オイルショックでブームが終わる

スーパーカーの起源ともされる「ランボルギーニ・ミウラ」のデビューは、1966年である。特異なヘッドランプデザインや流麗なスタイルが、スペシャルな存在であることの証しだった。古いのでスペック的には劣るが、このマシンは別格とされている。正式には1台しかつくられていない派生型の「イオタ」などは、ほとんど神話の世界のクルマのように思われていた。この魅力的なマシンに刺激され、フェラーリやマセラティなどがスーパーカーをこぞって開発していったのである。

その後、1973年のオイルショックで、高価なスーパーカーは厳しい環境に置かれることになる。世界的に景気が後退し、販売台数が激減。さらに排ガス規制が厳しくなり、それに対応するためにエンジンの大幅なパワーダウンが余儀なくされた。日本でブームが始まったとき、すでにスーパーカーにとっては試練の時代が始まっていたのである。

かつてのスーパーカーのスペックは、現在では夢のものではなくなった。フェラーリやランボルギーニ、ポルシェなどは、ごく当たり前に額面通り300km/hで走行できるクルマを販売しており、ブガッティに至っては、最高速度415km/hのモデルまで用意している。日本でも2010年にV10エンジンを搭載する「レクサスLFA」が登場した。今も「日産GT-R」や「ホンダNSX」など、世界のトップレベルに肩を並べるモデルが存在する。

それでも、1970年代のスーパーカーは、今も特別な輝きを放っている。それは、クルマの青春時代にしか現れない、奇跡のような幸福の時間だったのである。

(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)

世界初のスーパーカーとされる「ランボルギーニ・ミウラ」のデビューは1966年。欧米におけるスーパーカーブームの始まりは、日本より10年ほど早く、1970年代中盤には早くも下火になりつつあった。
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「ミウラ」に搭載される3.9リッターV12エンジン。1965年のトリノショーでミドシップのベアシャシーが発表されたとき、人々は「ランボルギーニもついにレースに参戦するのでは」とうわさしたという。
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デビュー当時、ランボルギーニは「ミウラ」の最高速を265km/hと公称していた。今日では、これより高性能なモデルも少なくはないが、それでも往年のスーパーカーが輝きを失うことはない。
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