トヨタGRシリーズ 開発者インタビュー
GRをトヨタの真ん中に 2017.09.19 試乗記 トヨタ自動車GAZOO Racing Company
GRマーケティング部マーケティング室2グループ主任
保田佳孝(ほだ よしたか)さん
トヨタがスポーツコンバージョンモデルを「G's」という名前で販売するようになったのは、2010年のこと。以後、「ノア/ヴォクシー」や「ヴィッツ」など、ファミリーカーやコンパクトカーをベースにしたスポーティーなモデルを提供してきたが、その名前が世間に浸透したとは言いがたい。そんな中、GAZOO Racing Companyが新たに発足し、モータースポーツ直系のブランド「GR」シリーズとして本格的な展開を目指すことになった。このGRシリーズをトヨタのイメージリーダーに成長させるために、どのような戦略で取り組んでいくのか? GRマーケティング部の保田佳孝さんに聞いた。
AMGやMとは「同じ」で「違う」
――スポーツモデルを担う部門というと、メルセデス・ベンツのAMGやBMWのMなどを思い浮かべます。GRも同じような位置づけと考えていいんでしょうか?
メーカーの作っているクルマの中で、よりスポーティーなラインナップを持とうという考え方は同じ。ただ、GRは後発中の後発ですから、これから目指していかなければならないというのが実情です。違いもあります。AMGやMはカリカリのスパルタンなモデルというイメージが強い気がしますが、GRはもう少しマイルドな方向も含みます。一部の方にとってのスポーティーなクルマというだけではないんですね。G'sのように、多くの方に乗っていただきたいというところは引き続き大事にしなければと思っています。
――G'sの時は、トヨタマークを付けていませんでしたよね。かなりマイナーな存在という感じがありましたが……。
……GRではマークを付けました(笑)。G'sを世に出してみた経験からすると、反応してくださるお客さまが一定数いるという発見があったんですね。こういうプロダクトがあれば求めてくださるお客さまはいるんだとすると、マイナーな存在から脱却できるはずです。だから、シリーズとして展開することに意味があると思います。個別のクルマの中のいちグレードとして「GRスポーツ」という設定がありますよ、というお届けの仕方だと、トヨタ全体の取り組みであることが伝わりませんから。
レースの活動と市販車をつないでいく
商品体系は格段にわかりやすくなった。頂点には究極のスポーツモデルである「GRMN」があり、「GR」が量産型スポーツモデル、「GRスポーツ」が拡販スポーツモデルという位置づけだ。アフターマーケットの「GRパーツ」もスタート。GAZOO Racingのブランドであることを明確にし、モータースポーツ活動との関係性を強調する。
――トヨタがWRC(世界ラリー選手権)に復帰していきなり「ヤリス」が優勝を重ねていますが、ヤリスの日本版である「ヴィッツ」の販売促進につながっているようには見えませんね。
レース活動と市販車をどうつなぐのかというのは、F1に参戦していた頃から課題でした。トヨタは「安心安全」「ハイブリッド」という色が強いんです。いいことなんですが、そこにチャレンジングで革新的なイメージも加えていきたい。単に勝った負けたではなく、トヨタの企業姿勢をアピールすることが大切です。レースそのものを好きになってもらうこと、レース活動を市販車に落とし込むこと、両面で取り組んでいきます。
――GAZOO Racing Companyができたことによって、体制は整ったと考えていいんでしょうか?
まあ、富士山でいえば五合目登山口に立ったというところでしょうか。スポーツ系車種はGRマーケティング部の担当になり、隣にいるWRCやWEC(世界耐久選手権)の盛り上げをしている部署と連携しようということで話を進めています。モータースポーツ活動と「もっといいスポーツカー」の市販を有機的につなげることで、クルマ好きとトヨタ応援団を増やしていく。それがGAZOO Racing Companyのミッションなんです。
――最初のラインナップは、ヴィッツ、ノア/ヴォクシー、「ハリアー」、「プリウスPHV」、「マークX」ということですが、いずれはトヨタ全車種にGRが用意されることになるんでしょうか?
ヴィッツはGRとGRスポーツの両方、ほかの車種はGRスポーツのみでスタートします。「プリウスα」と「アクア」のGRスポーツ、「86」のGRが続いて、2018年春にはヴィッツのGRMNが発売される予定になっています。どこまで車種を広げるかについては議論があって、やみくもな拡大がいいのかどうか、例えば「ルーミー」にまで必要かどうかということですね。われわれとしてはGRワールドを広げていきたいと思っていますが、広げ方は工夫しなければならない。GRを生み出して終わりではなく、GRそのものが変わっていくだろうし、変えていくべきなんです。
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「まず自分たちが変わろう!」
GRシリーズには、目的に応じた3つのレベルがある。ボディーとシャシーにファインチューニングを施すGRスポーツ、さらにドライブトレインにも手を入れるGR、専用エンジンが与えられる限定生産のGRMNだ。フロントフェイスには「ファンクショナルマトリックスグリル」、インテリアには“非日常的な華やかさ”を追求したスポーティーなデザインを採用し、シリーズ全体のイメージ統一を図る。
――G'sはどちらかというとヤンキー風味があったように思うんですが、GRは都会的でクール、スマートという方向性に見えます。洗練に向かうのはいいとして、ギラギラしたデザインが好きなお客さんからするともの足りないと思われる可能性があるのでは?
もともとエアロパッケージのようなものがありますから、カニバリ(共食い現象)を起こさないほうがいいと思うんですね。GRはあくまで足まわりにこだわるということで、ストイックな印象になるわけです。ベース車からは価格が上がってしまうので、少し大人方向に振ってもいいのではないか、という議論をしました。
――GRスポーツで裾野を広げていくことが当面の目標になりますか?
数を出していくことが大切なのは間違いありません。ただ、究極の目標は、GRスポーツがなくなることだと思うんですね。ベース車の性能を上げていけば、GRスポーツというグレードは必要なくなります。とてつもない時間がかかるでしょうが、トヨタの真ん中にGRがいてトヨタのブランドイメージを担うようにしたいんです。
――少し前だと、GAZOO Racing Companyのような組織がトヨタの中にできるとは想像もできませんでした。何か変化が起きているんでしょうか?
2年ぐらい前に「トヨタよ、トヨタの作ったその壁を、壊せ。」というGAZOO RacingのCMがありました。もちろん、簡単なことではありません。GAZOO Racing Companyでかけ声にしているのは、「まず自分たちが変わろう!」ということです。トヨタ全体の変化は簡単ではありませんが、まず僕らが変わってハミ出そう。ハミ出したところで、実績を作るんだ。そうすると、だんだん動きがシフトしてオールトヨタがついてきて、うまく2周目に入れたということになると思うんですね。まずは砦(とりで)を建てて、そこに街ができるというのを信じよう。そのためにまずは俺らが変わろう、やってみようぜというのを、内々のスローガンとして心がけています。
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スポーツカーもエコカーも同じ味
久野友義さんは、G's時代から開発を手がけてきた。GRではシリーズ全体を見るとともにヴィッツとハリアーを担当している。G'sとGRの両方を知るエンジニアである。
――GRになって、何が変わったんでしょうか?
GRスポーツは、基本コンセプトがG'sと同じだと言っていいでしょう。お客さまのライフスタイルに合わせたクルマで、走りが楽しくなる。それがGRスポーツの狙いです。足まわりとデザインでアピールします。G'sと同様、乗り心地は悪くなりません。G'sよりもさらにマイルドな乗り心地になっているはずです。
――GRはもう少しハードな設定ですか?
GRはG'sにはなかったジャンルですね。進化版です。名称変更でGRMN、GR、GRスポーツという並びになり、グレード体系が明確になりました。
――スポーツが付いている分、GRスポーツのほうが上位グレードに見えるような気がするんですが……。
レクサスの「F」と「Fスポーツ」の関係と同じです。トヨタグループの中ではつじつまが合っているんです(笑)。全部の車種にGRを設定するのは難しいんですが、GRスポーツは、できればそれぞれのカテゴリーにひとつは入れたいと考えています。ブランドを確立するには、人々の目に触れることが大切です。街なかで「あ、GRだ!」と指をさされるようになりたいですね。
――スポーツカーの86もあれば、エコカーのプリウスPHVもラインナップされています。どうやって統一感を出すんでしょう?
全体を通して、凄腕技能養成部チーフエキスパートの江藤正人がチェックしています。G'sの時と同じですね。クルマのジャンルや駆動方式に関わらず、同じテイストになるように仕上げていきます。ステアリングを動かした時の味などは、確実に統一されていますよ。
――これからどんどんラインナップを充実させていくわけですか?
いやいや、まだまだ駆け出しですから。開発の組織をしっかりさせていくところから始めなければいけません。ただ、G'sよりもずっといい環境にはなりましたよ。小さな所帯ですけれど、シリーズのレベルアップを図っていけば、トヨタ車の底上げができると思っています。
(インタビューとまとめ=鈴木真人/写真=小河原認、webCG、トヨタ自動車/編集=関 顕也)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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