誤
ジャパンモビリティショーで「クラウン スポーツ」に接し、好印象を持ったという元自動車デザイナーの渕野氏。対する清水やwebCGほったは、それほど強いインパクトは受けなかった。プロが感じてアマが感じなかったクラウン スポーツのデザイン上の美点とはなんなのか?
(前編はこちら)
渕野健太郎(以下、渕野):あともうひとつ、デザイナーの試行錯誤を感じたのが、リアドアとリアフェンダーの嵌合(かんごう)部付近です。ここはなにが正解か、答えを出すのが難しかったんだろうなと思います。
清水草一(以下、清水):リアフェンダーがぐぐっと盛り上がっているあたりですね。
渕野:最近トヨタは、ニュースルームでデザインスケッチを公開してくれるじゃないですか。しかも完成形だけじゃなく、わりと初期のスケッチも載せてくれているので、デザインができていく過程がよくわかるんです。クラウン スポーツの場合、フロントまわりは恐らく当初から固まっていたようなのですけど、リアのここらへんに関しては、どうしようかすごく迷ってるんですよね。最初の頃と思われるスケッチでは、ショルダーラインが「ハリアー」みたいに後ろに抜けている(=一筆書きで後ろまで通っている)んです。
webCGほった(以下、ほった):なるほど。これだとハリアーっぽい。
渕野:こうして後ろに抜かせたほうが構成的には楽なんですけど、あまりボリューム感が出ない。だからクラウン スポーツでは、最終的にはドア断面に対してリアフェンダーをかぶせにいっている。結構複雑な面構成ですけど、それをなんとか複雑に見えないようにしているところに、すごく苦労してるなと思いました。
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とにかく細く見せたくない!
清水:ショルダーのエッジラインがリアフェンダーの手前で止まって、そこからフェンダーが「ぼよっ」とふくらんでいることで、確かにボリューム感は出てますね。でも、個人的にはそれがあんまり好きじゃない(笑)。重ったるく見えませんか?
渕野:言いたいことはわかります。ハリアーは、ラインがさーっと後ろまで突き抜けて、その下にフェンダーがついてますよね。でもこれだと、後ろから見たときに幅が狭くナローに見えるんです。もともとハリアーはキャビンの後ろをかなり強く絞っていますし。クラウン スポーツは、そうはしたくなかったんでしょう。リアから見たときも、しっかりしたたたずまいを示したいから、こうしてフェンダーをかさばらせて、ボリューム感を出しているっていうことです。
清水:「クラウン クロスオーバー」もそうなんですけど、リアフェンダーのボリュームをぼってりと出したことで、くどく見える気がするんですよねぇ。
ほった:でも、あえてそうしたってことですよね。
渕野:今度のクラウンは日本市場だけに投入されるわけじゃないですから、北米とか中国で見たときにどう目に映るかっていうところもあります。私としては、タイヤがこれだけ大きいので、重ったるさはなんとか緩和できているのかなと思っています。
清水:確かに北米は背景が雄大なので、くどいくらいのデザインでちょうどいいし、サラッとしていると、こぢんまりまとめすぎに見えるかもしれません。
渕野:それと、最近トヨタは「オロイド」という、2つの円を直交させてつないだオブジェクトのモチーフを、よく使っていると思います。面のふくらみの方向が滑らかに90°変換していく……みたいな。
ほった:難解ですね(笑)。読者の皆さん、オロイドがどんなものかは、おのおの検索してお確かめください。
渕野:キャラクターラインをそのまま後ろまでつなげちゃうと、ちょっと古いイメージになるので、途中でラインをなくし、リフレクション(ボディーの反射や映り込み)の変化でダイナミックに見せています。「アルファード/ヴェルファイア」のサイドでは、クラウン スポーツとは逆向きにそのイメージを使ってますね。
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海外でどう評価されるかが楽しみ
清水:ハリアーはサイドがサッパリしているぶん、リアトレッドが狭く感じないでもないですけど、クラウン スポーツはガバッと広く見えますね。
ほった:タイヤ径もでっかいですし。
渕野:クラウン スポーツにせよクロスオーバーにせよ、フェンダーにはクラッティングがついてるし、ハリアーよりタイヤも大きいんで、むしろタイヤがデカすぎるんじゃないかと思ったりもします。タイヤの外径というより、ホイールのインチ数ですね。ホイールはひと回り小さくてもよかったんじゃないかな。でも、基本的なたたずまいは、やっぱりいい。
清水:ディテールの話ですけど、クラウン スポーツのリアバンパーまわりは、「GRスープラ」とイメージが共通してますよね。溶けちゃったみたいな造形が。
ほった:確かに、両サイドが垂れて滴ってますね、これ。
清水:このあたりもヨーロピアンじゃないし、あんまり好きじゃない(笑)。北米ではこれくらいでちょうどいいのかな。
渕野:キャラクターラインで見せるよりも、ボリュームで見せるっていうのが昨今のトレンドであることは確かです。
清水:ちょっとボリュームがありすぎてくどいって感じるのは、島国に住んでいるからかなぁ。
渕野:ボリュームで見せるやり方に関しては、今はマツダが一番洗練されてますね。でも、同じボリューム指向のデザインでも、みんながみんな同じような方向を目指すのも違うかなと思います。クラウン スポーツでは、トヨタデザインの引き出しの多さをあらためて見せられました。
清水:海外でどう評価されるか楽しみですね。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=トヨタ自動車、向後一宏、山本佳吾、webCG/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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