第966回:フェラーリ・ルーチェ 地元イタリアで一般人はこう見た&大矢的こころ
2026.06.18 マッキナ あらモーダ!本国でも大荒れ
2026年5月25日に発表されたフェラーリ史上初のバッテリー式電気自動車(BEV)「ルーチェ」について、議論が巻き起こっている。
過去に日本で「ルーチェ」の商標を使用していたマツダとの商標権の問題も含め、話題には事欠かない。ちなみにLuceはイタリアで、ファシスト政権時代に整備された映画協会の名前としても知られるが、それに関する指摘は筆者が知る限り聞かない。
いっぽう、今最も語られているのはフェラーリ・ルーチェのデザインと商品性だ。そこで今回は筆者がイタリアで聞いた人々の声とともに筆者の思いを記したい。
おさらいしておくと、同車の内外装デザインを手がけたのはデザインスタジオ、ラブフロムである。主宰しているのは英国出身のプロダクトデザイナーで、アップルのチーフデザインオフィサーとして数々の同社製品を手がけたジョナサン・アイブと、オーストラリア出身でアイブと長年働いてきたマーク・ニューソンである。
イタリアの自動車メディアの書き込み欄や一般のSNSには、否定的な意見が目立つ。大荒れといってよいページも見られる。
筆者はより生の声を聞くべく、ヒストリックカーラリーのミッレミリアがシエナを通る2026年6月11日、街に立った。
冷静な提案も
最初に記しておくと、答えてくれたほぼ全員が「ルーチェ」という名前を記憶していなかった。ただし全員が「フェラーリがBEVを発売した」という事実は知っていた。加えて、発表翌日の2026年5月26日にフェラーリの株価が急落したことを挙げた人も複数いた。これらは経済紙も含め、イタリア国内メディアが盛んに取り上げたことの結果といえよう。
否定的な意見から紹介しよう。「なかなか個性的ですね」(自動車販売店オーナー、50代)という遠回しなコメントはまだしも、「目も当てられない」(自動車販売、50代)、「最悪だ」(学生、10代)、「『アルファ・ロメオ・アルナ(筆者注:1983年に発表されたアルファ・ロメオと日産の合弁生産車)』に匹敵する史上最悪のイタリア車」(商店主、40代) と、かなり辛辣(しんらつ)な意見が飛び出した。「1990年代のA80型『トヨタ・スープラ』をはじめ、日本のJDM(ジャパン・ドメスティック・モデル)のほうが、よほど興味がある」(旅行者、30代)といった比較もあった。
ミッレミリアを食堂の外で観戦していたウエイターに至っては、「もし今、目の前を通ったら、仕事に戻るぜ」と真顔で言い放った。爆発的な否定とブラックユーモアが混在するさまは、このクルマが単なる無関心では済まされないなにかを持っている証左でもある。
いっぽうで、「デザインはさほど問題ではない」(商店主、50代)という意見もあった。ただしそう答えた彼は「フェラーリは美しいエンジン音があってこそ」とBEVであることを残念がった。その意見に同調するかのように、「エキゾーストノートが伴わないフェラーリなんて」(年金生活者、70代) という声も聞かれた。
さらに「デザインは好きではないが、世界で常に存在するニッチな高級市場を狙うという戦略は、けっして間違っていない」(商店主、80代) という声も。「フェラーリではなく、サブブランドを創設して売るべきだった」(自動車販売、50代)といった意見も聞かれた。ちょうど、往年の「ディーノ」のような位置づけを考えているのだろう。
荒れるだけのルーチェ感かと思ったが、冷静に観察していた人もいたのだ。
実は文脈から外れていない
最初にことわっておくが、本稿ではルーチェのデザインを擁護も批判もしない。いや、不可能である。なぜなら筆者は、本稿執筆時点までに実車をこの目で観察していないからだ。
そう記すのは2022年「プロサングエ」の記憶があるからだ。同車のエクステリアデザインは2019年「マツダCX-30」との近似性が、ある種の嘲笑も伴って指摘された。筆者も当初はそうした記事を読み、漠然とそのように思っていた。
しかし、マラネロの「エンツォ・フェラーリ博物館」で対面したプロサングエの実車は、側面のサーフェスの解釈が明らかに違っていた。マツダが揺らぐ流体を思わせるのに対し、プロサングエの面構成はダイレクトな力感にあふれていた。とくに後部に向けての力強いショルダーラインの効果もあり、プロサングエのほうが極めてキネティック(動的)だったのである。
ルーチェの場合、周囲の風景の映り込みの美しさを拒否したかのように見えるその面構成が、イタリアの歴史的旧市街にどう溶け込むのか興味が尽きない。
そこで筆者は、善悪の判断とは別の角度から、3つの問いを立ててみたい。
まず、ルーチェは“往年のフェラーリ”をよみがえらせるかもしれない。創業期のフェラーリのデザインや車体の架装には、トゥーリング、ピニンファリーナ、ヴィニャーレ、ギアといったカロッツェリアが携わった。それは後年、ドルを稼ぐために開発された北米向けのGTでも展開された。ルーチェを契機に次世代のフェラーリが社内デザイン、社外デザイン双方で展開されるなら、当時のカロッツェリアの競演に近い姿が見られるかもしれない。
次に問いたいのは“カーデザイン村”以外からの参入が、いかに大切かということである。1960年「ランチア・フラミニア ロレイモ」は、「口紅から機関車まで」で知られる工業デザイナー、レイモンド・ローウィによる。ワンオフではあるものの、空気の整流に貢献するルーフ上のウイングなど、のちの「ランチア・ストラトス」などで再現される提案がなされていた。また、同じローウィによるデザインで、のちにロングセラーとなる量産車「スチュードベーカー・アヴァンティ」の予告的要素も含まれていた。
当連載第732回で紹介したルイジ・コラーニの1970年「ミウラ ルマンコンセプト」は、ウエッジ基調に向かうカーデザインへのアンチテーゼだった。
前述のマーク・ニューソンによるフォードの1999年東京モーターショー用コンセプトカー「021C」も好例だ。そのシンプルなフォルムは、軽自動車でありながら車高を抑えた初代「スズキ・アルト ラパン」の開発に少なからず影響を与えたのではないかと考えられる。参考までに、公表されている彼のカーデザイン参画歴はこの021Cとフェラーリ・ルーチェに限られているが、1933年「ブガッティ・タイプ59グランプリ」を所有するカーエンスージアストでもある。
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勇気を摘んではいけない
そして最後に問いたいのは、この冒険がなぜフェラーリだからこそ許されるのかということだ。「歴史的文脈を否定もしくは軽視している」という批判がSNS上で識者の見解としてみられる。しかし、そうした冒険が可能なのは、マーケティングチームの意見が強い大衆車メーカーではない。自動車史はそれを証明している。
1934年「クライスラー・エアフロー」、1976年「アストンマーティン・ラゴンダ」、そして1978年「ポルシェ928」は、いずれも従来モデルの文脈から大きく乖離(かいり)し、商業的成功は限定的だった。
仮にルーチェが大成功とはならなくても、そうした冒険は確固たるブランド力をもつフェラーリだからこそできたのである。
加えて、自動車の評価は時がたたないとわからない。よく知られているように、エアフローは後年、空力の先駆者として自動車史に残る存在となった。ラゴンダは極めて未来的なデザインが近年評価され、オークションでは14万ユーロ(約2650万円)で落札される個体も見られる。928は1980年代がレトロといわれる昨今、当時を象徴するデザインとしてレストモッド(修復+近代化)の素材として取り上げられている。
イタリアで一般人も含め賛否両論がここまで激しく展開されているクルマは近年珍しい。しかし、それは自動車界の活性化にけっして悪くない。フェラーリがルーチェでおこなった勇気を摘むことは、他のメーカーの挑戦心もそぐことになりかねないのだ。
個人的なことをいえば、近年あまりに出来上がってしまった、「やみくもなハイパフォーマンスの誇示」「虚栄心の象徴」といった、一般に流布するネガティブなブランド感から解放されるフェラーリであると考える。「仮に『現行フェラーリのなかで1台プレゼントするぜ』というご奇特な人がいたら『最もおとなしいアマルフィあたりを選んでしまうだろう』」――それが本稿執筆開始時点で思い描いていた結末だった。しかし今、筆者の答えは迷わずルーチェである。
(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=Akio Lorenzo OYA、フェラーリ、フォード、ステランティス、アストンマーティン/編集=堀田剛資)
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大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、25年間にわたってリポーターを務めあげる。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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