欧州自動車工業会から脱退!? 独自の道を歩み始めたステランティスの戦略と思惑
2022.06.27 デイリーコラムビッグニュースの背景にある欧州のEVシフト事情
2022年6月13日、ステラティスが現代社会の課題のひとつであるモビリティーの問題を解決するため、「Freedom of Mobility Forum」という新しいフォーラムを立ち上げると発表した。モビリティーやテクノロジーの事業者および学者、政治家など、さまざまな専門家による委員会を組織し、彼らが運営する公開討論会を毎年行うという。またステランティスは、これを機にロビー活動より市民やステークホルダーとの直接的な交流を重視していくとも表明した。
これだけなら重大なニュースにはならなかったかもしれない。しかし同時に、2022年末をもってACEA(欧州自動車工業会)を脱退する意向も明らかにしたことから、今回の発表は多くのメディアで取り上げられることとなった。英語で“lobbying group”と称されていることからも分かるとおり、ACEAは政治家に働きかけるロビー組織としての機能を持つ。そこからの離脱は「ロビー活動とは一線を引く」という方針に即した動きではあるのだろう。しかしACEAは、日本で言うところの日本自動車工業会に類する組織だ。それを思えば、これは確かに重大な決断である。
これについて、EV(電気自動車)アレルギーを持つ一部のクルマ好きは、「EV化を推し進めるACEAに反旗を翻した」と拍手を送っているようだが、事実はそうではない。フランスの新聞『フィガロ』は、2035年から内燃機関を搭載した新車の販売を禁止するという欧州委員会の提案が欧州議会で承認されたのに対し、ACEAが「合理的ではない」と強く反対し、ハイブリッド車を存続させるべきという意向を表明したと報じている。つまり、EU政府とACEAは対立関係にあるのだ。
![]() |
自分たちの改革を実現するための決断
このあたりの欧州における情勢をおさらいすると、自動車業界において先述のACEA以上にEU政府と対立しているのが、ボッシュやヴァレオ、デンソーなどのサプライヤーによって組織されるCLEPA(欧州自動車部品工業会)だ。彼らはe-fuel(合成燃料)をはじめとする多様な技術の活用が、業界の競争力や雇用を維持し、ユーザーのニーズにも応えられるとしている。
また、わが国のジェトロ(日本貿易振興機構)も、カーボンニュートラル関連の採決が行われた2022年6月6日の欧州議会本会議を前に、複数の業界団体が懸念を示していることを紹介。そこにはCLEPAのほか、欧州鉄鋼連盟や欧州産業連盟という名前もあった。EU政府の“EV推し”が、さまざまな業界団体の意向を無視して進められ、暴走と言っても差し支えない状況にあることがうかがえる。
そんななかにあって、なぜステランティスはこのタイミングで先述の発表を行ったのか。気になるのは、その数日前に明らかにされたACEAの新しい人事だ。ACEAでは、現在事務局長の座にあるエリック=マルク・ウイテマ氏が2022年8月いっぱいで退任。その後任に、CLEPAの現事務局長であるシグリッド・ド・フリース氏が就任することとなった。フリース氏は過去にe-fuelのフォーラムに出席したりしており、これまで以上にEU政府に対して明確な主張を打ち出す可能性がある。一方、ステランティスのカルロス・タバレスCEOは、2016年から2019年までACEAの会長を務めており、欧州におけるこうした事情は熟知しているはず。
今回の表明、すなわち新しいフォーラムの設立とACEAの脱退について、ステランティスは2022年3月に発表した中期経営計画「Dare Forward 2030」の目標を達成し、世界の動きをリードしていくためのアプローチであるとしている。同計画の内容については以前のコラムを再読していただきたいが(参照)、彼らはEVシフトを加速させる姿勢を明確にしたのだ。もちろん、この指針は今も生きている。タバレスCEOはACEAの新人事を受け、「今のポジションに身を置いていたら、自分たちの改革を実現できない」と判断したのかもしれない。
![]() |
ひとつの視座で見通せるほど未来は単純ではない
それとともに、今回の発表にはある種のメッセージが含まれているとも感じている。EU政府のEV政策があまりに性急であることを、多くの人に認識してもらう意図もあるのではないかということだ。EV推進へと舵を切ったステランティスではあるが、EU政府の施策が暴走気味であることは、EVシフトの当事者として理解しているはず。自身の影響力を鑑み、自ら話題性のある騒ぎを起こすことで、この問題に耳目を集めたかったのだろう。グループ内のプジョーがその昔、ルール変更を不満に思い、WRCやダカールラリーから撤退したというエピソードを思い出す。
いずれにせよACEAとは袂(たもと)を分かつ道を選んだステランティス。彼らの新しいフォーラムに、他の完成車メーカーやCLEPAに属するサプライヤー、さらには自動運転で実績を重ねているウェイモやナビヤなどが集えば、既存のACEAと並び立つ新しい存在となるのではないか。言ってみればアメリカのデトロイトモーターショーに対するCES(家電見本市)のような、そんな関係だ。もちろん、だからといってデトロイトショーとCESのどちらを残すか? という議論にはならないわけで、多様性が叫ばれる今だからこそ多くのフォーラムを林立させ、多様な見地から将来の道筋を考えていくのが望ましいのではないだろうか。少なくとも、僕はプロ野球のセリーグとパリーグ、プロレスの全日本と新日本などを見てきた世代なので、そういう考えに落ち着く。
数十年後のモビリティーシーンなど、誰かひとりで思い描けるはずもない。だからこそ、いろんな人がいろんな意見を出せる場を数多く用意して、そこから指針を定めていくのが望ましいというのが、モビリティージャーナリストという肩書を持つ僕の私見である。
(文=森口将之/写真=ステランティス、CLEPA/編集=堀田剛資)
![]() |

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
-
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか? 2025.10.10 満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。
-
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選 2025.10.9 24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。
-
ハンドメイドでコツコツと 「Gクラス」はかくしてつくられる 2025.10.8 「メルセデス・ベンツGクラス」の生産を手がけるマグナ・シュタイヤーの工場を見学。Gクラスといえば、いまだに生産工程の多くが手作業なことで知られるが、それはなぜだろうか。“孤高のオフローダー”には、なにか人の手でしかなしえない特殊な技術が使われているのだろうか。
-
いでよ新型「三菱パジェロ」! 期待高まる5代目の実像に迫る 2025.10.6 NHKなどの一部報道によれば、三菱自動車は2026年12月に新型「パジェロ」を出すという。うわさがうわさでなくなりつつある今、どんなクルマになると予想できるか? 三菱、そしてパジェロに詳しい工藤貴宏が熱く語る。
-
「eビターラ」の発表会で技術統括を直撃! スズキが考えるSDVの機能と未来 2025.10.3 スズキ初の量産電気自動車で、SDVの第1号でもある「eビターラ」がいよいよ登場。彼らは、アフォーダブルで「ちょうどいい」ことを是とする「SDVライト」で、どんな機能を実現しようとしているのか? 発表会の会場で、加藤勝弘技術統括に話を聞いた。
-
NEW
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。 -
航続距離は702km! 新型「日産リーフ」はBYDやテスラに追いついたと言えるのか?
2025.10.10デイリーコラム満を持して登場した新型「日産リーフ」。3代目となるこの電気自動車(BEV)は、BYDやテスラに追いつき、追い越す存在となったと言えるのか? 電費や航続距離といった性能や、投入されている技術を参考に、競争厳しいBEVマーケットでの新型リーフの競争力を考えた。 -
ホンダ・アコードe:HEV Honda SENSING 360+(FF)【試乗記】
2025.10.10試乗記今や貴重な4ドアセダン「ホンダ・アコード」に、より高度な運転支援機能を備えた「Honda SENSING 360+」の搭載車が登場。注目のハンズオフ走行機能や車線変更支援機能の使用感はどのようなものか? 実際に公道で使って確かめた。 -
新型「ホンダ・プレリュード」の半額以下で楽しめる2ドアクーペ5選
2025.10.9デイリーコラム24年ぶりに登場した新型「ホンダ・プレリュード」に興味はあるが、さすがに600万円を超える新車価格とくれば、おいそれと手は出せない。そこで注目したいのがプレリュードの半額で楽しめる中古車。手ごろな2ドアクーペを5モデル紹介する。 -
BMW M2(前編)
2025.10.9谷口信輝の新車試乗縦置きの6気筒エンジンに、FRの駆動方式。運転好きならグッとくる高性能クーペ「BMW M2」にさらなる改良が加えられた。その走りを、レーシングドライバー谷口信輝はどう評価するのか?