第732回:新型「ホンダ・シビック タイプR」はこうして生まれる! 埼玉・寄居工場のヒミツに迫る
2022.11.28 エディターから一言 拡大 |
新型「ホンダ・シビック タイプR」が生産される、本田技研工業の埼玉・寄居工場。“タイプR”の名にふさわしい高性能と現実的な価格設定を実現する、生産技術のヒミツとは? ホンダが世界に誇る、ものづくりの地力に迫った。
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他の拠点とはちょっと違う寄居工場の役割
先日、話題の新型シビック タイプRを生産している「本田技研工業・埼玉製作所」を取材する機会を得た。取材をアレンジしてくれたホンダ広報部によると、「新型シビック タイプRは高い生産技術により、スポーツカーとして求められる品質を量産ラインで実現しているので、その理由(の一端)を見てほしい」とのことだった。
ちなみに、現在四輪車を生産しているホンダの国内拠点は、その埼玉製作所と鈴鹿製作所の2つ。今回の埼玉製作所ではタイプRを含むシビックをはじめ、「ステップワゴン」「フリード」「ホンダe」が、鈴鹿製作所では「フィット」と「ヴェゼル」、そして軽自動車の「Nシリーズ」が生産されている。
埼玉製作所といっても、現在は大きく3つの工場で構成される。メインとなる最終組み立てラインが置かれるのは“完成車工場(寄居町)”で、そこから直線距離で2kmほど離れた場所に“エンジン工場(小川町)”、そして同じく30kmほど離れた場所に“狭山工場”が位置する。
このうち狭山工場は、知っている人も多いように、かつて最主力工場だったところだ。シビックや「アコード」「オデッセイ」「レジェンド」などを生産していたが、2021年をもって完成車生産機能をすべて寄居に集約。現在はプレスや樹脂などの部品を生産しているが、数年後には工場自体が閉鎖される予定である。
一方、狭山の機能を吸収するかたちとなった寄居には、ホンダの“マザー工場”という役割も与えられており、ここで開発された生産技術が世界のホンダ工場で使われる。敷地内には2020年に完成した「グローバル・マニュファクチャリング・エンジニアリング」(GME)という建屋もあり、最終的に他工場で稼働する予定の生産ラインを、GME内の“マザーライン”で開発・検証してから、実際の工場に移設もしくは再現するという。
実は“お得”な「シビック タイプR」の秘密
さて、シビック タイプRといえば、先代までの3世代にわたって、一貫して英国スウィンドン工場で生産されていた。日本仕様も当然、輸入車だった。しかし、そのスウィンドン工場が2021年7月に閉鎖(参照)されたことで、タイプRはこの新型から、寄居で全数が生産されることとなり、ここから世界に輸出される。
そんな新型シビック タイプRの本体価格は499万7300円。先代タイプRの2017年デビュー時の450万0360円、2020年改良型の475万2000円と比較すると値上がりしているが、ベース車両ともいえるシビック1.5リッターターボ車との差額は、先代のデビュー時で約250万円、マイチェン時で約199万円だったのに対し、新型では約146万円まで縮小しているのだ。
また、正面から競合する「ルノー・メガーヌR.S.トロフィー」の国内価格は今や549万~559万円。メガーヌR.S.の価格が正当なら、新型タイプRの性能や品質を考えると、昨今の記録的な円安うんぬんを差し引いても“安い”というほかない。スーパースポーツカーばりの性能を、これほど手ごろな価格で売れるキモのひとつが寄居……とホンダは主張するわけだ。
そんなホンダが用意してくれた取材のポイントは、車体のプレス工程、同じく溶接工程、組み立て工程、そして検査工程……の4工程における計5ポイントだった。というわけで、ここからは寄居工場でのシビック タイプRの生産工程を追いながら、そこから見て取れる同車の技術特徴を観察してみたい。
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“深絞り”のフェンダーに見る寄居の能力の高さ
まず、新型タイプRの車体で目をひくのは、ノーマルシビック比で90mmワイド化された全幅である。とくにタイプRが使うキングピン独立式ストラット(ホンダでの呼称は「デュアルアクシスストラット」)は、構造上、通常のストラットよりトレッドが広がるので、フロントオーバーフェンダーは必須となる。ただ、フロントフェンダーは一般的にもともと単独パネルのケースが大半なので、タイプRにかぎらず、そこだけを専用部品にしても生産上の手間やコストはさほど変わらない。
しかし、新型シビック タイプRはリアもオーバーフェンダーとなっている。従来の2世代も同じくリアがオーバーフェンダー形状になっていたが、別体の樹脂部品を後付けする構造だった。しかし、寄居で生産される新型タイプRは、スチールパネルをプレス成形した一体型のオーバーフェンダー。しかもリアドアも、そのリアフェンダーと滑らかにつながる専用形状だ。
その新型タイプRのリアフェンダーは、ノーマルより片側で30mmずつ張り出した“深絞り”のパネルになっているのが特徴で、これだけの絞りは寄居でも前例のないものだったという。普通、深絞りはプレス回数を増やして少しずつ成形する手法が一般的だが、それではタイプRのタクトタイムだけが長くなり、生産性が落ちてしまう=生産コストもかさむ。そこで新型タイプRでは、リアフェンダーもノーマルのそれと同じ4回のプレスで、この深絞りを実現した。かといって、そのための特別な新技術や秘密兵器があるわけではなく、金型をはじめ、鉄板を置く位置や角度、プレスのやりかたなどを徹底的に突き詰めて可能にしたものだとか。一体感のあるリアフェンダーは新型タイプRのエクステリアでもハイライトのひとつとなっているが、これも当初から寄居の生産技術を当てにできたからこそのデザインだったわけだ。
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すべてはベース車の高い基本性能があればこそ
プレスされたパネルは完全自動化された溶接工程に送られて、実際のクルマのカタチをした車体になっていく。シビックの車体は先代より、骨格を組み立ててから外板を溶接する「インナーフレーム構造」を採っている。タイプRといっても大がかりな専用補強をしないのは先代からの設計思想だが、それでも先代では、タイプRのみに構造用接着剤を使い、フロアの一部に補強が入っていた。
しかし、新しいシビックは全機種に構造用接着剤が使われており、タイプRだからといって接着距離が延長されているわけでもないという。また、発泡ウレタンによる強化やスポットの増し打ちなども施されない。よって、車体の溶接工程をながめていても、タイプRだけに特別な作業をしている様子はない。逆にいうと、現行シビックがグレードを問わずに走りがいいのは、このようにタイプRと遜色のない車体を使っているからでもある。
ただ、タイプRの車体がノーマルとまったく同じかというとそうでもない。具体的には、北米向けシビックに使われている高強度フレームの一部を、タイプRだけに転用して、剛性をアップさせている。北米向けシビックだけが高強度フレームを使っている理由は、北米の衝突安全基準が他の地域よりちょっと厳しい(というか独特だ)からだ。こうして新型タイプRの車体は、特別な部品や工程=余計なコストを使わずに、必要な剛性を確保する工夫がなされている。
エンジンはオハイオから、変速機は鈴鹿から
冒頭にも書いたように、寄居工場では現在、シビックを含めて4車種がつくられているが、ご想像のとおり、同じラインで複数の車種を製造する「混流生産」となっている。
混流生産は今どきの自動車工場ならどこもやっていることだが、車種や色がランダムに流れているように見える工場も少なくないなか、寄居では車種や車体カラーごとに“ロット”でまとめられて流されているのが印象的だった。聞けば、その日ごとに車種と色の生産計画を決めてから、効率的に生産できるようにロットで流しているという。寄居は自動金型交換が可能なプレス工程や、車体へのサスペンション取り付け工程なども高度に自動化されており、それに合わせた工夫でもあるようだ。
最終組み立てラインでは、内外装部品があらかた組み付けられた後に、いよいよパワートレインが搭載されて、“一人前?”の一台のクルマのカタチになる。自動車工場でもハイライトとなる工程だ。タイプRも含めたシビックでは、パワートレインとフロントサスペンション、ステアリングラックなどは、サブフレームにまとめられたフロントセクションとして、同じくサブフレームにまとめてマウントされたリアセクションともども自動化された機械で合体する。
ここでようやく生産ラインの“本線”に登場するタイプR用2リッターターボエンジン「K20C」は、先代からアメリカ合衆国オハイオ州メアリズビルにある「パフォーマンスマニュファクチャリングセンター」(PMC)で生産されている。対する6段MTは鈴鹿製作所製。北米と鈴鹿からそれぞれ届けられたエンジンと変速機は、埼玉製作所内の小川エンジン工場でドッキングしてから、最終組み立てラインにもちこまれる。
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なんだかんだいっても「タイプR」は特別
そんな最終組み立てラインのかたわらに設けられてるのが、新型タイプRで唯一の“専用ライン”であるフロントサスペンションの組み立て工程である。もっとも、実際はラインというより、選ばれしクラフトマン2人が手作業でコツコツ組み立てる“工房”の雰囲気だ。
デュアルアクシスストラットサスペンションの専用ラインでは現在、基本的に2人ごとの2交代制で、ひとりが左を、もうひとりが右を担当する2人同時進行でタイプRのフロントサスを組み立てている。ネジやナット一本一本の締め付けトルク、ドライブシャフトの圧入トルクや角度などを緻密に管理して、高い精度を保つ。その組み立てにかかるタクトタイムは、一台につき約7分だそうだ。
こうした工程を経て完成したシビック タイプRは、他車と同じく塗装や各部の組み立て品質、可動部の確認、排ガス検査などの厳しいチェックを経て出荷……となるのだが、このクルマにはさらにもうひとつ専用の検査がある。
それは全数の実走行テストだ。今回は撮影がかなわなかったのだが、最終組み立てラインの建屋を出たタイプRは、敷地内にある屋外テストコースに全数がもちこまれて、熟練のテスター=社内呼称「VQマイスター」によって1台ずつ実走行で不具合がないかテストされる。エンジンは一度レブリミットまで回してチェックされ、騒音、直進性、そして左右の操舵特性なども実走で確認される。ホンダの量産車でこうした全数検査をおこなっているのは、現在はシビック タイプRのみだそうだ。「実用車のカタチをしたスポーツカー」といえるシビック タイプRは、特別なようで特別でない、特別でないようで、やはり特別なクルマということか。
(文=佐野弘宗/写真=本田技研工業、webCG/編集=堀田剛資)
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佐野 弘宗
自動車ライター。自動車専門誌の編集を経て独立。新型車の試乗はもちろん、自動車エンジニアや商品企画担当者への取材経験の豊富さにも定評がある。国内外を問わず多様なジャンルのクルマに精通するが、個人的な嗜好は完全にフランス車偏重。
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