第41回:トヨタデザイン今昔物語(前編) ―天下のTOYOTAはなぜあんなに凡庸だったのか?―
2024.09.25 カーデザイン曼荼羅![]() |
攻めたデザインのクルマを多数輩出し、識者の間でも一目置かれる存在となっている最近のトヨタ。昔は「凡庸!」「つまらない!」と散々に言われていた彼らのカーデザインは、いかにして革新したのか? 元カーデザイナーとともに、ここ30年の足跡を振り返ってみた。
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昔からスゴいクルマは(たまに)あったのよ
webCGほった(以下、ほった):今回のお題はトヨタです。
清水草一(以下、清水):巨大なテーマだね。
渕野健太郎(以下、渕野):広大なテーマですね(笑)。
ほった:いつも清水さんが「20年前のトヨタデザインはダメだった」みたいな話をしますからね。取り上げないわけにはいかないでしょう。
清水:イジワルだねぇ。それより、ダメダメだった20年前からの飛躍をカーデザイナーがどう見ているのかを知りたいな。
渕野:現行のトヨタ車では、この連載でも「クラウン」系(その1、その2)や「シエンタ」(参照)などを取り上げましたけど、その他のクルマも、今日ではデザインのいいのが多いですね。それにしてもラインナップがスゴい。レクサスも含めたら、こんなに車種あるんだっていう。
ほった:どうなってんだ? っていうくらいありますね。
渕野:普段私たちが目にするクルマのほかにも、海外市場専用車もあるわけですからねぇ。それはそうと、清水さんの言う「20年前はダメだった」っていう件なんですけど……。
清水:まずダメだった時代から話したいですね。
渕野:自分はそれよりもうちょっと前、30年ぐらい前の1990年前後から話を始めたいと思います。ここら辺でもいいなと思うクルマはあって、例えば初代「エスティマ」です。
ほった:(ノートパソコンで写真を探しつつ)こいつですね。
渕野:同じ時期では初代「セルシオ」とか、ガルウイングの「セラ」も印象的でした。あと自分のなかでは一番好きな「セリカ」もこの時期でした。えーと、5代目(T180型)です。
清水:え、これが一番いいんですか? “流面形”(4代目セリカのこと)のほうが全然よくないですか?(笑)
渕野:流面形も幼いながらにカッコいいなと思っていましたが、割とこの世代のボリューム感ある造形に惹(ひ)かれていました。90年ぐらいのトヨタデザインが好きなんですよ。「ぬめっ」としたモデルが多いんですが、プロポーションのメリハリを感じたんです。子供ながらに。
ほった:プロの子供時代の感想ってわけですね。
渕野:そうですね(笑)。
未来のクルマだった初代「エスティマ」
渕野:で、そのなかでも一番いいなと思ったのが初代エスティマなんですよ。こういうタマゴ型のワンモーションフォルムって、当時ほかになかったでしょう? まだ中学生でしたけど、未来を感じました。
清水:さすが未来のカーデザイナー(笑)。
渕野:今見てもこのシルエット、すごく効いてると思います。たとえば前後のランプ付近が逆スラントになってる。それで全体のプロポーションを締めているんですよ。ただ、これの5ナンバー版があったじゃないですか(エスティマ エミーナ/ルシーダ)。そっちのフロントは逆スラントじゃなくて、“するっ”てしてるんです。子供ながらに「なんか違うな」って思ってましたけど……今はちゃんと、こうして解説できます(笑)。
清水:そうなんだ……。私は大人だったけど全然わかんなかったなぁ。当時ルミーナ買ってしまって、あれはクルマ人生最大の失敗でした。
渕野:え、なんで失敗だと思ったんです?
清水:あの頃エスティマが未来的だっていうのはみんな言ってたし、徳大寺先生も絶賛してたし、自分も子供がふたりになったし、「時代はこっちかな? でも5ナンバーでいいよな」と思って買ったんですよ。でもあんまりカッコよくないし、なにより走りがものすごく眠かった。今のミニバンとは大違いで、バスみたいでした。
渕野:まぁ、そうでしょうねぇ。
清水:ミドシップといっても、つまりキャブオーバーですから。その後もずっとエスティマのデザインは絶賛されてますけど、そのたびに「カッコだけだったな」っていう思いがよみがえる。
ほった:私怨(しえん)ですねぇ(笑)。
清水:デザインに話を戻すと、確かにトヨタって昔もたまーに傑作を出してたけど、基本的には超凡庸なデザインのオンパレードだったでしょ?
渕野:それはやっぱり、プロポーションが原因だと思うんですよ。要はタイヤに対してボディーが発散方向でつくられてるクルマが多かったじゃないですか。
ほった:そもそも、あんまりフォルムとかシルエットとかプロポーションとかを意識した感じがしませんでしたね。
清水:トレッドが狭くて、足もとが貧弱に見えたもんだよ。
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「遊べ!」と言われても遊び方がわからない
渕野:例えばセリカにしても、180型の次の、丸目4灯の6代目は「あんまりよくないな」と思うんですけど、やっぱりプロポーションが原因です。
清水:5代目と6代目……。プロポーションの差がよくわかりません(笑)。
渕野:結局ヨーロッパ車が評価されるのってそこだし、そこだけともいえるんですよ(笑)。プロポーションがいいか悪いかで、かっこいいか悪いかって大体判断されてしまう。20年前のトヨタには、そこがダメな傾向があったかもしれない。
清水:いやぁ、ほとんどのデザインが凡庸でした。そんななか、1999年に初代「ヴィッツ」が出たじゃないですか。これはギリシャ人デザイナーが手がけた傑作でしたけど、結局ヴィッツはあれだけだった。2代目、3代目となるにつれ、どんどん凡庸になっていった。
渕野:私は割と「ファンカーゴ」も好きでしたよ。初代「RAV4」も。
清水:そこらへんにはファンな感じがありましたね。でも、ファンな感じといえば、「WiLL(ウィル)」シリーズも1999年に出てますよね。
ほった:あー……(苦笑い)。
清水:あれってつまり、「お前ら好きなものをつくってみろ!」っていう習作だったわけでしょう。それまでトヨタデザインは、いろいろと制約がきついなかでもがいていたけど、そういうのを取っ払って、「思い切ってやれ!」って言われたとき、デザイナーは何をやっていいかわかんなかったんじゃないか。それでめちゃくちゃなものが出てきたんじゃないかと。
渕野:うーん、WiLLシリーズはカーデザイナー発信でもない気もしますけど……。
清水:どれも完全にデザイナー主導だったと思いますよ。カボチャの馬車に戦隊ものにSFチック。SFチックは悪くなかったけど、ほかの2台は明らかにズレてた。上京したてのいなかっぺ大将が、原宿で初めて服を買ってトイレで着替えたみたいな。
ほった:さいですか? 私としてはSFチックの「サイファ」が一番アウトでしたけど。
渕野:なんとも言えないな~。(笑)
清水:これが今のトヨタの限界なのかなぁと思いました。「思い切ってやれ!」って言われても、そういう訓練ができてなかった。そんな社風がガラッと変わったきっかけは、やっぱり豊田章男社長の就任じゃないでしょうか。
ほった:王政復古の明治維新ですね。
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リーダーが強いといいデザインが出てくる
清水:2009年に就任して、3年後から次々と大胆なデザインが出てきてる。2012年にまず“稲妻クラウン”(14代目クラウン)が出て、スピンドルグリルも同じ年に始まってる。2015年はゴールデンイヤーで、「アルファード」「シエンタ」が大当たり! でも「プリウス」は大コケした(全員笑)。当時はまだ、いいデザインで全部そろえるのは難しかったんでしょう。
ほった:まだ隙があった、かわいげがあったんですね。
清水:最初は「キーンルック」だったんですよね。2012年からキーンルックが始まってる。キーンルックでしばらくいって、今は「キーンルックはもういいや」みたいな感じで百花繚乱(りょうらん)。まさに黄金期が始まっている。
渕野:そういうデザインコンセプトの導入も含めて、トップの意向がやっぱりすごく重要だったんですよ。トップのリーダーシップがあると、まるで違います。日産だって、ゴーン時代の初期は中村史郎さんが思う存分やってた感じが、ハタから見てもありました(参照)。
ほった:今で言えばマツダの前田育男さんでしょかね。
渕野:トヨタはすごくおっきい会社なので、デザインについても、いろんな部署からいろんなことを言われるはずなんですよ。だけど、トップがデザインに理解があると、そういう注文がどんどん排除されて、ピュアなものになっていく。逆に言うと、昔のトヨタがデザイン的に劣っていたか、デザイナーの能力が劣っていたかというと、全然そうではないと思います。WiLLにしても、本当にみんなが好き勝手やったのかっていうと、それはちょっとわかんないですね。
清水:好き勝手にやれって言われて、勝手に縛られちゃったのかもしれないし。
渕野:大企業ですからね。時代的にも今ほど自由な社風じゃなかったでしょうから。なにしろトヨタですからね。“遊び”は難しかったでしょう。
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「フェラーリ」のチリを定規で測ってどうするの?
清水:遊びが苦手かぁ。そういえば、バブル期にメイテックの関口社長が、お得意さまのトヨタに自分の「フェラーリ・テスタロッサ」を持ってって、「どうぞ見てください」って開発部門を巡回させたそうなんですよ。その現場に居合わせた若いエンジニアによると、先輩たちはみんなしてテスタロッサのドアやボンネットのチリを測って、「やっぱりひどいね」ってアラ探しをしたそうです。それを見たスーパーカー世代の若いエンジニアは、心のなかで「お前ら、フェラーリの一体何を見てるんだ!」と思ったと。そういう話を聞くと、ああ、トヨタってまだそういう会社だったんだなぁと思うんですよ。
渕野:いや、私がいたメーカーの技術者も、例えばBMWを持ってきて、いろいろ測っては「全然ダメだな」って言ってましたよ(全員笑)。技術者っていうのは、そういう目で見る人が多いですよね。特に段差とかチリの具合は品質に直結するので。欧州車よりも日本車のほうがそこらへんはしっかりしてます(笑)。
清水:そういうもんなんですか!
渕野:いやもう、みんなここ(胸ポケット)に定規入れてます(全員笑)。デザイナーもそうですよ。みんな15cmのステンレス製定規を持っていて、なんでもすぐに測ります。
清水:デザイン部もですか!
渕野:やっぱりデザイナーは、ドアとかボンネットの分割をどうしようかとか、いつも考えてるじゃないですか。だから、他社のクルマがどういう分割をしてるか、必ず測るんです。設計の側は、最初はマージンをすごくとった要件で持ってくるんですけど、それだと間抜けで締まりがないでしょう。こっちはこっちでやりたいことがあるんで、もっとこうしてくれって交渉するんですが、そのためには具体的な寸法を出さないと対等に話せない。「よその○○はこんなにチリが狭いんだぞ!」ってね。実務のデザイナーはそんな感じですよ。デザイナーと技術者で違うのは、造形に関してはデザイナーは必ず全体像を見てるって点で、そこは違います。いずれにしても、こういう話は「エンジニアあるある」ですよ。
清水:あるあるなんですか……。
ほった:話がそれたので、次回、軌道修正したいと思います(笑)。
(後編に続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=トヨタ自動車、webCG/編集=堀田剛資)
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渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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