第53回:ヨーロッパのカーデザインをブッタ切る(前編) ―安直なドイツ・イタリア万歳主義に物申す―
2025.01.15 カーデザイン曼荼羅![]() |
クルマ好きが憧れ、カーデザイン界でも模範とされてきたヨーロッパ車の造形美。しかし最近は、ちょっと様子がヘンじゃない? ドイツ車やイタリア車は、今でも日米韓中のクルマより美しいといえるのか? 世にはびこる、安易な欧州信奉をブッタ切る!
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みんな盲信してない?
webCGほった(以下、ほった):今回もまた、多方面に火の粉が降りかかる物騒なお題にお付き合いいただこうと思います。このテーマについては、個人的に思うところがありましてね……。
清水草一(以下、清水):思うところあって、ブッタ切るんだね!(笑)
ほった:左様です(笑)。周囲はみんな敵で、理解者ゼロなんですけど。
あらためまして、インポーターのなかにも知り合いが多いので言いづらいんですが、実はワタシ、『webCG』の読者さんや執筆陣の皆さんほど、今のヨーロッパ車のデザインがいいと思ってないんですよ。webCGっていうメディアの特性もあると思うんですが、ライターさんからいただく原稿や読者さんの感想に対して、違和感があるんですよね。読者の方は中国・韓国のデザインをこき下ろすし、ジャーナリストは日本車のデザインを下に見てる。
清水:クルマ好きが基準とするヨーロッパ車に対してね。
ほった:でも、たとえば諸先生方が絶賛しているフィアットの「グランデパンダ」なんかを見ても、ワタシなんかは「『ヒョンデ・インスター』とそんなに違う?」って思っちゃうわけですよ。昔はね、ヨーロッパ車のほうが断然上ってこともあったかもしれないけど、今は決してそんなことはないんじゃないかと。
清水:俺もそう思うよ。
ほった:でしょ! それを決定的に感じたのが2017年のロサンゼルスショーで、会場で見た「キア・スティンガー」の衝撃が、個人的にすごかったんです。
清水:えーと、スティンガー、スティンガー……。
ほった:「『トヨタ・アリスト』があのまま進化してったら、こうなったんじゃない?」みたいなクルマがあったじゃないですか。
渕野健太郎(以下、渕野):あー、はいはい!
このご時世に“国籍”でデザインを語る無意味
ほった:これがキア・スティンガーです(PCで写真を見せる)。個人的に、先代後期型の「ダッジ・チャージャー」と並ぶワイルド系のイケメンで、「なんで日本で、これができねえかなぁ」って悔しい思いもしたんですよ。
清水:思い出した! ちょっと前の5ドアクーペだね。あれはめっちゃカッコよかった。 当時、中村史郎さんも「衝撃を受けた」とおっしゃってた。
ほった:そうなんですよ。韓国車が、ヨーロッパ車と同じベクトルのカーデザインで、完全にヨーロッパ車をブチ負かした気がしたんです。
清水:それはまぁ、ドイツ人を雇って描かせたデザインだから……。
ほった:実はそれも、今回のテーマ的における“気になるポイント”なんです。たとえばスティンガーの場合、確かコンセプトモデルはペーター・シュライヤーさんとグレゴリー・ギョームさんが、キアのフランクフルトのデザインスタジオでつくったんですよね? 市販車に落とし込んだのは韓国のデザイナーさんみたいだけど。
清水:シュライヤーさんは元アウディのデザイナーで、引き抜かれてキアの社長にまでなったもんね。まさに三顧の礼。
ほった:とにかく、そんな感じで韓国だけじゃなく中国のメーカーにも、ヨーロッパのデザイナーさんがたくさん行ってるわけです。そんなご時世に、メーカーの国籍でデザインをあーだこーだ言うのって、意味なくないですか? 相変わらず「イタリア万歳」「ドイツ万歳」って言ってるの、ちゃんちゃらおかしいと思うんですけど。
清水:そうだねえ。俺の意見としては、20年ぐらい前までは、まだヨーロッパ車と日本車のデザインの平均点には、すごく大きな差があったと思うのね。でも今はもう全然ない。逆に、ちょっと日本車のほうが上かもしれない。それは韓国車も中国車も同じ。みんな同じレベルにきてる。それはいいことでもあるけれど、全世界の自動車デザインが均一化しつつあるのも確かだよね。
ほった:もうカーデザインのうえでは、国境はないに等しいですよ。
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世界は平準化されている
清水:日本人としては、国産車のデザインレベルが上がったのはすごくうれしいし、いいことだったと思うんだ。日本って、本当に長らく「トヨタ・カローラ」が販売台数1位だったでしょ? 死にたくなるくらい退屈なあのデザインが、一番たくさん街を走ってたわけだ。それが日本の景観を悪くしてた(笑)。
ほった:景観問題ですね。
清水:ところが15年前に、ベストセラーが「プリウス」になった。3代目が出たら日本中プリウスだらけになって、それはものすごい進歩だったと思うんだ。あのプリウスのデザインが抜群だったとは思わないけど、同時期のカローラに比べたら、月とスッポンでしょ。あれで日本の景観は変わったよ。あのあたりからヨーロッパ車と日本車のデザインの差が縮まってきて、今じゃ韓国車も中国車も、ついでにアメリカ車もすっごくオシャレになったよね。アメリカのブタさんたちも美人になった(笑)。
ほった:ダッジのクルマとかですね(笑)。昔はクセの強さが魅力って感じでしたけど、今じゃ「ラム」も「デュランゴ」も、“普通に”カッコいいですから。
清水:そう。みんな個性派美人になった。この流れ、本職のカーデザイナーはどう見てますか?
渕野:いや、同じような感じですよ。自分が会社に入った20年ちょっと前は、やっぱりヨーロッパ車、特にアウディやBMWを一番参考にしていて、それを目指してたってわけじゃないですけど、あれに追いつけ! みたいな感覚ではありましたね。でも、今となってはもう……。清水さんがおっしゃったように平均化されてるので、どこのなにがいいとか悪いとかっていうのは、ほとんどないですね。
清水:やっぱりですか。
渕野:ただ、そんななかでヨーロッパ車……特にドイツ車のデザインの魅力が落ち気味なのは、気になります。
ほった:やっぱりですね。
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ドイツ勢が陥ったヘン顔勝負
渕野:今のドイツ車って、昔と比べると装飾華美じゃないですか。昔は、特にアウディがそうでしたけど、本質的な造形を追求していたんですよ。でも最近は、「あれ、お手本がこんなんなっちゃったぞ」と思うところはあります(笑)。
ほった:妙にコテコテし始めましたよね。
渕野:ちょっとこれ見てもらうと……(タブレットの写真を見せる)。これは、僕らがお手本だと思っていたころのドイツ車なんですがね。20年ちょっと前までは、アウディだと初代「TT」を発端としたバウハウス的なデザインが、デザイナーの間ですごく響いてたわけです。
清水:初代TTのデザインには、さっき出てきたシュライアーさんが携わってますよね。
渕野:自分だけじゃなく周囲のデザイナーたちも、TTや「A6」のミニマルなデザインに触れて、「こういうことができるんだな」ってすごく魅力を感じてました。BMWはBMWで、コンサバだけどFRセダンの本質をすごく追求してた。「3シリーズ」をはじめ、全部がそうでした。メルセデスは……この時期は模索の期間で(笑)、丸目の「Eクラス」あたりはあんまりメリハリがなくて凡庸な印象でしたけどね。
ほかのドイツ車だと、やっぱり「フォルクスワーゲン・ゴルフ」ですね。コンパクトカーのベンチマーク的な存在でした。これが4代目と5代目のゴルフで、この頃までは実用車のお手本でしたよね。それに対して現代はどうかというと、たとえばアウディは……。
ほった:おっ、よくないパターン登場ですか(笑)。
渕野:これはアウディの「Q6 e-tron」と「Q5」です。
清水:特にQ6は、ヤケクソな感じですね。
渕野:プロポーションは相変わらずいいのですが、フロントまわりやリアまわりの細かいところで、すごく凝ったグラフィックを多用してますよね。
清水:これはもう“ヘン顔勝負”ですね。
ほった:清水さんはヘン顔のBMWが大好きじゃないですか。
清水:BMWはいいけど、アウディのこれはダメだな。板についてないよ。
渕野:BMWだと……これは「iX」でこっちが「7シリーズ」なんですけど、ここら辺も、これまでのスマートなBMWとは全然違うデザインで……。
ほった:ですよね。
清水:こっちはクセになる(笑)。
ほった:なんでやねん。
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市場が変わればデザインが変わる
渕野:ほかだと……。メルセデスに関しては、逆に20年前からずっと進化しているように自分には見えますね。他のドイツブランドと比べて、デザインフィロソフィーの「芯」が感じられるんですよ。
清水:特にクーペの「CLE」は美しいよ。
渕野:フォルクスワーゲンはというと……ゴルフを見ると、基本的にはシンプルなデザインなんですが、やっぱり顔まわりの装飾が目につく。
清水:昔に比べたら堕落してますね。
ほった:しかし、なんでこんな、ドイツ勢は皆そろって宗旨替えしちゃったんですかね? メルセデスはまぁ別にして。
渕野:理由はよくわかりませんが、ひとつはおそらく、重視する市場が変わったっていうのが大きいのかなと思います。中東市場や中国市場をメインに考えると、より“強さ”が大事になってくるのかなと。
ほった:うーん……。
清水:確かに、今のドイツ車って15年ぐらい前の中国車って感じがあるなぁ。
ほった:強さが欲しいから、コワモテ化、コテコテ化しているわけですね。(新型Q6 e-tronのフロントマスクを指して)アウディに関しても、エレキの「e-tron」系から順次この顔をとり入れてるんですよ。だから「e-tron GT」なんかも、この顔になっちゃってるんです、今。
清水:正直、あんまり注目しなくなっちゃってるんだよ、アウディのデザイン自体……。いつの間にか、だいぶ変わっちゃったんだね。
ほった:ちょっと寂しいですね。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=BMW、BYD、JLR、アウディ、ステランティス、トヨタ自動車、フォルクスワーゲン、メルセデス・ベンツ、newspress、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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