ドゥカティ・ムルティストラーダV4 S(6MT)
至高の万能ツアラー 2024.11.09 試乗記 ドゥカティのアドベンチャーツアラー「ムルティストラーダV4」シリーズが、2025年モデルで大幅改良! より高度な電子制御を得たイタリアの万能マシンは、いかなる進化を遂げたのか? 本国で催された国際試乗会より、ケニー佐川がリポートする。クラスの頂点を見据えて全方位的に進化
ドゥカティ・ムルティストラーダは、イタリア語で「すべての道(Multistrada)」という意の車名を冠する文字どおりの万能マシンである。ジャンルとしてはアドベンチャーツアラーに属するが、砂漠やガレ場を突っ走る走破性を前面に打ち出すライバルに対し、ムルティはオンロードでのスポーツ性能を重視し、快適に距離を伸ばせる方向へとベクトルを向けたモデルといえる。
最初のムルティストラーダである「ムルティストラーダ1000」のデビューは2003年のことで、2010年にはスポーツ、ツーリング、アーバン、オフロードの4つのカテゴリーの特徴を併せ持つ、「4バイクス・イン・ワン」のコンセプトを掲げた「ムルティストラーダ1200」が登場。2021年には従来のV型2気筒からV型4気筒となったエンジンを筆頭に、すべてを刷新した「ムルティストラーダV4」がその後を継いだ(参照)。今回の最新版もまた、クラスの頂点を見据えてさらなる全方位的進化を遂げている。
一見すると大きく変わった感じはしないが、よく見るとフロントカウルはエッジが効いたデザインになり、ホイールやエキゾーストの形状も変わっている。クラス最強の最高出力170PSを誇るエンジン「V4グランツーリスモ」は、従来モデルから踏襲するが、シリンダー休止機構を改良することで、停車時に加えて低負荷走行時にも後方バンクの2気筒を停止させての低燃費走行が可能になった。また車体の側では、スイングアームピボットの位置を1mmアップして、加速時のトラクション性能を向上。電子制御も進化しており、停止直前にリアサスペンションのプリロードを抜くことで車高を自動的に下げる機能のほか、ライディングモードに新たに「ウエット」を加えるなど、より安全に、快適に距離を伸ばせる方向へとスタンスを広げている。
路面にタイヤが吸い付いているかのよう
またがってまず「あれっ?」と思うのがシートの低さだ。新しいムルティストラーダは、先述の自動車高低下機能(ALD=オートマチック・ロワリング・デバイス)によって、車速が10km/h以下になると車高が30mm下がる仕組みだが、停止時にも同様にプリロードが抜けて車体が沈み込む。悪路走破性と快適な乗り心地を求められるこのジャンルでは、長らくシートの高さがネックとなっていたが、この機能のおかげで足つきの悩みから解放されるライダーも少なくないはずだ。技術革新の恩恵を感じながら、バイクを発進させる。
試乗会はほぼ雨天だったが、条件が厳しいほどに本領を発揮するのがムルティの強みである。手元のスイッチでウエットモードに切り替えるだけで出力特性は穏やかなものとなり、コーナリング対応のABSとトラクションコントロールの制御も最適化され、電子制御サスペンションもウエット専用のセッティングへと切り替わる。これがまた秀逸で、荒れた峠道をけっこうなペースで飛ばしても、タイヤが路面に吸い付くようにマシンの挙動が安定しているのだ。
後でドゥカティの本社スタッフに聞いたのだが、新型ではサスペンション制御の精度を高めたうえに、バンプ検知機能を新たに加えたという。これは前輪が凸凹に乗った瞬間にその衝撃をセンシングし、後輪が凸凹に乗るまでにリアサスのダンパーを最適化してしまう機能だ。たしかに段差を乗り越えたとき、予想より突き上げがこない気がする。いったいバイクは、どこまで賢くなってしまうのか。
さらに感心したのが、新たに実装されたリア主導の前後連動ブレーキ。以前からフロントブレーキをかけるとリアも作動する仕組みだったが、最新型ではブレーキペダルを踏む(=リアブレーキをかける)と路面状況や減速度に応じてフロント側にも最適な制動力を配分するタイプとなった。加えてEBC(エンジンブレーキコントロール)の制御も入るため、ほとんどの制動がリアブレーキだけで間に合ってしまうのだ。なお、誤解のないよう断っておくが、こうしたサポート機能はライダーの意思でオフにすることができる。判断はあくまでライダー本位であって、操る楽しさをスポイルするものではないということだ。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
これが本当のスーパーバイク
オフロード走行には、オプション装備のスポークホイールにデュアルパーパスタイヤを履いた仕様でトライした。所々にガレ場や雨で掘られたグルーブが刻まれた林道だったが、「エンデューロ」モードを選べばサスペンションの動きはストローク感たっぷりとなり、そうした路面の凹凸をしなやかに吸収する。エンジン出力はウエットモードと同じ114PSに抑えられるが、レスポンスはより俊敏になり、トラコンとABSの入りも最小限となるため、コーナーの立ち上がりでは穏やかなスライドを許容してくれる。結果として、あたかも自分の腕が上がったかのような“アドベンチャー走り”ができてしまうのだ。
さらにクリアなオンロードでは、ムルティのもうひとつの側面が顔をのぞかせる。それはドゥカティ本来のスポーツバイクとしての側面だ。スロットルを開けたときのV4エンジンの躍動感あふれるパワーと加速性能は、ライバルを圧倒するもの。切れ味鋭いハンドリングもドゥカティならではで、ワインディングロードでは“フロント19インチ”を感じさせない軽快なフットワークで、どんなコーナーでも楽々と攻略していく。特に狙ったところにラインを通していくハンドリングの正確さは、他の追従を許さないレベルだ。曖昧さがないというか、その部分のつくり込みの繊細さは、MotoGPの頂点に君臨するドゥカティならではだろう。
これらの美点に加えて、レーダー式の前走車追従機能付きクルーズコントロールや新採用の衝突警報など、電子制御の進化による数々のサポート機能が心強い限り。先述のとおり悪天候でも怖くないし、どんな状況でもリラックスできるからツーリングも疲れ知らずだ。まさにムルティが目指す「ツーリングバイクの頂点」の姿がここにある。
雨天やダートといったタフな条件をものともせず、長距離高速走行も快適にこなす盤石の安心感を備えているという意味で、ムルティストラーダV4 Sは「真のスーパーバイク」なのだと思う。世界中で最も売れているドゥカティである理由が、あらためてよく分かった。
(文=ケニー佐川/写真=ドゥカティ/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
テスト車のデータ
ドゥカティ・ムルティストラーダV4 S
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=--×--×--mm
ホイールベース:1566mm
シート高:840-860mm
重量:231kg(燃料なし)
エンジン:1158cc 水冷4ストロークV型4気筒DOHC 4バルブ(1気筒あたり)
最高出力:170PS(125kW)/1万0750rpm
最大トルク:124N・m(12.6kgf・m)/9000rpm
トランスミッション:6段MT
燃費:6.6リッター/100km(約15.2km/リッター、WMTCモード)
価格:337万7000円

佐川 健太郎(ケニー佐川)
モーターサイクルジャーナリスト。広告出版会社、雑誌編集者を経て現在は二輪専門誌やウェブメディアで活躍。そのかたわら、ライディングスクールの講師を務めるなど安全運転普及にも注力する。国内外でのニューモデル試乗のほか、メーカーやディーラーのアドバイザーとしても活動中。(株)モト・マニアックス代表。日本交通心理学会員 交通心理士。MFJ認定インストラクター。
-
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”【試乗記】 2025.9.12 レースやラリーで鍛えられた4WDスポーツ「トヨタGRヤリス」が、2025年モデルに進化。強化されたシャシーや新しいパワートレイン制御、新設定のエアロパーツは、その走りにどのような変化をもたらしたのか? クローズドコースで遠慮なく確かめた。
-
トヨタ・カローラ クロスZ(4WD/CVT)【試乗記】 2025.9.10 「トヨタ・カローラ クロス」のマイナーチェンジモデルが登場。一目で分かるのはデザイン変更だが、真に注目すべきはその乗り味の進化だ。特に初期型オーナーは「まさかここまで」と驚くに違いない。最上級グレード「Z」の4WDモデルを試す。
-
ホンダ・レブル250 SエディションE-Clutch(6MT)【レビュー】 2025.9.9 クラッチ操作はバイクにお任せ! ホンダ自慢の「E-Clutch」を搭載した「レブル250」に試乗。和製クルーザーの不動の人気モデルは、先進の自動クラッチシステムを得て、どんなマシンに進化したのか? まさに「鬼に金棒」な一台の走りを報告する。
-
MINIジョンクーパーワークス コンバーチブル(FF/7AT)【試乗記】 2025.9.8 「MINIコンバーチブル」に「ジョンクーパーワークス」が登場。4人が乗れる小さなボディーにハイパワーエンジンを搭載。おまけ(ではないが)に屋根まで開く、まさに全部入りの豪華モデルだ。頭上に夏の終わりの空気を感じつつ、その仕上がりを試した。
-
ロイヤルエンフィールド・クラシック650(6MT)【レビュー】 2025.9.6 空冷2気筒エンジンを搭載した、名門ロイヤルエンフィールドの古くて新しいモーターサイクル「クラシック650」。ブランドのDNAを最も純粋に表現したという一台は、ゆっくり、ゆったり走って楽しい、余裕を持った大人のバイクに仕上がっていた。
-
NEW
フォルクスワーゲン・ゴルフRアドバンス(後編)
2025.9.14ミスター・スバル 辰己英治の目利き万能ハッチバック「フォルクスワーゲン・ゴルフ」をベースに、4WDと高出力ターボエンジンで走りを徹底的に磨いた「ゴルフR」。そんな夢のようなクルマに欠けているものとは何か? ミスター・スバルこと辰己英治が感じた「期待とのズレ」とは? -
スズキ・アルト ハイブリッドX(FF/CVT)【試乗記】
2025.9.13試乗記「スズキ・アルト」のマイナーチェンジモデルが登場。前後のバンパーデザインなどの目に見える部分はもちろんのこと、見えないところも大きく変えてくるのが最新のスズキ流アップデートだ。最上級グレード「ハイブリッドX」の仕上がりをリポートする。 -
トヨタGRヤリスRZ“ハイパフォーマンス”【試乗記】
2025.9.12試乗記レースやラリーで鍛えられた4WDスポーツ「トヨタGRヤリス」が、2025年モデルに進化。強化されたシャシーや新しいパワートレイン制御、新設定のエアロパーツは、その走りにどのような変化をもたらしたのか? クローズドコースで遠慮なく確かめた。 -
新型スーパーカー「フェノメノ」に見る“ランボルギーニの今とこれから”
2025.9.12デイリーコラム新型スーパーカー「フェノメノ」の発表会で、旧知の仲でもあるランボルギーニのトップ4とモータージャーナリスト西川 淳が会談。特別な場だからこそ聞けた、“つくり手の思い”や同ブランドの今後の商品戦略を報告する。 -
思考するドライバー 山野哲也の“目”――BMW M5編
2025.9.11webCG Moviesシステム最高出力727PS、システム最大トルク1000N・mという新型「BMW M5」に試乗した、レーシングドライバー山野哲也。規格外のスペックを誇る、スーパーセダンの走りをどう評価する? -
日々の暮らしに寄り添う新型軽BEV 写真で見る「ホンダN-ONE e:」
2025.9.11画像・写真ホンダの軽電気自動車の第2弾「N-ONE e:(エヌワンイー)」の国内販売がいよいよスタート。シンプルさを極めた内外装に、普段使いには十分な航続可能距離、そして充実の安全装備と、ホンダらしい「ちょうどいい」が詰まったニューモデルだ。その姿を写真で紹介する。