FCVは未来の主役にはなり得ない? 夢の水素カーが抱える課題とまっとうな普及の在り方
2024.10.04 デイリーコラム社会浸透を阻む価格とサイズの障壁
2024年9月5日、トヨタとBMWが水素社会の実現に向けた協力関係を強化すると発表した。詳細は別の記事(参照)を参考にしていただきたいが、乗用車での燃料電池自動車(FCV)のラインナップ拡大を見据え、第3世代の燃料電池システムを共同開発するとともに、インフラ整備も推進していくという。
両社の協力というと、スポーツカーの共同開発生産をまず思い浮かべる人も多いだろうが、環境技術についても進めていたことは、2023年に実証実験していた「BMW iX5ハイドロジェン」がトヨタの燃料電池システムを搭載していたことでも明らかだ。それが次のステップに進むということになる。
このニュースを見て、伸び悩んでいる電気自動車(EV)に代わって、FCVが次世代エネルギー自動車の主役に躍り出ると思った人がいるかもしれない。でも僕はそう簡単には状況は変わらないと思っている。
まずFCVは小さく、安くできない。現在市販中の乗用車で最も小柄なのは日本車ではなく韓国車の「ヒョンデ・ネッソ」で、それでも全長は4670mm、全幅は1860mmある。価格が最も安い「トヨタ・ミライ」も、その値段は726万1000円から。FCVは、まだ多くの人が苦労なく買って乗り回せるクルマとはいえない。そもそも燃料電池スタック、水素タンク、バッテリー、モーターなど、多くの機器を搭載する必要があるし、水素タンクは現状では円筒形にしなければならないことを考えれば、これ以上の小型化や低価格化は大変かもしれない。
BMWがFCVに積極的なのは、大型・高価格のセダンやSUVを多くそろえているうえに、長距離走行のシーンが多い欧州のブランドということが関係しているはずだ。逆に小型大衆車までFCVにするのは、やはり難しいことなのではないかと思う。
こうした製品そのものの特徴に加え、以前から気になっていたのが、水素エネルギーを語るときに使われる「つくる/はこぶ/ためる/つかう」というフレーズ。そのなかに、「くばる」がないことだ。漢字で表すと、「製造/運搬/貯蔵/使用」で、「供給」が抜けているのである。
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まずは商用車から始めるべき理由
ガソリンでは製造から供給まで石油会社がやってくれる。だからこそ他のエネルギーを使う場合は、これに近づける必要がある。水素同様、供給というモードがなかったEVは、日産やテスラなどが独自にネットワークを構築してきた。今回のトヨタとBMWの発表でインフラ整備にも触れているのは、そのあたりを考えてのことかもしれない。
とはいえ水素ステーションをつくるには数億円かかるといわれており、現在160ぐらいしかない国内の拠点数が、ガソリンスタンドはもちろん、すでに2万カ所を超えたとされるEV充電スタンドの数にも近づくとは考えにくい。
では海外ではどうかというと、確かに水素社会の推進は、日本だけではなく欧米や中国でも進めている。ただし、メインはあくまで中大型トラックと考えられている。乗用車からFCVの展開をスタートしたトヨタも、2023年6月の技術説明会(参照)では、グローバルの状況を考えて、今後は商用車を主力に位置づけるとアナウンスしていた。
中大型トラックは大量長距離輸送を担うので、EVは向かない。いっぽうで、おおむねの走行経路や時間は決まっているから、インフラ整備は限られた場所だけで済む。例えば欧州では、2030年以降、主要ネットワークに200kmごとに水素ステーションを設置することを義務づけた。これを日本に当てはめると、高速自動車国道と自動車専用道路の合計が約1.4万kmなので、全線に配備しても70カ所にすぎない。でもトラック視点ならこれで十分なのだろう。軽商用EVについて書いたコラム(参照)でも記したが、日本では乗用車の視点で商用車を見る人が、業界内を含めても多すぎる。物流はネットワークであり、好きなときに好きな場所へ行ける乗用車とは違うのだ。
とはいえ、例えば乗用車でも「トヨタ・クラウン(セダン)」や「BMW 7シリーズ」のような大型セダンはフォーマルユースがメインで、そうした用途では走行経路がある程度決まっている。商用車のインフラを使いつつ、必要に応じて大型高級乗用車向けのインフラを整備していくというのが、今後の展開ではないか。
(文=森口将之/写真=トヨタ自動車、ダイムラー・トラック、webCG/編集=堀田剛資)
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森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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