第615回:外国人(ほぼ)お断り!?
これがイタリア国内の最新EV事情
2019.08.02
マッキナ あらモーダ!
EVユーザーの観光客増加中
いよいよ8月。イタリアは観光シーズンが最高潮に達する。イタリアにやってくる観光客の1位はドイツの14.1%で、以下フランス、イギリス、米国と続く(イタリア中央統計局2018年11月発表)。
近年はロシアからの来訪者も多く、2017年には前年比で26%も増加している。商店ではロシア語の表示を頻繁に見るようになった。飲食施設には、ロシア人またはロシア語を解するウクライナ人従業員が増えた。知人のイタリア人観光ガイド、パオロ氏は70代だが、少し前からロシア語の習得に励んでいる。
筆者の周囲でもロシアナンバーのクルマを見かけるようになった。ユーロ圏のナンバーのデザインや書体ではないので、即座に判別できる。
仮に出発地をモスクワとして計算すると、筆者が住むシエナまでは2800km。よくドライブしてくるものだ、と感心してしまう。ロシアナンバーの多くが「トヨタ・ランドクルーザー」であるのも面白い。
外国からのクルマといえば、近年は国境を越えて電気自動車(EV)で訪れる外国人も、以前より見かけるようになった。
ただし、「イタリアでは外国人観光客はもちろん、イタリア人でもEVに乗るのは、つらいよ」というのが今回のお話である。
ジャガーIペース撃沈
まずは、ヨーロッパにおけるEVの普及具合を数字で見ておこう。適切と思われるのは、国際的自動車リース企業「リースプラン社」が2019年1月、ダボス会議を機会に発表したデータだ。ヨーロッパ22カ国を対象に、EVおよびプラグインハイブリッド車(PHEV)に関し、「市場」「充電設備」「購入補助金」そして「国民の使用経験」の4項目を調査し、指数化したものである。
それによると、“EV先進国”のトップはノルウェー、以下オランダ、スウェーデン、オーストリアと続く。ドイツは6位、フランスは12位だ。
そしてイタリアはというと17位である。それ以下はすべて東欧諸国とギリシアだ。EV先進国というには、一層の努力を要する。そのような状況を象徴する光景を、目の当たりにした。
それは先日、シエナのコープ(生協)に赴いたときのことだ。
気がつけば地下駐車場の一角に、最新型EV急速充電スポットが設置されていた。地元のコープが2019年から設置を拡充しているものだ。
イタリア中部においてコープは、民間スーパーに匹敵する規模のスーパーマーケットチェーンである。EVユーザーはチャージ中、買い物を楽しんで待てるわけか。そのように楽観的なことを筆者は考えた。
やがて、そこに「ジャガーIペース」がやってきた。オランダ登録であることを示す黄色いナンバープレートが付いている。
ところがそうスマートにはいかなかった。最初の難関は「駐車スペースに車体が入らない」ことだった。切り返しを繰り返すこと約5分。ようやく、Iペースは所定の位置におさまった。
次の試練は「降車」だった。充電器を接触から守るガードパイプに阻まれて、ドアが開かないことに気がついた。どうするのか筆者が観察していると、オーナー氏は、ちょっと斜めに駐車し直し、やっとのことで車から脱出した。
苦難は続いた。今度は斜め止めした自車の車体側部に阻まれ、左フロントフェンダーにある充電ポートに充電コネクターをなかなか差し込めない。
ようやく差し込んで、次は充電器の操作パネルに掛かった。そして財布からクレジットカードらしきものを出して、いろいろと試みているが、これまた難航していた。
操作パネルと格闘すること10分ほどだっただろうか。オランダナンバーのIペースオーナーは充電を諦めて消えていった。
次では、ここまでの問題をおさらいしてみよう。
優しくない駐車スペース
ひとつは、「イタリアの駐車スペースの狭さ」である。
類似する充電器付き駐車場で筆者が地面を這(は)い回って実測したところ、一台分の幅は約2200mmである。Iペースの全幅は1895mm。真っすぐに止めた場合、空きは305mmしかない。助手席の乗員を考えれば、左右各152mmちょっとしか余地がなくなる計算だ。当然ドア厚があるから、実際はさらに狭まる。読者の皆さんも手元の物差しで確認してみるとよいが、10cm前後しかないところでドアを開けて乗降するのは不可能である。
この光景を、あるイタリア人の初代「日産リーフ」オーナーに話すと、「でも『アウディe-tron』や『テスラ・モデルS』でなくてよかったな」と笑った。たしかにe-tronの全幅は1930mm、モデルSに至っては1950mmもある。イタリアで快適な乗降からは程遠い。さらに、一般的な駐車スペースの全長からするとモデルSは、20cm近くもはみ出すことになる。
加えて、急速充電器を守るためのガードパイプが車両駐車スペースに張り出して設置されているので、さらに狭い。
試しにIペースが消えたあと、わが家の全幅1700mmちょっとの小型車を止めてみた。助手席の女房を下ろそうと右側を開けると、ポールに阻まれ筆者が降りられなかった。加えて、概してイタリアの駐車場は、切り返すための通路も狭い。
その後にやってきた「テスラ・モデル3」(全長×全幅=4690×1850mm)のオーナーも、やはり苦戦していた。
現行売れ筋EVのディメンションに、イタリアの多くの充電スペースは“優しくない”のである。
猫が昼寝するEV駐車場
2つ目の問題は「決済」である。コープに設置された急速充電器は、イタリアの旧電力公社系の関連企業「エネルX」によるものだ。
この設備は、「ジュースパス」と呼ばれるスマートフォンアプリ、もしくは従来型普通充電器の契約者が所有する専用カードをかざすことで充電が開始される。アプリは誰でもダウンロード可能で、決済用クレジットカードを登録する仕組みだ。
しかし、機器本体およびディスプレイの初期画面の言語は、基本的にイタリア語である。画面に表示される“カードをかざすイラスト”も混乱を生じさせる。あたかもクレジット/デビットカードの直接タッチで決済できるかのように、見誤らせてしまう。
当日現場で筆者は自車を離れることができない状況にあったので以下は推測であるが、Iペースのオーナー氏も、手持ちのクレジットもしくはデビットカードをかざしたものの機器が反応せず、諦めたのだろう。
前ページの事例と別に3つ目の問題を記すなら、充電設備の定期メンテナンス不足も指摘しなければならない。
シエナ市では2014年12月以来、公共駐車場に普通充電器の設置を進めてきた。あれから3年半。その数は36基まで増えた。しかし、本稿執筆時点でエネルXのリアルタイム地図を確認すると、14基が「メンテナンス中」になっている。つまり3分の1以上が「使えない」状態なのだ。
本当かどうか、「メンテナンス中」が表示されている充電器までクルマで駆けつけてみた。たしかに作動していない。液晶表示は経年変化で劣化し、ほぼ判読不能である。「メンテナンス中」というよりも、明らかに故障だ。
そのEV駐車場は4台が駐車可能であるが、代わりに内燃機関車が2台も駐車してあった。ついでに、写真のように猫も昼寝をしていた。
このような状況になる背景には何があるのか。前述の初代日産リーフのオーナーで、EV環境を考える会議も主宰するローマ在住イタリア人に話を聞くことにした。
「故障放置」が多い理由
彼の会議は2019年6月、エネルXの責任者と懇談会を実現していた。その席で彼もメンテナンス問題に触れた。
エネルX側の返答によると、「大半の充電器は、自治体による買い取り」である。つまり、その後の有料メンテナンスを定期的に実施するかどうかは、自治体の判断にかかっているのだ。イタリア自治体の多くが緊縮財政を強いられている昨今、EVユーザーが少なく苦情が少ない現時点で、充電設備をわざわざ直さないことは容易に想像できる。
代わりに、エネルX自社所有の充電器はほぼ100%稼働しており、故障の場合も大半が36時間以内に復旧しているという。
加えて、さらなるイタリア独特の問題もある。
イタリアで、EVやPHEVをラインナップにそろえる日系ブランドの販売店は、充電器を設置しているところが少なくない。
しかし日曜・祝日休業であるうえ、平日も昼休みをとる。その間、防犯上ゲートは閉じられてしまうので、EVユーザーは充電することができない。さらに販売店の大半は殺伐とした郊外に立地している。前述の生協と違い、充電中はまったくもって手持ち無沙汰なのだ。
こうしたことから、外国人観光客だけでなく、目下のところイタリア人にとってもEV使用環境は、決して快適とはいえないのである。
ニックネームはいかが?
参考までに、日本の販売店における充電器のメンテナンス状況は、どうなのか。2018年まで初代日産リーフを所有していた日本人オーナーの談話を聞くことができた。
氏によれば、「日産販売店の充電器が2カ月以上故障放置されていたことがあり、それがリーフを手放す理由のひとつになった」と振り返る。ただし、その販売店は立地が良く、多くのリーフユーザーが使用していたので稼働率が高く、故障が多かったのではないか、と彼は同情的な見解も示している。
充電器のメンテナンスは、イタリアの自治体にとっても日産販売店にとっても課題であるとみた。
氏の場合、電池の劣化による航続距離減少にも困惑したのも、リーフを手放すきっかけになったという。しかし本人の弁によれば「電動の快適さを知ってしまったからにはもう野蛮なエンジン車には戻れない」とのこと。結局2018年6月から「トヨタ・プリウスPHV」に乗り換えたのだそう。
筆者自身はといえば、いまだ内燃機関車ユーザーであるが、そのようなEVの快適性を聞くにおよび、最近は給油所で車列に並び、順番が来たら油臭い給油ノズルを握り、最後の一滴を靴に垂らさないようにしながらポンプをノズルに戻す、という作業がさらに面倒くさくなった。早くこの作業から解放されたいのだが、EVがデカく値段が高く、充電器がまともに動かない現在は、なかなか実現できない。
最後に再びエネルXのアプリ「ジュースパス」を開き、わが街の充電器使用状況を確認する。「使用中」を示す赤いサインは、ひとつも点灯していない。
話は飛ぶが、第540回で記したように、近ごろはイタリアでもネット通販業者アマゾンが「アマゾンロッカー」を拡充させている。各ロッカーには「ミト」「パオリーナ」といった固有の名前が割り振られている。
思えば日本の工場では1970年代末の産業用ロボット導入黎明(れいめい)期に、各機に「モモエ」「ジュンコ」といった愛称をつけて現場従業員が大切にしてきた。
イタリアのEV用充電器も「ソフィア」とか「モニカ」とか1台1台にニックネームを明記すれば、もう少し自治体に大切にされるのではないか、などと考える今日このごろである。
(文と写真=大矢アキオ<Akio Lorenzo OYA>/編集=櫻井健一)

大矢 アキオ
Akio Lorenzo OYA 在イタリアジャーナリスト/コラムニスト。日本の音大でバイオリンを専攻、大学院で芸術学、イタリアの大学院で文化史を修める。日本を代表するイタリア文化コメンテーターとしてシエナに在住。NHKのイタリア語およびフランス語テキストや、デザイン誌等で執筆活動を展開。NHK『ラジオ深夜便』では、24年間にわたってリポーターを務めている。『ザ・スピリット・オブ・ランボルギーニ』(光人社)、『メトロとトランでパリめぐり』(コスミック出版)など著書・訳書多数。近著は『シトロエン2CV、DSを手掛けた自動車デザイナー ベルトーニのデザイン活動の軌跡』(三樹書房)。イタリア自動車歴史協会会員。
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