第43回:アストンマーティン・ヴァンキッシュ(前編) ―堕落も野蛮も飲み込んで突き進む、ブリティッシュノーブルの極致―
2024.10.16 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
英国の名門アストンマーティンが、新たな旗艦「ヴァンキッシュ」を発表。ディテールは間違いなく獰猛(どうもう)なのに、どこか優雅さも感じてしまうのはなぜか? 堕落、洗練、野蛮、品格と、あらゆるものを飲み込んで突き進む、ブリティッシュGTのデザインに迫る。
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ギョーカイ関係者に妙に評判がいい
webCGほった(以下、ほった):今回のテーマは、先日発表されたアストンマーティン・ヴァンキッシュです(参照)。……悲しいかな、私はまだ実物を見られていないんですけど(血の涙)。
清水草一(以下、清水):もちろん僕も見てないよ!
渕野健太郎(以下、渕野):自分も全然見てないですけど(笑)。もう日本でも公開されたんですか?
ほった:世界初公開と同時に、日本でもお披露目されました。例の青山のショールーム(東京・北青山の「The House of Aston Martin Aoyama」)で。ベネチアでのワールドプレミアと同時に実車が披露されたのは日本だけらしいですから、これってスゴいことですよ。ちなみにwebCGでも、サクライが撮ったナイスな写真を掲載しています(参照)。
で、なんで今回ヴァンキッシュをテーマに取り上げたかというとですね、見た人の評判が、とにかくスゴくいいんですよ。ジャーナリストの諸先生方とか、弊社サクライとかの。メディアの記事とかSNSとか、表で評判のいいクルマってのは結構あるけど、裏ででも「……あれ見た? ヤバくなかった?」って話題にされるクルマって、あんまりない。
渕野:それは、デザインがってことですか?
ほった:そりゃそうです。まだ誰も運転できてないんだから(笑)。写真でしか見られてないけど、ワタシも結構気に入ってるんです。必ずしも好みのタイプのデザインじゃないはずなんだけど……。そもそもなんですけど、最近のアストンマーティン、例えば「DB12」とかって、正直ちょっと「うっ」て思いませんでした?
清水:いやぁ、「うっ」と思ったよ。以前も話したけど、「DB11」からグリルがかなり大きくなってるでしょ(参照)。それがダメってわけじゃないんだけど、なんかこう、全体に品がなくなったって感じるんだよね。
ほった:まぁ、ヘンリック・フィスカーとかの時代を除くと、確かにアストンって一筋縄じゃいかないデザインが持ち味ではあったんですけどね。……でもヴァンキッシュを見ると、それでもなんか、「ひとつトンネルを抜けたんじゃないか」って気がするんですよ。
よりデカく、より強烈に
渕野:DB12って、よくよく見るとDB11からバンパーとサイドシルしか変わってないですよね? それでちょっと無理が生じているんじゃないかな。この路線は、ヴァンキッシュで完成形に至ったんじゃないですか?
清水:でも、DB11からDB12で全幅は広くなってますよね。
渕野:ええ? 全幅が変わってるんですか?
ほった:1950mmから1980mmに増えてます。
渕野:じゃあ、板金も違うんだ。
ほった:おそらく。
渕野:そうなんだ。
清水:いや、アストンはなにがなんだか、なにと比べてどこがどう変わったのか、わかんなくなっちゃいますよ(笑)。
ほった:同感です。「DB9」と「ヴィラージュ」と「DB9 GT」なんて、全然区別がつかなかったですからね(笑)。
渕野:そうなんですよねぇ。みんなFRで似たようなプロポーションなので、車種を見分けるのも、どこが変わったかを見分けるのもホント難しい……。話をヴァンキッシュに戻すと、これはアストンのフラッグシップだから、フェラーリでいうと「12チリンドリ」(その1、その2)ですよね。そのチリンドリと比べてかなりボディーが長く見えますけど、実際、全長はチリンドリの4733mmに対して、ヴァンキッシュが4850mm。
ほった:100mmちょっと違うんだ。
渕野:先ほど清水さんも話されてましたけど、最近のアストンマーティンのデザインは、少し前よりアグレッシブな印象ですよね。私はやっぱりDB11が FRクーペとしては最高かなと思ってるんですが、おそらく顧客が、より強い印象を求めているんでしょう。それでこういうふうに、大きく、強くなってきているのかなと思います。
清水:でしょうねぇ。前の型と見分けがつかないんじゃ、新型買う意味ないじゃん! ってなっちゃうでしょうし。
ほった:新型のお通りだ! ってやりたいわけですよね、みんな。
清水:そうだよ、高いお金払うんだし。
渕野:そんなわけで、DB12はDB11に対して顔まわりを中心にイメージチェンジを図って、アグレッシブな印象を強くした。それをさらに完成させたのがヴァンキッシュっていうことでしょう。
清水:確かにアグレッシブさの度合いはガーンと上がってますね。でも、DB12のときみたいに、それが嫌に感じないんですよ。逆に引き込まれる。
ほった:なんなんでしょうね? この感じ。
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アメリカ車のような、イタリア車のような
渕野:基本的な立体構成を見ると、ボディーの上半分と下半分が交錯するような形なんですけど、これは最近のはやりですよね。マツダも似たような感じだし(その1、その2)。ほかのメーカーもブランドも、結構こういう手法を使ってます。
清水:アストンがマツダに追いついたんですね(笑)。
渕野:というか、最近のアストンマーティンは、最近のカーデザインのトレンドに合わせてきている気がします。DB11はいい意味で浮世離れしていて、つまりトレンドに流されない純粋なデザインでしたけど。サイドから見たビューも、ヴァンキッシュは非常にアグレッシブで……。
清水:アメリカン?
渕野:ですね。ちょっとアメリカな感じもある。
ほった:そうですかねぇ。わたしゃアメリカンというより、イタリアっぽいなと思ったんですけども。
清水:え? どこが??
ほった:後ろ姿が。
清水:俺は後ろが特にアメリカンに見えたよ。
ほった:逆に後ろがイタリアに見えましたよ(全員笑)。昔「アルファ・ロメオTZ」ってのがあったじゃないですか。後ろの部分をコーダトロンカでぶった切ったやつ。ヴァンキッシュのお尻は、あの雰囲気に似てると思ったんです。バーンとぶち切れてて、断面が凸の字型になってる。
清水:俺はダッジかなって思ったんだけど。
ほった:「バイパー」ですか? バイパーは世界最高のFRですからね。それはもう、世界中がマネしますよ。それはしょうがない(笑)。
清水:(無視して)なんか全体に、「チャレンジャー」っぽくないですか?
ほった:え? チャレンジャーと似てるところ、一個もないと思うんですけど(汗)。
清水:アメ車に詳しくないから間違ってるかもしれないけど、ヴァンキッシュは適度に粗野で大胆で、いい意味でアメ車っぽく感じるんだよね。
ほった:ああ、そういう意味ですか。
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高く突き出たフロントノーズの思惑
渕野:(リアビューの写真を見つつ)このリアは……確かにアメリカンと言えなくもない。というか、こういう後ろまで流れるボリュームをスパッと断ち切る造形自体は、コーダトロンカの発展形として、スポーツカーではよくある手法かなと思います。
ほった:ありゃりゃ。
清水:でも、アストンは今まであんまりこういうの、やってないですよね。
ほった:ずーっと昔にさかのぼらないと前例はないかも。下手すりゃ「DB6」とかの時代まで。
清水:アストンとしてはすごく新鮮に感じますよ。
ほった:でも、そういう点も含めて、「スポーツカーの定石に合わせてきた」ってことなのかもしれませんね。
渕野:そうですね。……で、フロントはですね、もう本当にこう、真正面から見てすごくグリルの大きさを感じます。少しサイドから見ると、グリルの上端が若干高すぎて、上向きにも見えそうですね。DB12もそういうイメージがありましたけど。
ほった:DB12よりもヴァンキッシュのほうがその傾向は強いですよ。これは逆スラントを強調したくて、そうしたんじゃないかな。
渕野:ジョーズの口みたいにぐっと反り上がって見えますよね。確かにそれで逆スラントを強調してると思うんですけど……。その逆スラントの上端部が、ちょっと高すぎるのかどうなのか。うーん、実物を見てみたい。
清水:たぶん、ちょい反りすぎなところが刺激的でイイんじゃないかな。
渕野:そうかもしれませんね。ただいっぽうで、全体はすごく奇麗なデザインで、リアも非常に“わかりやすい”んです。
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獰猛なのに優雅、野蛮なのに格調高い
渕野:リアデザインって難しいんですよ。フロントはグリルがあって、ヘッドランプがあって、いろんな要素があるのでクルマなりの個性を出しやすいんですけど、リアはそういう構成要素が少ないので、どういうふうにオリジナリティーを出そうかって、デザイナーはみんな悩むんです。特にこういう趣味性の塊みたいなクルマは難しいんですけど……ヴァンキッシュはそこが非常にうまい。
清水:すごく攻撃的ですよね。あのアストンが野獣になった!
渕野:そうなんですけど、それでいて落ち着いてもいるんですよ。あまり奇をてらわないで上品にまとまっていて、同時に個性的で強い印象がある。フェラーリの12チリンドリはリアのグラフィックを大胆にしましたけど、ヴァンキッシュは大人っぽい雰囲気がします。
ほった:アグレッシブなのに品のよさも感じるのは、その辺が理由なのかな? 落ち着いた大人も乗れるっていうか。窓のあたりも、DBシリーズとは変えてきましたよね。ぶっとくて、ちょっと折れの入ったリアピラーとか。
渕野:このピラーに関しては、これまではウィンドウグラフィックの勢いを素直に後ろに流してましたけど、ヴァンキッシュは止める方向にしていますね。
ほった:この辺は、確かにちょっとアメリカンですかね。最終世代の「シボレー・カマロ」を思い出しました(涙)。
清水:「日産GT-R」じゃない? そこ。
ほった:話をメンドくさくしないでください。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=アストンマーティン、newspress、webCG/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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