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第921回:パワーユニット変更に翻弄されたクルマたち ――新型「フィアット500ハイブリッド」登場を機に

2025.07.31 マッキナ あらモーダ! 大矢 アキオ
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エンジン搭載の「フィアット500」が復活

フィアットは2025年7月4日、新型「フィアット500ハイブリッド」の生産を同年11月からトリノ市のミラフィオーリ工場で正式に開始すると発表した。12月末までの生産台数は5000台を予定している。

新型500ハイブリッドは、2020年に発売された電気自動車(BEV)「500e」のプラットフォームを大幅に設計変更し、先代500の1リッター3気筒エンジン「ファイアフライ」(70HP)+12Vマイルドハイブリッドを搭載したものだ。組み合わされる変速機は6段マニュアルのみ。ボディータイプは500eと同様に、3ドア、助手席側にリアヒンジドアをもつ3+1、オープントップの3種が用意される。価格はベースモデルが約1万7000ユーロ(約299万円)から。

フィアットは量産試作車の生産をすでに2025年5月に開始しており、フル稼働時には年産約10万台を計画している。11月の販売開始にあたっては、特別仕様車「500トリノ」を発表する予定だ。

これにちなんで今回は、もともと別のパワーユニットのために計画されていたものの、途中でそれが載せ替えられた例を、自動車史のなかから拾ってみた。

新型「フィアット500ハイブリッド」の量産試作車。ステランティス・ミラフィオーリ工場にて。BEV版である「500e」との外観上の最大の違いは、「500」ロゴ下のエアインテークである。(photo:Stellantis)
新型「フィアット500ハイブリッド」の量産試作車。ステランティス・ミラフィオーリ工場にて。BEV版である「500e」との外観上の最大の違いは、「500」ロゴ下のエアインテークである。(photo:Stellantis)拡大
マイルドハイブリッド化に伴い、プラットフォームはエンジンマウント、サスペンションの受け部変更に加え、エキゾーストパイプ追加への対応など大幅に手が加えられた。従来型の「500ハイブリッド」と比較して重量は80kg増加している。(photo:Stellantis)
マイルドハイブリッド化に伴い、プラットフォームはエンジンマウント、サスペンションの受け部変更に加え、エキゾーストパイプ追加への対応など大幅に手が加えられた。従来型の「500ハイブリッド」と比較して重量は80kg増加している。(photo:Stellantis)拡大
新型「500ハイブリッド」のダッシュボード。変速機は6段マニュアルトランスミッションのみ。(photo:Stellantis)
新型「500ハイブリッド」のダッシュボード。変速機は6段マニュアルトランスミッションのみ。(photo:Stellantis)拡大
オープントップ版である「500Cハイブリッド」の量産試作車。生産ラインにはロボットが積極的に導入されている。(photo:Stellantis)
オープントップ版である「500Cハイブリッド」の量産試作車。生産ラインにはロボットが積極的に導入されている。(photo:Stellantis)拡大

蒸気自動車から「日産シルビア」まで

車体はほぼそのままにパワーユニットを載せ替えた例のはじまりは何か? といえば、それはガソリン自動車前夜の蒸気自動車である。車体には馬車の製造技術が用いられていた。トリノのヴィルジーニオ・ボルディーノが1854年に製作した蒸気自動車からも、それはうかがえる。

蒸気自動車は重いボイラーを搭載する必要があったが、それに続くガソリン自動車はパワーユニットが小さかったため、より馬車の製造技術を容易に転用できたと筆者は考える。乱暴な言い方をすれば、馬との連結装置を取り払い、まさに自動車の異名である“馬なし馬車”をつくるだけでよかったのである。

第2次世界大戦中に世界各地で見られた、薪(まき)でガスを発生させて走る代燃車も、パワーユニットだけ載せ替えた例としてよいだろう。

いっぽう第2次大戦後にそれが頻繁に行われたのは、ロータリーエンジンがきっかけだった。レシプロエンジン車にロータリーを搭載した例は、マツダや(商業的には不成功に終わったが)シトロエンがあるが今回は詳説しない。

逆にロータリーエンジンから誕生したレシプロエンジンモデルもあった。1971年「フォルクスワーゲン(VW)K70」だ。VWに経営統合される直前のNSU社が、1968年発表の2ローターエンジン車「Ro80」をベースに開発した水冷4気筒モデルだった。

日本では1975年の2代目「日産シルビア」もしかり。当初はロータリー車として開発されたが、1973年の石油危機を機に、より燃費が良好なレシプロエンジンに計画が変更された末での製品だった。

ちなみに筆者は歴史的評価とは対照的に、VW K70や2代目シルビアに長年深い親近感を抱いている。シルビアに至っては、少年時代にプラスチックモデルを組み立てたほどだった。月並みなパワーユニットが載せられていても、デザインには、かつて見た夢がどこか漂っているからである。

1854年ボルディーノ蒸気自動車。車体は明らかに馬車の技術を転用しているのがわかる。トリノ自動車博物館(MAUTO)蔵。
1854年ボルディーノ蒸気自動車。車体は明らかに馬車の技術を転用しているのがわかる。トリノ自動車博物館(MAUTO)蔵。拡大
メルセデス・ベンツ博物館に展示されている、1886年のダイムラーの四輪車(レプリカ)。こちらも車体自体は馬車から発展していない。
メルセデス・ベンツ博物館に展示されている、1886年のダイムラーの四輪車(レプリカ)。こちらも車体自体は馬車から発展していない。拡大
1970年「NSU Ro80」。ロータリーエンジン専用車として開発されたが、信頼性の問題から商業的には成功をみなかった。MAUTO蔵。
1970年「NSU Ro80」。ロータリーエンジン専用車として開発されたが、信頼性の問題から商業的には成功をみなかった。MAUTO蔵。拡大
「フォルクスワーゲンK70」は、VWに経営統合される前のNSUによって、「Ro80」のレシプロ版として開発された。
「フォルクスワーゲンK70」は、VWに経営統合される前のNSUによって、「Ro80」のレシプロ版として開発された。拡大
「フォルクスワーゲンK70」。2005年イタリア・ヴィテルボで撮影。
「フォルクスワーゲンK70」。2005年イタリア・ヴィテルボで撮影。拡大
2代目「日産シルビア」は、当初ロータリーエンジン車として開発された。(photo:日産自動車)
2代目「日産シルビア」は、当初ロータリーエンジン車として開発された。(photo:日産自動車)拡大
2代目「日産シルビア」。ロータリーエンジンをエンジンルームに迎えるにふさわしい、未来感あふれるデザインだった。(photo:日産自動車)
2代目「日産シルビア」。ロータリーエンジンをエンジンルームに迎えるにふさわしい、未来感あふれるデザインだった。(photo:日産自動車)拡大
2代目「日産シルビア」のダッシュボード。「シトロエンSM」の影響が見られるが、造形的にはシルビアの後継モデルよりも美しい。(photo:日産自動車)
2代目「日産シルビア」のダッシュボード。「シトロエンSM」の影響が見られるが、造形的にはシルビアの後継モデルよりも美しい。(photo:日産自動車)拡大

“逆行”の成功なるか?

冒頭のフィアット500に話を戻そう。マイルドハイブリッド仕様の追加といえばそれまでだが、BEVから内燃機関へばかりか、変速機もATからマニュアル一本へと、かなり大胆な路線転換だ。とくに後者は、ヨーロッパ新車販売におけるマニュアル車の割合が2023年前期で32%にまで減少しているなかで(データ出典:JATOダイナミクス)逆張りといってもよい。

イタリアの販売店への供給開始は、2025年12月が予定されている。そのスケジュールに関して、筆者が知る販売店関係者たちは、いずれも憂鬱(ゆううつ)な表情を浮かべた。先代500は欧州の新安全基準に不適合であるため、すでに販売を終了。2024年に発表された「グランデパンダ」もデリバリーが予定より遅れているためだ。目下、彼らにとって着実に売れるのは、グランデパンダ登場を機に“パンディーナ”のニックネームが与えられた3代目「パンダ」(参照)のみである。そうしたなか、新型500ハイブリッドの一日も早い市場投入を願うばかりなのだ。

イタリアの自動車ウェブサイト上では、「内燃機関版を待っていた」という歓迎の声とともに、「もう少し早く出していればよかったのに」といったネガティブな投稿も見られる。

筆者はといえば、勝算が皆無とは考えていない。なぜなら、このかいわいでは当初の評価と結果が異なる例があるからだ。2007年に先代500がデビューしたとき、イタリアではフィアットが経営再建中で、既存商品のラインナップに魅力が乏しかったことも影響し、「(1957年の)ヌオーヴァ500とは別物だ」といった後ろ向きな意見が少なからず聞かれた。

ところがヌオーヴァ500の現役時代も、フィアットの経営危機も知らない若い世代が免許を取得し始めると、先代500は彼らから「クール」ととらえられた。そして最終的に17年にもおよぶロングセラーとなった。日本ではその間に「ダイハツ・タント」が2代目から4代目までモデルチェンジしているのを思えば、いかに長寿だったかがおわかりいただけるだろう。ついでにいえば、2023年アルジェリアに開所したステランティス工場で500は継続生産されている。

そうした先代500のレガシーがうまく作用すれば、大手メーカーによる「ボディーはそのまま・BEVから内燃機関車へ」の成功例として歴史に残るかもしれない。

(文=大矢アキオ ロレンツォ<Akio Lorenzo OYA>/写真=大矢麻里<Mari OYA>、Akio Lorenzo OYA、ステランティス、日産自動車/編集=堀田剛資)

シエナ県のフィアット販売店にて。“パンディーナ”こと3代目「パンダ」と「グランデパンダ」。
シエナ県のフィアット販売店にて。“パンディーナ”こと3代目「パンダ」と「グランデパンダ」。拡大
大矢 アキオ

大矢 アキオ

Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。

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