第61回:いい加減、ワタシたちはBYDやヒョンデと向き合うべきじゃないのか!?(前編)
2025.03.19 カーデザイン曼荼羅飛ぶ鳥を落とす勢いで成長を続ける中国車に、すでに世界市場で確固とした地位を築いている韓国車。彼らのカーデザインは欧米や日本を超えたのか? 日本のカーマニアの間ではなぜかイマイチ受けが悪い、BYDやヒョンデのデザインを識者とともに考えた。
カーマニアは中・韓のクルマに興味がない?
ほった:今回は、日本のカーマニアの関心度は低いと思われる、中国車と韓国車のデザインについて語りたいと思います。
清水:いかにも人気なさそうなテーマだね。
ほった:アクセス件数はたぶんメタメタでしょう。そのわりにSNSではよう燃えるんで、やりづらいネタではあるんですが。とはいえ、まっとうな自動車メディアとして、いつまでも避けているわけにはいかんでしょうから。
渕野:カーマニア的には関心がない話なんですね。僕が現役デザイナーだったころは、中国車はともかく、韓国車のデザインはすごく意識してましたけど。北米市場では直接のライバルでしたからね。
清水:日本人だけがヒョンデを知らないってヤツですね。そして次なる脅威がBYDなどの中国車。
ほった:ちなみに日本での売れ行きは、ヒョンデよりBYDのほうが3倍くらい上です。
渕野:じゃ、まずはBYDからいきましょうか。BYDのデザイン、特にエクステリアのプロポーションは、欧州車と同じようなものになってますね。デザイナーがそっちから来ている人なんで、当然かなとは思いますけど。
ほった:そうですね。前もそんな話しましたね(その1、その2)。
渕野:BYDは、いま3つのモデルが日本に来てますよね。
ほった:「ATTO 3」と「ドルフィン」と「シール」ですね。もうすぐ「シーライオン7」も来ますけど。
渕野:ドルフィンが2021年に発表されていて、このなかでは一番古いんですよ。
ほった:あれ、そうでしたっけ?
清水:それは、「BYDが本国で出したのが先」ってことですよね? 日本に来た順番じゃなく。
渕野:そうです。本国での発表はドルフィン、ATTO 3、シールの順です。
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わずか1年でここまで変わるか
渕野:で、そのデビューの順番を踏まえて各車を見てほしいんですけど、まずは最初に出たドルフィンですが、エクステリアデザインでやりたいことと、クルマのパッケージが、やや合ってないように感じるんですよ。本来はもっとコンパクトなクルマ向けのデザインなんだけど、実車のパッケージングは、それよりちょっとデカい。だから、フォルムに対して顔まわりがこぢんまりして見えるでしょ。横から見ても、前輪からかなり離れたところにヘッドランプなどがきてる。サイドのキャラクターラインなんかも、なんか唐突な感じがありませんか?
清水:言われてみれば。
渕野:ただ、次のATTO 3では、もうこれがすっかりこなれた感じになっている。この進化の度合いが、まずスゴいよなって思うんですよ。
清水:そんなに進化してるかな(笑)。
渕野:してますよ。ATTO 3は普通にバランスのいいデザインになってます。都内でもたまに見かけますけど、リアのほうから見たら、一瞬アウディとかフォルクスワーゲンかな? って思わせるプロポーションです。
清水:僕は街なかで真後ろから見た時、一瞬メルセデスかな? って思いました。
渕野:ああ、確かにテールランプがそういう感じなんで。
清水:そうか。やっぱり俺は細部ばっかり見てるのか。(全員笑)
渕野:まぁとにかく、ATTO 3はドイツ車のようなプロポーションで、非常によくできてるなと感じたんです。ただ反面、オリジナリティーが少ないかなとも思ったんですよ。でもそれがシールになると、プロポーションは欧州的でありつつ、顔まわりを先進的にして、個性を出し始めている。これが確か、2022年8月の本国発売だったんですよね。ドルフィンの本国発売が2021年8月で、ATTO 3は2022年2月なんで、わずか1年でこう変わったわけです。
ほった:なるほどですねぇ。
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全体が整っているからこそ細部に目がいく
渕野:そんなわけで、とにかくBYDは進化の度合いがものすごく速いんです。
ほった:技術だけじゃなくデザインの分野でもですね。
清水:うーん。そうかなぁ……。確かにATTO 3も悪くはないけどさ。
ほった:進化が超特急ってほどでもないと?
清水:だって、ATTO 3ってかなりSUVとして平凡なフォルムじゃない。それに、後ろから見るとドイツ車にも見えるけど、前に回り込むと、顔つきがどうにも安っぽい。特にこのメッキ加飾の部分、グリルのところがいただけない。ぐわーっていう形のロワグリルもド定番で、個性がないですよ。
ほった:ボッコボコですね。
渕野:ただ、こういう平凡なものをつくれるっていうのが、まずスゴいことだと思いますよ。
清水:そうですか?
渕野:平凡に見えるのは、プロポーションがしっかり見えてるからです。だからグリルとかに目がいく。つまりBYDは、「プロポーションはすでに整理されてて、あとは細かいところだけ」というステージにあるのだと思うんです。個人的には、これはやっぱスゴいことだと思ってるんですよ。ぶっちゃけ、グリルとかヘッドランプっていかようにでもなりますから。実際、マイナーチェンジでちょっと先進感とか最近のトレンドが入ったら、すぐに表情が変わって見えるでしょう?
なんにせよBYDは、まずは全体的なたたずまいがちゃんとしてるっていうところが一般ユーザー……日本だとまだ“一般”まではいかないかもしれませんが、中国以外のユーザーにも評価されつつあるのかなと思います。
次なる課題は「細部へのこだわり」か
ほった:ワタシもBYDのデザインは、少なくとも日本で販売されている車種については結構ちゃんとしてると思いますよ。一部の欧州デコトラ高級車より、はるかにマトモ。
渕野:清水さんはいかがです? 確かにドルフィンはプロポーションがちょっとちぐはぐですけど、その後のクルマでは、あんまりそれは感じられない。そう思いませんか?
清水:カッコよくはないけど、悪くもないってレベルだと思います。それにそもそも、今って「プロポーションからして全然ダメ!」っていうクルマ自体、地球上からほとんど消えてるんじゃないですか?
ほった:んなことないでしょ。
清水:そう?
ほった:新しい「BMW 5シリーズ」とか、プロポーションがおかしくないですか? アタマが妙に重ったるくて、「FFなのかFRなのかはっきりしろよ」みたいな。
清水:フロントオーバーハングが長すぎると。
渕野:そういうのもあるにはありますね。
ほった:むしろ全体を俯瞰(ふかん)して見ると、今のクルマこそプロポーションがメタメタだとワタシは思うんですけど。日本のコンパクトSUVも、おしなべて顔がデカすぎですよ。偉そうに見せようってスケベ心が、街じゅうにあふれてる。
清水:俺はそれ、感じないなぁ。あんま変なのって、なくなったじゃない?
渕野:確かに、自分も昔に比べれば、変なデザインのクルマは減ったと思いますよ。どのメーカーも「売りたい」って思ってつくってるので、割とコンサバなものに仕上がりますから。みんな同じような、しっかりしたプロポーションになる。その辺については、BYDも他メーカーとそんなに変わんないと思います。
BYDのデザインについて、これからの課題を挙げるとすれば、やっぱりディテールですかね。今、清水さんがおっしゃったような細かいところって、結構重要なので。そこを洗練させていければ、さらに全然違うものになるかなとは思います。
清水:確かにね、細かいことをもうちょっと詰めれば、例えばATTO 3のグリルの装飾をなくしてツルンとさせるだけで、全然よくなるでしょう。ただ、これがなくなったら、ほとんど特徴なくなっちゃいますけど。
ほった:グリルレスはテスラがすでにやってるし、結局みんな、足並みそろえてそっちに向かう気がしますけど。
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進化の速度が速すぎる
清水:とにかく、ATTO 3のグリルの加飾だけはどうにもイヤ!
ほった:より新しいシールには、こんなの付いてないですもんね。
渕野:BYDも、シールやシーライオン7では、もうこういうことはしてないですね。ここで世代が変わった印象があります。
ほった:俺もシールはいいデザインだと思うんですけど。
清水:でもさ、シールってほぼ「テスラ・モデル3」じゃない? ヘッドライトは「プリウス」みたいなコの字型だけど。
渕野:よくあるパターンですよね。本当によくある。
清水:決して悪くはないけど、よくあるデザインの寄せ集めに見えますよ。
ほった:いいんじゃないですか? それで。
渕野:BYDについては、それを狙ってやってる感じもしますしね。
清水:でもそれじゃ、初代「三菱ディアマンテ」が「BMWみたいでカッコいい」って言われてヒットしたのと同じじゃないですか。
渕野:いや、そうなんですけどね(笑)。でも、三菱がクルマをつくり始めてからディアマンテを出すまでにしたって、相当な時間がかかっているわけです。自動車のデザインって、普通はそれぐらいのスパンで徐々によくなっていくもんなんですよ。でもBYDは、そもそも自動車事業に進出してからまだ20年ちょっとしかたってない。当時つくってたクルマと今つくっているクルマが違うのは当然ですけど、2021年あたりのモデルと比べても、最新のは明らかに進歩してる。すごいなって思うんですよ。
清水:うーん、それがカーデザイナーとしての実感なんですね。
渕野:既存のメーカーが長年コツコツ培ってきたものを、すぐにぱっとモノにするっていうのは、いくらデザイナーを海外から招いたからって、やすやすとできることじゃないです。
ほった:デザイナーのイメージを量産車に落とし込む作業だけでも、周囲のスタッフにはすごい経験値が必要だって聞きますしね。
渕野:それにクルマの形って、例えば会社のトップのほうの人がわーわー言うと、すぐ変わっちゃうんです。でも中国系の自動車メーカーは、BYDにしろ、ボルボを抱えてるジーリーにしろ、デザイナーにすごく自由にやらせてる感じがする。そういうところも素晴らしいかと。
清水:そういう環境も、中国車のデザインの進歩を後押ししてるんじゃないかと。
渕野:そう思います。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=BYD、フォルクスワーゲン、テスラ、三菱自動車、newspress、向後一宏、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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