その装備はアナタにとって本当に必要? 充実装備で加速するクルマの高額化に物申す
2022.12.23 デイリーコラム取材のたびに驚かされる機能・装備の進化
新型車に試乗するたびに、新たな装備や機構の充実ぶりに感心させられる。先進安全や運転支援のシステムはすっかり当たり前になり、軽自動車でも標準装備されることが常識になった。アダプティブクルーズコントロール(ACC)もほとんどのクルマに付いており、箱根まで走りに行くときは高速道路で試すとともにのんびり運転を決め込むことが多い。
新型「トヨタ・ヴォクシー」に初めて乗ったときは、街なかでも自動でスピード制御が行われて当惑した。リスクを先読みして適切な操作を促す「プロアクティブドライビングアシスト」(PDA)が作動していたのである。最初は違和感を覚えたが、慣れるに従ってメリットが理解できた。子育てファミリーを主なユーザーとするミニバンなのだから、安全運転をサポートしてくれるのはありがたい。停車していても他の車両が近づくとアラートが鳴り、危険を知らせてくれる。常にセンサーで周囲を監視しているのだ。
自車を上から見下ろしたような映像が表示されるモニターが普及してきたのは、駐車が苦手なドライバーにとっては朗報だろう。さらに、実用的な自動パーキングシステムも登場している。プライベートでは10年以上前のクルマに乗っていて、新しいテクノロジーの恩恵にあずかっていない。だから、いつも試乗記ではこういった頼もしい機能を称賛したくなる。
とはいえ、新技術を開発して機能を付加するには費用がかかる。このところ、自動車の価格が上昇を続けていることは確かな事実だ。円安の影響をもろに受ける輸入車ほどではなくても、国産車も資材や部品の値上がりが反映されているのだろう。それを考慮しても、価格の上昇に装備の増加が関わっていることは否定できない。
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スズキのトップが口にした“問題提起”
装備の充実とリーズナブルな価格をどうバランスさせるか。自動車メーカーにとっては悩ましい問題である。利便性は向上させたいが、値上げすれば売れ行きが落ちてしまうかもしれない。このテーマに一石を投じたのが、スズキの鈴木俊宏社長だ。2022年11月8日に行われた中間決算報告で、クルマの価格について率直な思いを吐露した。
まずは売上高が前年同期比32.5%増の2兆2175億円で過去最高を記録し、純利益も14.5%増の1151億円という好決算になったことを報告した。円安が追い風となったかたちだが、浮かれてはいない。原材料の価格上昇が値上げラッシュにつながっているとして、「われわれの商品の購買層である皆さんの財布の状況は大変厳しい」と指摘した。軽自動車をメインに扱う会社ならではのリアリティーである。
スズキとしてはコストを転嫁して自動車の価格を上げたいという思いはあるが、ユーザーの懐具合を考えればためらわざるを得ない。低価格を維持するためには、発想の転換が必要だ。鈴木社長は、装備について問題提起した。
「ユーザーの皆さんにも、自分のクルマの装備について考えていただきたい。なくてもいいよね、というものがないか。何でも付いているということが、本当に自分のクルマに必要なのか」
自動車メーカーのトップの発言であり、重みがある。勇気をもって、業界の常識に疑問を投げかけたのだ。誤解されるかもしれない言い方だが、スズキという会社の来歴を知っていれば納得がいく。価格コンシャスということでは他の追随を許さない実績があるからだ。
よく知られているのが、「アルト47万円」というシンプルながらインパクトの大きいキャッチコピーだ。1979年にデビューした初代「アルト」は、コストカットを徹底するとともに物品税を回避する裏ワザを使って価格破壊を実現した。装備は簡素で質感も高くはなかったが、庶民の足として絶大な人気を得た。
“ない”ことは常に欠点なのか?
そのDNAは今も受け継がれている。2021年に発売された9代目アルトは、最廉価モデルが94万3800円。100万円を切る価格にすることにこだわったという。200万円超の軽自動車も珍しくなくなったなかでは驚異的な安さだが、社長は満足していなかった。開発陣に「47万円のアルトができないのか」と問いかけたというから驚く(参照)。エンジニアにもこの感覚は共有されていて、「つい、あれを付けます、これを付けますとやってしまうんですが、その結果求めているものと求めていないものが一緒くたになるんですね。本当に欲しいものが入っているのか、いらないものはどれだというのをチェックするために、47万円というものがあると理解しています」と話していた。
実際には94万3800円が限界だった。本当に47万円のクルマをつくるとどうなるかと聞くと、エアコン、パワステ、パワーウィンドウ、エアバッグなどは装備できないとの答え。法規をクリアするのも難しい。初代の頃とは安全性の基準が大きく変わっており、ユーザーが求める快適性のレベルも上がっている。鈴木社長はアルトについて「ゲタを極めていきたい」と話したが、今やゲタでも100万円近い価格になってしまうのだ。
装備と価格をめぐって試行錯誤しているのは、スズキだけではない。軽自動車で競い合う関係のダイハツは、「良品廉価」をスローガンに掲げている。2018年に発売した「ミラ トコット」は、そっけないほどにシンプルな面と線で構成されているモデルだ。女性向けとして企画され、“素”の魅力を追求した。“盛る”ことばかりがもてはやされるが、スッキリとしたフォルムを好む女性も多いというまっとうな考えで開発されている。
無駄な装飾を排することで、骨格のよさをストレートに見せる大人のオシャレ感が生まれた。内装も水平基調の簡素なしつらえで、装備も必要十分なだけ。自然吸気エンジンのみの設定でパワーは物足りないし、スタビライザーが省かれているから少しスピードを出してコーナリングすると大きくロールする。ただ、それはこのクルマにとって必ずしも弱点にはならない。試乗ではリポートのために限界を見定める走り方もしたが、実際の使い方ではまったく不足を感じないはずだ。
みんながみんな必要としているわけではない
用途と使い方によって、クルマに求められるものは異なる。5年ほど前まではABSが装備されない軽トラックも販売されていた。家と畑を往復するだけならば必要がないと考えられたのだ。法令の改正で軽トラにもABS装着が義務化されたが、価格は2万5000円ほど上がった。畑仕事でしか使わないユーザーは、無駄な出費と感じるかもしれない。
言うまでもなく、安全性は最優先である。命を守るための装備はすべてのクルマに必要不可欠だ。ただ、運転支援機能については、必要と感じる程度が人によって違う。ドアミラーだけで華麗に駐車することを誇りにしているドライバーなら、バックモニターすら無用だろう。レーンキーピングやACCは便利だと感じていたが、誰もがそう思うわけでもないようだ。webCGにも、実家のクルマでACCを使うのは自分だけだと話す編集部員がいる(参照)。操作を覚えるのは面倒だし、そもそも高速道路に乗るのは盆暮れ正月だけなのだ。
試乗では、運転支援や快適性を高める装備を試して評価する。記事を書くのに欠かせないプロセスだが、便利だからといって何でもほめていたのは浅はかだった。価格との兼ね合いを考えなければならない。簡単に結論が出るとは思わないが、鈴木社長の提言は真剣に受け止める価値がある。
(文=鈴木真人/写真=スズキ、峰 昌宏、荒川正幸、向後一宏/編集=堀田剛資)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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