世界販売100万台増の大風呂敷! 日産の新経営計画「The Arc」がはらむ夢と課題
2024.04.05 デイリーコラム「The Arc」の前提にある日産の長期計画
さる2024年3月25日、日産が「The Arc」と銘打った中期経営計画を発表しました。これは2023年11月に予定されていたお披露目を4カ月ほど後ろ倒しにしたものです。理由は事業環境の急激な変化に対応するための見直しに時間を要したこと。後述する海外市場や、電気自動車(EV)シフトの変容を織り込む必要があったということです。
この手の記者会見の常で、開催時程は株式市場のクローズ後、そして日程は直前にならないと知らされないため、われら“ピン芸人”はタイミングが合わないと参加がなかなかかないません。今回もロケ帰りのパーキングエリアで、YouTubeを介してのリモート視聴となりました。こういう時代になってくると、メルセデス・ベンツの新型「Eクラス」が車内Zoomに対応するカメラの装備をウリにするのもわからんでもない気がしてきます。
さて、今回の中期経営計画を理解するうえで押さえておかなければならないのは、その前提となっている長期の経営計画、すなわち2021年に発表された長期ビジョン「Nissan Ambition 2030」です。その概要はといえば……。
- 2026年度末までに約2兆円を投資し、電動化を加速
- 2030年度までに電気自動車15車種を含む23車種の新型電動車を投入し、グローバルでの電動車のモデルミックスを50%以上へ拡大
- 全固体電池を2028年度に市場投入
と、以上は日産の公式発表でアナウンスされているもの。ふんわりしたものにみえるかもしれませんが、クルマの商売はパワートレインのみならず、先進運転支援システム(ADAS)や車載OSを巻き込んでのユーザーエクスペリエンス領域も熾烈(しれつ)な開発競争に突入しています。ここにASEANやアフリカなど新興市場の発展に歩を合わせた商品展開といった要素も織り込むと、10年先を見通すことは非常に難しいわけです。で、このアンビションに向かう第一歩の中期経営……というよりも、構造改革計画として2020~2023年度に設定されていたのが「Nissan NEXT」でした。
“立て直し”から“攻め”へ
Nissan NEXTが策定されたのは、内田 誠氏がCEOに就任してから約半年後のことでした。当時の日産はゴーンさん絡みのゴタゴタ(参照)を経て2019年度には6700億円余の赤字を計上していましたから、内田体制となってまず手がけるべきは、事業の最適化やリソースの選択と集中による、営業利益率の拡大やキャッシュフローの確保だったわけです。コロナ禍を挟んだ難しい状況のなか、掲げられた「2023年度に5%」という営業利益率にはわずかに及ばないのではないかという予測が立てられていますが、円安も手伝ってかキャッシュフローは順当に復活しています。
で、このNissan NEXTからのバトンを受けて、主に2024~2026年度の中期経営計画を示したのがThe Arcなわけです。その中身を簡単に言い表すなら、時流の変化を織り込みつつの“攻め”への転進でしょう。そのサマリーを日産の発表から拾ってみると……。
- 2026年度までに2023年度比100万台の販売増と営業利益率6%以上を目指す
- 2026年度までに16車種の電動車両を含む30車種の新型車を投入
- 2026年度までに内燃機関(ICE)車の乗用車ラインナップの60%を刷新
- EVの競争力を向上させるため、次世代EVのコストを30%削減し、2030年度までにICE車と同等のコストを実現
- 日産独自のファミリー開発でEVの開発コストを大幅に削減し、同コンセプトで開発したEVは2027年度より生産開始
- 戦略的パートナーシップを技術、商品ポートフォリオ、ソフトウエアサービスの分野で拡大
- 配当と自社株買いで株主総還元率30%を目指す
- 2030年度までに新規ビジネスにより最大2.5兆円の売上の可能性を見込む
……と、具体的な数字が並びます。とりわけ目立つのは、2024~2026年度の3年間で100万台の販売増を目指すという項目。2023年度の販売台数目標が370万台ですから、そこから約27%増を目指すことになります。Nissan NEXTで設定された同社のグローバル生産能力は540万台。仮にその規模で2026年度に470万台の生産数となれば、工場稼働率は87%余りとなります。一般的な自動車工場の稼働率は80%が平常値、90%が理想値としてよく挙げられますから、もうひと声伸びれば利益率の目標値にもおのずと近づくことでしょう。
“3年で+100万台”という見積もりは適当か?
ただし、そこに至る内訳には不確定要素が多いのも事実。まず北米市場での“伸ばし代”を全体の約3分の1、つまり33万台余と見積もっているあたりは、結構な大風呂敷といえるでしょう。2024年度には「日産アルマーダ」「インフィニティQX80」などの“骨付き車台”系、そして「日産ムラーノ」「キックス」と人気のSUV系でフルモデルチェンジが続くようですが、「ローグ」級の量販車種がもうひとつくらい現れないことには、達成が難しそうな数字です。
そして市場環境の急激な変化により、海外メーカーがはしごを外されたようなかたちとなっている中国市場。コロナ禍の不透明な時期に国をあげてNEV(新エネルギー車)シフトを推し進めたことで、日本のメーカーも2023年は大苦戦しました。日産も例外にあらずで、地方では「シルフィ」が善戦したものの、あまりの需要減に生産能力の削減を迫られる事態です。8種のNEVを投入して販売を20万台積み増すという目標は、北米市場の目標よりは楽そうにみえますが、販売側のみならず開発側への負荷も高くなりそうです。また、10万台の輸出を想定している点については、日本のレイバーコストや不安定な為替といった今日的事情を勘案してのものでしょう。対象となるのは関税を払ってでももうけが出る高付加価値車両でしょうから、電動パワートレインでの登場がうわさされる「エルグランド」の後継モデルなどを指しているのかもしれません。
加えて、ICEパワートレインを搭載したモデルに対する言及も加えられているあたりをみるに、コストやロバスト性の高い商品による新興国市場の掘り起こしの重要性を再認識しているのではないでしょうか。
ちなみに、ここには先に発表されたホンダとの提携模索の話(参照)はまったく織り込まれていません。ルノーとの関係が株式的に対等化した日産が、国内市場のモデルミックスを含めてどのようにポートフォリオを再編していくか。ホンダとの関係がパワートレインレベルに及ぶのか。仮にそれらが商品となって現れるにしても、それは2026年以降の話になるかと思います。
(文=渡辺敏史/写真=日産自動車/編集=堀田剛資)

渡辺 敏史
自動車評論家。中古車に新車、国産車に輸入車、チューニングカーから未来の乗り物まで、どんなボールも打ち返す縦横無尽の自動車ライター。二輪・四輪誌の編集に携わった後でフリーランスとして独立。海外の取材にも積極的で、今日も空港カレーに舌鼓を打ちつつ、世界中を飛び回る。
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