第36回:全固体電池が成否を分ける!? ルノー・日産・三菱の新電動化戦略にみる特色と課題
2022.03.08 カーテク未来招来![]() |
前回に引き続き、ルノー・日産・三菱アライアンスの電動化戦略「Alliance 2030」について取り上げる。商品展開に続き今回解説するのは、電池戦略についてだ。他社との厳しい競争を勝ち抜けるかどうかは、業界でいち早く商品化を表明した全固体電池「ASSB(アドバンスト・ソリッド・ステート・バッテリー)」の成否にかかっている。
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電池の供給能力を220GWhに拡大
Alliance 2030では、EVに搭載する電池の供給能力拡大についても言及があった。2030年までに電池の生産能力を年間220GWhに増強するとしたのだ。EVの世界販売について、2030年までに350万台という目標を掲げたトヨタ自動車は、同時期における電池の供給能力を280GWh程度に拡大するとしている。それを思うと、220GWhという目標はやや低いように見える。
しかし年間で220GWhという規模は、EV 1台あたりの電池搭載量を70kWhとすると、約300万台分にあたる。3社アライアンスの世界販売台数がコロナ前には1000万台規模だったことを考えると、2030年までに販売台数のほぼ3割をEV化できる計算だ。台数の面で見れば、トヨタの計画にそれほど見劣りはしないというべきだろう。
同時に、EVの販売を加速するには電池の供給能力を拡大するだけでは足りない。製品そのものの価格競争力を向上させなければ、販売拡大は望めないからだ。今回の発表では、パートナー企業との協力によってスケールメリットによるコスト低減を追求し、電池コストを2026年には50%、2028年には65%削減すると明らかにした。さらに重要なのは、「ルノーと日産のコアマーケットでは共通のバッテリーサプライヤーを選択する」と表明したことだ。
これまで3社アライアンスでは、日産が中国エンビジョンAESC、ルノーが韓国LG化学から主に電池を調達しており、アライアンス内で足並みがそろっていなかった。今後、「CMF-EV」や「CMF-BEV」といったEV戦略の中心的な位置づけのプラットフォームには、AESCの電池が使われる予定で、アライアンス内でAESCの存在感が高まってくるものと思われる。また日産がすでに発表しているように(参照)、同社が2028年の商業化を目指して開発中のASSBをアライアンス3社で活用することも明らかになった。このASSBの重要性については後で触れる。
E/Eアーキテクチャーはルノー主導で開発
電動化の中心的な役割を占めるCMF-EVは日産主導で開発されるものだし、AESCも日産の電池事業を母体にしていることを考えれば、今回の発表で、アライアンス内での電動化は日産が主導で進める姿勢がほぼ明確になったといえるだろう。一方でルノーは、電気・電子アーキテクチャー(E/Eアーキテクチャー)の開発を主導する。これは過去に発表済みの内容で、目新しさはないが、今回あらためて確認されたかたちだ。
今後のクルマは、現在のようにエンジンや変速機、ブレーキシステムなどをそれぞれ独立したECU(電子制御ユニット)でコントロールする構造から、少ない数の高性能なECUに機能を集中させる「統合ECU」の方向へ変わっていくとみられている。E/Eアーキテクチャーの開発とは、こうした統合ECUと、統合ECUと車両各部を結ぶネットワークを開発することを意味する。
3社アライアンスは、ルノーが開発する新しいE/Eアーキテクチャーをベースとして、2025年までに完全にSDV(ソフトウエア・ディファインド・カー)化された車両を商業化する計画だ。スマートフォンの機能が搭載するソフトウエアによって決まるように、SDVではソフトウエアがクルマの機能の中核となる。さらにOTA(Over The Air:無線)で継続的にアップデートすることにより、ハードウエアはそのままでも常に最新の機能を利用できるようになるという。
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ライバルはすでに“次の次”をにらんでいる
このように今回の発表は盛りだくさんな内容だったのだが、そこにはいくつかの不安要素もみられた。ひとつはEVプラットフォームの問題だ。3社アライアンスは2030年までにCMF-EVプラットフォームをベースとした車種を、2030年時点で15車種以上、最大150万台販売する計画だ。しかし競合他社は、2020年代半ばに、早くも第2世代のEVプラットフォームを用いた車種を発売する計画を明らかにしている。
たとえば独フォルクスワーゲン(VW)グループは、現在「MEB」と呼ぶEV専用プラットフォームを活用してEVのバリエーションを拡大しているが、2022年にはプレミアムカー向けのEV専用プラットフォーム「PPE」も量産車に導入される。さらにその4年後の2026年には、次の世代のEV専用プラットフォーム「SSP」の導入が計画されているのだ。
将来的には、このSSPがVWの中核を担うようになる。現在のエンジン搭載車用プラットフォーム「MQB」「MSB」「MLB」と、EV用プラットフォーム「MEB」「PPE」の、合計5種類のプラットフォームが存在する状態から(なぜか発表会では「J1」など一部のプラットフォームはカウントされていなかった)、すべての製品のプラットフォームをSSPに統合するというのだ。
スウェーデンのボルボも同様だ。同社は2022年に、現在の「XC90」の後継車種として、新世代のEV専用プラットフォームを用いたEVを発売する予定である。しかし驚いたことに、2020年代半ばには、その次の世代のEVプラットフォームを採用した新型EVを導入することを表明している。
次世代ならぬ次々世代EVでは、航続距離をさらに伸ばすとともに、バッテリーパックをクルマのフロアに統合。セルを構造材として利用することで、車両全体の剛性を高めるという。さらに、「メガキャスト」と呼ばれる大型のアルミダイカスト部品を一体成形する手法により、これまで100程度のプレス成形部品を溶接して製造していたリアフロアを、ひとつの大型部品に統合するとしている。バッテリーセルを構造材として活用したり、ダイカストの大型部品をフロアに用いたりするのは、米テスラにみられる手法であり、またVWも次世代EVではメガキャストを採用するといわれている。
このように、EVの世界では多くの企業が製品を速いスピードで世代交代させ、競争力を高めようとしている。その流れをみるに、CMF-EVは2030年の時点ですでに古いEVプラットフォームになってしまわないか? というのが第1の懸念点である。
もしASSBが失敗したら……
第2の懸念は、ASSBがもくろみどおり2028年に立ち上がるのか? という問題だ。同年のASSB実用化は、2021年11月に開催された日産の中期経営ビジョン「Nissan Ambition 2030」において示された目標だ。日産が開発を進めるASSBは、現行のリチウムイオン電池に比べてエネルギー密度が2倍となり、かつ充電時間を3分の1に短縮できるという。コストも2028年度に1kWhあたり75ドルを実現し、その後さらに65ドルまで抑えることを目指すとしている。
実際、Ambition 2030の発表では、ASSBの採用を前提にしたとみられるEVプラットフォームのイメージイラストが披露された。高いエネルギー密度を生かし、低いフロアを実現できるようバッテリーモジュールを薄型化しているのが特徴だ。つまり日産は、ASSBの実現を前提に次世代のEVを構想しているようにみえる。逆に言えば、ASSBの開発が遅れれば、そのぶん3社アライアンスのEVプラットフォームの世代交代も先に伸びるというわけだ。
こうしてみると、3社アライアンスの未来のEVの競争力は、ひとえにASSBの実現にかかっている。しかし全固体電池のかいわいをみると、トヨタはまだその実用化時期を明らかにしておらず、しかも当初はHEV(ハイブリッド車)から導入する方針を打ち出している。ホンダも2030年以降の実用化を念頭に置いているようだ。こうした他社の動向をみるに、全固体電池の実用化はそれほど簡単ではなさそうだ。日産の“賭け”が吉と出るか凶と出るか、興味深く見守りたい。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=日産自動車、ルノー/編集=堀田剛資)

鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。