日産フェアレディZバージョンST(FR/6MT)
楽しいが一番 2022.11.30 試乗記 日産伝統のスポーツカー「フェアレディZ」の、6段MT仕様に試乗。7代目となる新型は「ダンスパートナー」というコンセプトを本当に体現したクルマに仕上がっているのか? 400PSオーバーのハイパワーマシンをスティックシフトで駆る喜びとともに報告する。道行く人が振り返る
新型フェアレディZ(以下、Z)の人気はなかなかすごい。Zを取り上げたネット記事のページビューは軒並み好調だそうだし、2022年1月中旬に日本仕様が初公開、同年4月25日に価格発表されたかと思ったら、7月31日には受注を一時停止する事態におちいった。今のところ受注再開のメドは立っていない。
路上での注目度もマジで高い。今回の試乗中も、駐車するたびに声をかけられた。さらに東名高速を走っていて、いわゆる旧車會系のライダー(といっても、単独できっちりとしたマナーで走っておられた)にサムアップされたときは、さすがに笑ってしまった。仕事がら、発売ほやほやの新型車に乗って指をさされたり、カメラを向けられたりした経験はあるが、親指を立てられたのは初めてだった。
新型Zに向けられる視線は、一部の高級スーパーカーなどに対する皮肉がちょっとこもったそれとは明らかにちがう。みなさんが素直な笑顔で、その存在を歓迎しているのが肌で分かる。それぞれの年代がなにかしら思い出をもつ歴史があり、豪快かつフレンドリーなZの存在感というのは、やはり希有である。
新型Zの新機軸のひとつは9段となった新開発ATだが、今回の試乗車は“この時代によくぞ残してくれた!”の6段MTである。これまでより100N・m以上も上乗せされた475N・mの大トルクエンジンにMTという組み合わせそのものが希少種で、これを超えるトルクのMT車は世界にも数えるほどだ。しかも、Zのように、ギアボックスに剛結されたシフトレバーでダイレクトに操る伝統的FRレイアウトとなると、「トヨタGRスープラ」か、それと血統を同じくする「BMW M4クーペ」(ドイツ本国には「M3」の6段MTも残っているようだ)くらいしか即座には思い当たらない。
あと、「ポルシェ911」や「アストンマーティン・ヴァンテージ」にもMTはあるが、これらは変速機自体はリアにあって、よくも悪くも長いワイヤーで遠隔操作するタイプだ。
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スポーツカーのキモを押さえた改良・改善
すでにさんざん語られているとおり、新型Zは、目に見える部分の大半は新デザインで、エンジンもまったく新しいものの、基本骨格設計そのものは従来モデルからのキャリーオーバーだ。フラッシュサーフェス化されて走行中の揚力を低減したというドアハンドルも見た目は新しいが、後ろ側から手を差し込む縦型という基本構造は、従来と変わっていない。
インテリアもメーターとセンターに大型12.3インチカラー液晶を2枚も使って、質感はそれなりに上がっている。しかし、両サイドの空調アウトレット、ドアインナーハンドル、ペダル、VDCスイッチ、助手席足もとにある12V電源など、すぐに指摘できる先代からの流用部品も少なくない。シートも表皮以外は先代からの流用。座面高調整も昔ながらのダイヤル式で、そもそも調整幅が非常にせまいところに設計の古さがうかがえる。
いっぽうで、ステアリングにテレスコピック調整機構が追加されたのは“大”の字をつけたい朗報だ。シート座面角などにまだ不満は残るものの、まずまず適切なドラポジが得られるようになったのは、とくにスポーツカーにとっては重大事である。さらにメーターの視認性を確保するためにイビツな形状になっていたステアリングホイールも今回は新設計。一般的な円形に近いタイプになり、リムの握りも太すぎず、繊細な操作がしやすくなったのは実のある改良といっていい。
1000万円以下のスポーツカーで事業性を確保することじたいが、今の時代では至難のワザだ。この新型Zにも、そうした“コストは1円……はおろか10銭でも安く”という涙ぐましい努力のあとがそこかしこに見て取れる。と同時に、ステアリングホイールやドラポジのようなスポーツカーのキモをきっちり押さえてくるところからは、開発陣の好事家ぶりが伝わってきてうれしい。
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400PS級のターボエンジンをMTで操る
従来の可変バルブリフト付き3.7リッターV6自然吸気エンジンとはまったく別物の3リッターV6ツインターボエンジンは、基本的には「スカイライン400R」のそれと共通だ。405PS、475N・mという最高出力、最大トルクのピーク性能値も同じだが、「ダンスパートナー」という新型Zのコンセプトに合わせて、加減速レスポンスが引き上げられているとか。最大トルクの発生回転数も400Rより少し幅広い。
Z伝統の3連メーターのひとつには、ターボチャージャー回転計というまったく新しい情報も加わっている。「チューニングなどに活用してほしい」と開発陣は語るが、これはそもそも、このエンジンがターボの回転数も検知してレスポンスを制御しているから、こうして表示もできるということだ。
そんなV6ツインターボは、とにかく素直に気持ちよくパワフルだ。最新ターボらしく低回転でも力強いが、4000rpmくらいからレスポンスがいよいよ本格化して、5000rpm前後からは「アクティブサウンドコントロール」にも助けられた心地よいサウンドとともに、鋭さを増しながらトルクも積み上げる。さらに6000rpm以上のレスポンスは突き抜けるがごとし。7000rpmのカットオフにいたるまでの過程は、従来の3.7リッター自然吸気よりはるかにドラマチックで、そして滑らかだ。
6段MTも本体はこれまでと変わりないが、より“吸い込まれるような”シフトフィールに改良されているという。なるほど、シフトレバーにはこれまでどおりゴリッとしたFR車のそれらしい剛性感は残るが、引っかかるような感触はない。ただ、激しい加減速や高速コーナーなどでは、レバーがパワートレインごと引っ張られて、シフトが入りにくくなってしまう瞬間があるのは伝統的FRレイアウトの宿命といってもいい。トルクが大幅に増大して旋回スピードが上がった新型Zでは、そのクセはさらに強くなっている。
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過去の反省を生かしたフットワーク
2008年に発売された従来型(Z34)は、そもそも“安定はしているが曲がらない”という前身モデル(Z33)への評価を覆すべく、プラットフォームの基本設計はそのままにショートホイールベース化して、車体剛性もぎりぎりまで引き上げた。すなわち、コーナリング性能を徹底追求したZでもあった。ただ、そのぶん筆者のようなアマチュアドライバーがオイタしようとすると、それなりの緊張感があるクルマになってしまっていた。それは新型Zの開発陣も認めるところだ。
そこで、今回はハイパワーFRらしい「どこかヤバイ」という感覚は残しつつも、「スキール音が出てからも、ギクシャクせずフトコロが深い」ハンドリングと、運転の技量を問わずに安心できる“接地感”の醸成を目指したとか。そのための方策は車体剛性の徹底した強化に加えて、タイヤ(銘柄が変更されたほか、前輪幅も拡大)、ブッシュ、バネ、ダンパーにいたるまでのシャシーの全面的な見直しである。いっぽうでサスアーム類やジオメトリーはほぼキャリーオーバーだが、フロントキャスターのみ増大させた。それは直進性、ステアリングの据わり、路面からの入力に対するストローク感を確保するのがねらいだという。
……といった説明を聞いてから新型Zに乗ると、その乗り味はなるほどふに落ちる。乗り心地は確実に滑らかになり、フラット感が増した。わだちや路面のうねりに対する安定感やステアリングの据わりも明らかに高まっている。これだけのばか力をもつFRゆえに無理は禁物だが、リアタイヤのグリップ感がこれまでよりはっきり鮮明に伝わってくるので、自信をもってアクセル操作できるようになった。また、そもそもクルマを前に押し出すトラクションも、明らかに向上している。
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新しければいいというものではない
とはいえ、Zの基本骨格=プラットフォームは、この新型でも2002年に発売されたZ33から連綿と改良されてきたものでもある。細かい凹凸にも盛大に揺すられたり、大きな路面変化にはどうしても敏感になってしまったりと、そこかしこに古典的な味わいが残るのも事実ではある。このクルマを最新鋭のFRスポーツカーだと思って乗ると、かなりの肩透かしを食らってしまうだろう。
ただ、ダンスパートナーのコンセプトそのままに、とにかく積極的に荷重移動させてクルマを振り回すと、これほど留飲の下がるFRスポーツカーもない。なお、この引き締まったフットワークに明確なカツを入れるには、エンジンは4000rpm以上をキープするのがコツ。それ以下だと荷重移動がマイルドになりすぎるし、またトラクションもかからず姿勢も安定しない。つまり、新型Zはあまり楽しそうに踊ってくれないのだ。
新型Zの6段MTは現代のクルマらしくハイギアードで、たとえば2速でも6400rpmで100km/hに達してしまう。おいしい領域の4000rpmまで回すと、すでに60km/h。公道で積極的に振り回して楽しむのに、現実的に使えるのは1~2速までだ。もっとも、Zには優秀な「シンクロレブコントロール」が備わるので、1速へも気兼ねなくたたき込める。
ただ、一般公道で、変速も含めた運転の喜びや一体感を味わいたいなら、9段ATのほうが好適かもしれない。こちらなら同じシチュエーションで3速まで使えるからだ。このあたり、今後の受注再開時、あるいは数年後の中古選びの際には参考にしていただきたい。
新型Zについては「フルモデルチェンジか、ビッグマイナーチェンジか?」という論争もあるが、エンジンと9段AT以外は、走らせるとZ34型の熟成改良版というほかない。つまり、乗り味はビッグマイナー感が強い。しかし、「ケータハム・セブン」の例を出すまでもなく、魅力的なスポーツカーとは必ずしも新しくある必要はない。新型Zはとにかくアクセルをオンオフして振り回せばすこぶる楽しいし、みんなを笑顔にするキャラクターは貴重というほかない。
(文=佐野弘宗/写真=向後一宏/編集=堀田剛資)
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テスト車のデータ
日産フェアレディZバージョンST
ボディーサイズ:全長×全幅×全高=4380×1845×1315mm
ホイールベース:2550mm
車重:1590kg
駆動方式:FR
エンジン:3リッターV6 DOHC 24バルブ ターボ
トランスミッション:6段MT
最高出力:405PS(298kW)/6400rpm
最大トルク:475N・m(48.4kgf・m)/1600-5600rpm
タイヤ:(前)255/40R19 96W/(後)275/35R19 96W(ブリヂストン・ポテンザS007)
燃費:9.5km/リッター(WLTCモード)
価格:646万2500円/テスト車=669万7035円
オプション装備:ボディーカラー<イカヅチイエロー/スーパーブラック2トーン>(8万8000円) ※以下、販売店オプション オリジナルドライブレコーダー<フロント+リア、DH5-S>(8万4800円)/ウィンドウはっ水12カ月<フロントウィンドウ1面+フロントドアガラス2面 はっ水処理>(1万1935円)/フロアカーペット<ラグジュアリー、消臭機能付き>(4万9800円)
テスト車の年式:2022年型
テスト開始時の走行距離:4177km
テスト形態:ロードインプレッション
走行状態:市街地(6)/高速道路(2)/山岳路(2)
テスト距離:628.8km
使用燃料:73.9リッター(ハイオクガソリン)
参考燃費:8.5km/リッター(満タン法)/8.5km/リッター(車載燃費計計測値)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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