日本メーカーが200PS級のマシンを続々と正規販売! 今日に至る“バイク規制”の歴史を振り返る
2020.06.08 デイリーコラム日本製なのに日本では買えなかった?
ヤマハのスーパースポーツ「YZF-R1/R1M」にビッグマイナーチェンジが施された。これを受けて、2020年8月20日から国内仕様の正規販売が復活するとのことで、そのパフォーマンスに注目が集まっている。
というのも、ここで“正規販売”が“復活”と書いたことからも分かる通り、YZF-R1の国内販売はしばらく途絶えていたのだ。そもそも2009~2014年の期間以外は、このバイクは逆輸入車として流通していたのである。
なぜそうなったのか? 国内仕様車と逆輸入車はなにか違うのか? このあたりの事情を軸に、規制の紆余(うよ)曲折を簡単にまとめておきたい。
四輪界と同様、二輪界にもさまざまな規制がある。規制は規制でも、メーカーや日本自動車工業会が主導する自主規制もあれば、国土交通省や環境省が定めた法規制もあり、その縛りが時にきつくなり、時に緩くなりながら推移してきた。四輪でひとつ分かりやすい例を挙げるなら、280馬力を上限とする自主規制の開始と撤廃がそれだ。こうした規制は、海外メーカーの思惑や環境問題の顕在化も絡みながら、日本で販売される製品に影響を及ぼし続けてきた。
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“国内仕様”が必要なくなった理由
先述のYZF-R1を例に出すと、かつて国内仕様と欧州向けのフルパワー仕様には、次のような違いがあった。
●2014年モデル
【国内仕様】
最高出力:145PS/1万1000rpm
車両重量:212kg
速度リミッター:180km/h
価格:141万7500円
【欧州フルパワー仕様】
最高出力:180PS/1万2500rpm
車両重量:206kg
速度リミッター:なし
価格:162万円
上記の通り、2014年当時は国内仕様と欧州向けフルパワー仕様ではスペックに明確な差があった。35PSのパワーロスと6kgのウェイトアップは、厳しい日本の騒音規制と排ガス規制をクリアするためのもの。その代わりに国内仕様の価格は抑えられ、パーツ供給やメンテナンス、販売網の充実といったサービス面でも優位性があった。ところが、2020年モデルになると事情が大きく変わる。
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●2020年モデル
【国内仕様】
最高出力:200PS/1万3500rpm
車両重量:201kg
速度リミッター:なし
価格:236万5000円
【欧州フルパワー仕様】
最高出力:200PS/1万3500rpm
車両重量:201kg
速度リミッター:なし
価格:――
そう、国内仕様もフルパワー仕様もまったく同じスペックが公称されているのだ。背景には、完全な共通化ではないが、国や地域によってまちまちだった規制の統一が進んだことがある。国内仕様がパワーアップしたというより、日本専用モデルがつくられなくなった/つくる必要性がなくなったというほうが正しい。そのため、逆輸入車の販売を手がけていたヤマハの関連会社プレストコーポレーションは役割を終えたと判断。2020年6月にすべてのサービスを停止すると発表した。
自主規制の契機となった“あの名車”
“フルパワー仕様”という言葉は、とりわけ80年代をよく知るライダーにとって魅惑の響きを持つ。なにせ、かつては国内向けモデルの排気量は750ccまでしか認められておらず、しかもパワーは77PS以下に制限されていたのだ。あくまでも自主規制だったが、だからといってそれを超えるモデルは認可されず、事実上の法規制も同然。なのに、一度日本から出て戻ってくるだけで、1200ccだろうが150PSだろうが大手を振って走れる。そんなイビツな時代が長く続いたのだ。
そのため、「逆輸入といっても実際は書類が日本と海外を行き来するだけ」「船積みされた後、形式的に港を離れてすぐに戻ってくる」という話がまことしやかにささやかれ、「○○仕様より×△仕様のほうが、パワーが3PS出ている」「国内仕様の吸気口を広げるだけでフルパワーになるらしい」といった出どころ不明のネタも尽きなかった。
そもそもメーカー間の自主規制がクローズアップされたのは、1969年に登場したホンダの「CB750 Four」がきっかけである。バイクの高速化・高出力化に歯止めをかけるため、“ナナハン”以上のモデルは海外向けに限定することを決定。80年代に入ると馬力規制も広がり、50cc:7.2PS以下、125cc:22PS以下、250cc:45PS以下、400cc:59PS以下といったように、排気量ごとに細分化されていった。0.1PSでも惜しい16歳の高校生にとって、「ヤマハYSR50」の7.0PSと「ホンダNSR50」の7.2PSは、天と地ほどの差に感じられたはずだ。
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あまたのモデルを絶版に追い込んだ2つの規制
そんな風にがんじがらめだった自主規制が、1990年に入ると少し緩み始めた。先陣を切ったのがヤマハで、この年に「Vmax1200」の国内販売を開始。とはいえ、最高出力は大幅にデチューンされ、本来145PSを発生するV型4気筒エンジンは97PSにとどめられていた。馬力規制は長く残り、1992年からは250cc:40PSまで、400cc:53PSまでと、むしろ強化されたほどだ。さらにはそこに排ガス規制が加わったため、2ストローク250ccや4ストローク400ccのレーサーレプリカは魅力を失い、一気に衰退。90年代後半に相次いで生産中止に追い込まれたのである。
結局、これらの規制の完全撤廃は2007年まで待たなければならなかったのだが、その後も高出力時代が一気に到来したかといえば、そうでもなかった。なぜなら、今度は日本独自の騒音規制と排ガス規制が厳しさを増し、足かせになったからだ。小排気量のモデルでそれを順守しようとすれば、かえって公道では危険なほどの鈍い加速しか得られず、そもそも空冷エンジンやキャブレターのモデルでは、とてもクリアできないほどのレベルだった。
長い歴史を持つ「ホンダ・モンキー」「ヤマハSR400」「ヤマハ・セロー」などのモデルも窮地に陥り、カタログ落ちが続出。小・中排気量のカテゴリーがグッと寂しくなったのが、この時期だった。なお、SR400とセローは後に復活したものの、セローは現行モデルがファイナルエディションとなる。
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逆輸入車を認めなかったホンダの矜持
高いハードルを前に小・中排気量モデルが苦しむ一方、大排気量モデルは躍進したかといえば、これまたそうでもない。その象徴が2015年にホンダが発売したリアルMotoGPマシンレプリカ「RC213V-S」だろう。2190万円(←誤植ではなく、本当にニセンヒャクキュウジュウマンエンである)もしたことからも想像される通り、正真正銘のロードゴーイングレーサーとして送り出されたわけだが、国内仕様は70PS/6000rpm(←こちらも誤植ではない)にすぎなかったのだ。ちなみに、キットパーツを組み込み、本気を出した時の最高出力は215PS/1万3000rpmである。なのに、ナンバーを取得しようとするとパワーは3分の1以下、使える回転は2分の1以下になるのである。
冗談のようだが、それでも発売に踏み切ったのはリーディングカンパニーとしてのホンダの意地にほかならない。国内仕様と逆輸入のフルパワー仕様が共存してきた日本の状況は、一種のダブルスタンダードであり、ホンダとしてはこれを認める立場になかった。そのため、手間もヒマもコストもかかり、それでいて本来のスペックからかけ離れてしまうことも承知の上で、かたくなに国内仕様をつくり続けてきたのだ。
もちろん、こうした例は限られているが、直近だと「CRF450L」もその一台に挙げられる。このモデルの“つくり込み不足”は看過できるものではなかったが、「日本のファンにはきちんと国内仕様を用意する」という姿勢にホンダの矜持(きょうじ)が見て取れる。
RC213V-SもCRF450Lも今からほんの数年前のバイクだが、いずれの時もホンダは仕様変更のために四苦八苦していた。また、ドゥカティをはじめとする欧州のスポーツバイクブランドも同様で、日本で音量検査・排ガス検査を受けるメーカーは、スタイルを著しく損なうことも覚悟で日本専用のマフラーを装着し、エンジン回転数を制限してそれをクリアしていたのだ。
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つかの間の“パワー祭り”と迫りくるユーロ6規制
ところが、冒頭で紹介した通り、2020年モデルのYZF-R1はフルパワーのまま、れっきとした国内仕様として発売されるのだ。一体、この数年でなにがあったのか?
カギになるのが、欧州における「ユーロ1」(1999年)、「ユーロ2」(2005年)、「ユーロ3」(2007年)という段階的な環境規制の強化だ。これらは当然、日本の規制とは別モノだったが、2016年の「ユーロ4」導入、そして2020年から実施が始まっている「ユーロ5」をきっかけに、国際基準の調和が図られることになった。要するに、欧州でOKな製品は日本でも原則問題なしとなる基準の統一化により、エミッション規制は厳しくなった一方、特に音量のハードルは低くなったのだ。
200PSを超える欧州スペックのモデルが、国内でもそのままラインナップされるようになったのはこのおかげである。とりわけ過激なのがカワサキで、スーパーチャージャーを搭載した「ニンジャH2カーボン」が誇る231PSの最高出力はそれだけでじゅうぶん規格外ながら、「ラムエア加圧時:242PS/1万1500rpm」という途方もない数値を堂々と表記。まったく時代の変化はすさまじい。
もっとも、こうした“パワー祭り”もそれほど長くは続かない。遠くない未来に「ユーロ6」の導入が控えているのがその理由で、適用以後は相当のスペックダウンを余儀なくされるはずだ。その意味で、この数年がある種の頂点といってもいい。15年先か20年先、私たちは“バイク黄金期”のひとつとして、2020年代を振り返ることになるのかもしれない。
(文=伊丹孝裕/写真=川崎重工業、本田技研工業、ヤマハ発動機、向後一宏、webCG/編集=堀田剛資)

伊丹 孝裕
モーターサイクルジャーナリスト。二輪専門誌の編集長を務めた後、フリーランスとして独立。マン島TTレースや鈴鹿8時間耐久レース、パイクスピークヒルクライムなど、世界各地の名だたるレースやモータスポーツに参戦。その経験を生かしたバイクの批評を得意とする。