第65回:ここがヘンだよ! 日本カー・オブ・ザ・イヤー(前編) ―その投票、真剣に選んでますか?―
2025.04.16 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
1980年から続く、歴史ある「日本カー・オブ・ザ・イヤー(COTY)」。最近はデザインに関する部門賞も設けられているのだが、識者からすると、どうにもそれが釈然としないという。権威ある自動車賞でのデザインの扱いは、本当にこれでいいのか? 真にいいデザインとは何か? 真剣に考えてみた。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
いいデザインとは? いいクルマとは?
webCGほった(以下、ほった):今回は渕野さんの発案で、「デザイン・カー・オブ・ザ・イヤー」についてお話しをしたいと思います。久々ですね、渕野さん発のテーマというのは。
渕野健太郎(以下、渕野):COTYのデザイン部門の表彰について、ちょっと思うところがありまして。
ほった:ほほぅ。ちなみにwebCGはCOTYに加盟してませんので、遠慮なくぶった切ってください。
渕野:いやいや(汗)。そういえば、ほったさんのメールを見たら、今回の議題が「デザイン・カー・オブ・ザ・イヤーを粉砕する!」ってなってたじゃないですか(笑)。そういうつもりじゃないので。
ほった:ありゃあ言葉のアヤ、かわいいジョークですよ。
渕野:そうなんですか、安心しました。……うーん、そうですね。まずはCOTYの話をする前に、「いいデザインってなんだろう?」「いいクルマってなんだろう?」っていう、前提の話をしたいと思います。
伝わるかどうか、ちょっと難しいかもしれませんが、私は「いいクルマは、いいデザイン」だと思ってるんです。それも、単純にカッコよければいいって話ではない。デザインというのは感性的なものだけじゃなく、使いやすさなどの機能性と、テクノロジーなどとのバランスで成り立っているものだと思うので。
清水草一(以下、清水):デザイン(design)って、本当は「設計」って意味だもんね。
渕野:そうです。で、機能とテクノロジーとのバランスの度合いは、メーカーによって異なるわけです。例えばマツダだったら、よりプロポーションを追求しているし、スバルだったら、より機能性を追求している。そういう話なんですね。
ほった:ふむふむ。
渕野:次に“いいクルマ”ってどういうことだろう? ってことを考えてみましょう。COTYなどの賞は、いいクルマを表彰するわけですよね? こうした公の自動車賞では、自分は「他人におすすめできるクルマ」がいいクルマだと思うんです。けっして評価者の好き好きではない。……これが、まず前提の話です。
清水:すいません。自分が選考委員やってたときは、ほぼ好き嫌いで選んでました。
ほった:あらら。
デザインは自動車の大事な要素じゃないの?
渕野:で、ここまでの前提を踏まえてCOTYの話をしていきたいのですが……今回(2024-2025)のCOTYのカー・オブ・ザ・イヤー、要は2024年の“いちばんいいクルマ”は、「ホンダ・フリード」ってことになりましたよね。(参照)
ほった:ですね。
渕野:で、デザイン・カー・オブ・ザ・イヤーは、「三菱トライトン」でした。
清水:そうだったの!?
渕野:そうだったんです。自分としても、トライトンはすごくよくできてるなと思ってるんですけど……。いや、その話はあとにしましょう。
この結果についてなんですけど、カー・オブ・ザ・イヤーの選考って、「どの選考委員がどのクルマに投票したか」というのが、COTYのオフィシャルサイトで見られるようになってるんですね。選考委員は、「10ベスト」って呼ばれる最終選考に残った10車種のなかから、ひとりにつき3車種を選んで、それぞれに点数をつける。「このクルマは10点、これは何点……」って。その中身が、全部公開されているわけです。
それは部門賞のデザイン・カー・オブ・ザ・イヤーのほうも同じです。こちらは各人が「これぞ」と思う一台を選んで投票しているわけですけど……。
ここからが問題なんですが、今年は選考委員が59人いたんですが、カー・オブ・ザ・イヤーで推した3台とは違うクルマをデザイン・カー・オブ・ザ・イヤーに選んだ人が、52人いました。7人しか評価がかぶっていないんですよ。これはどういうことだと?(全員笑)
ほった:なるほどヘンだ。皆、別にデザインがいいとは思ってないクルマを、イヤーカーに推してたことになる(笑)。
渕野:そこが疑問なんですよ。皆さん、カーデザインとクルマの評価を、分けて考えてんじゃないのかと。デザインも、クルマを構成する大事な要素のひとつじゃないのかと。ちなみに、カー・オブ・ザ・イヤーをとったフリードをデザイン・カー・オブ・ザ・イヤーに推した人は、1人でした。(全員笑)
ほった:マジかよ。
渕野:で、ですよ。逆にトライトンはカー・オブ・ザ・イヤーの最終選考で何位だったかというと……10台中10位なんです。(全員笑)
清水:もう笑うしかないですね。カーデザインのオマケ扱いぶりに!
渕野:これって、自分としてはすごく違和感があるんですよ。ちょっと待ってよってなる。今回は、要はそういう話なんです。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
確かに「トライトン」はカッコいいけれど……
清水:……ていうか、こういう結果だったんですね、今回のデザイン・カー・オブ・ザ・イヤー。注目してないんで知らなかった。
渕野:僕もホームページを見て調べただけなんですけど、そういう結果でした。デザイン・カー・オブ・ザ・イヤーは、最終選考の10車種のなかからじゃなく、その年にノミネートされたすべての車種が対象なので、10ベストじゃないところから選んでる人もいます。まぁそういう人はしょうがないのかなって気もしますけど。
清水:それはもう、オマケのオマケかも(笑)。
渕野:ただ、それでも結構な割合で、例えば「『MINI』のデザインがいい」っていってデザイン賞にMINIを選んだ人でも、カー・オブ・ザ・イヤーの3選にはMINIは入れてないとか、そんな例が見られるんですよ。それはちょっと違うんじゃないかなと。
清水:自動車デザイナーとして看過できない!! ですね?
渕野:やっぱりそう思うじゃないですか。それに、トライトンがデザイン・オブ・ザ・イヤーに選出された……要は最多得票を得たという結果に関しても、ホントにこれでよかったのかなって感じる部分はあるんです。
自分としても、トライトンはすごくよくできてるなと思います。やっぱり三菱って、ああいうラダーフレームの本格的なクロカンに強いなと。シルエットもスポーティーで素晴らしいし、顔まわりもシンプルな面構成で、グラフィックで個性を出してますよね。で、いちばん効いてるのは下まわりのしまい込みです。サイドシルからフロントまわり、リアまわりにかけて、裾が内側に入ってるじゃないですか、きちんと裾が絞り込まれてる。こういうところは、SUVの“強さ”を出すために非常に重要で、とてもそつなくまとまってます。
ほった:確かに、カッコいいですもんね、あのクルマ。
清水:そんなに評価が高いんだ……。
渕野:ただ、「COTYにおけるデザイン・カー・オブ・ザ・イヤー」って視点で見ると、どうでしょう? これ、ピックアップトラックじゃないですか。国内で売られてるライバルは、実質「トヨタ・ハイラックス」しかないんですよ。その2つしか、横並びで比較ができない。そういうクルマを「デザインに関して今年を総括する一台」と言ってしまうのは、ちょっとムリがある気がするんです。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
それ、真剣に選んでます?
渕野:それに、個人的にはカー・オブ・ザ・イヤーに輝いたフリードが、デザイン・オブ・ザ・イヤーでたったの1票だったというのも気になります。
清水:フリードのデザインに関しては、高く評価してましたもんね(その1、その2)。
渕野:それもあるんですけど……。例えば、デザイン賞を受賞したトライトンって、かなり特殊なクルマじゃないですか。ピックアップトラックっていうだけで、日本だと特別な存在ですよね。アメリカや東南アジアではピックアップは主力車種でしょうけど。
ほった:日本だとスーパーカー並みにぶっ飛んだ存在ですよ。それに、パラメーターをカッコよさにドーンと振れる、スポーツカーみたいなところもあるし。
渕野:それに対してフリードは、まさに日本のマーケットで“ど真ん中”のクルマなわけです。ライバルも多いし、外部からの注文も、制約も多い。そうしたクルマで、あれだけ優れたパッケージングを実現して、そのうえで外装を魅力的にデザインするのって、相当大変なわけですよ。そこの評価はどうなってるんだと。
ほった:デザインは、「機能性やテクノロジーとのバランスで成り立ってる」わけですからね。
清水:本来なら、カー・オブ・ザ・イヤーで1位のクルマがデザイン・カー・オブ・ザ・イヤーでも1位でしょうしね。“デザインは設計”なんだし。
ほった:ワタシはそこまでかたくなではないですけど……。でも確かに、“1票”って結果が順当だったのか? って気にはなってきますね。
清水:(COTYのオフィシャルサイトを見つつ)そもそも、COTYにデザイン・オブ・ザ・イヤーができたのって2020年からみたいだけど、歴代受賞車を見ると見事にマイナー車ばっか。メインの賞では引っかかんないようなのばっかりだよ。やっぱり皆、オマケで入れたからですよ。
ほった:それは、「本賞の3台には入れなかったけど、こっちの賞では投票しましたからね」って、メーカーにアピールしたいってことですか?
清水:これにもちょっと賞をあげとこう、みたいなね。私も5年間ぐらいCOTY選考委員をやりましたけど、やっぱり人間なんで、どうしてもみんなにいい顔したいんですよ。大切な仲間ですから(笑)。僕は仲間外れだったし、そういうのが嫌だったから辞めましたけど、仲間なら「何かあげとかないと」って思ったりもしますよね。手土産くらい置いていこう、みたいな。
ほった:お歳暮じゃないんだから、そういうのは賞の外でやってくださいよ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
もうちょっとデザインについて知ってほしい
ほった:正直、COTYの選考委員にも知っている人はたくさんいるし、皆が皆「忖度(そんたく)しました!」なんてことはないと思いますけど……。ただこうして話してると、選考委員の皆さんが、カーデザインってものについてどういう考えを持っているのかは、気になってきますね。
渕野:そうですね。例えば前回(2023-2024)のデザイン・カー・オブ・ザ・イヤーは、同じ三菱の「デリカミニ」でしたよね。これも確かに、自分もすごくよくできたクルマだったと思ってるんです。ベース車の「eKクロス スペース」から外装を仕立て直すことで、全然違う価値を提案したのは素晴らしい。デザイナーの腕の見せどころ。デザインの、ある意味真骨頂ですよね。だけど実際にやってることはカスタムメーカーとあんまり変わんないわけで(全員笑)、いやカスタムがダメというわけではなくて、賞のジャンルが違う気がするんですよ。例えば「企画賞」とか、もしくは「カスタム賞」だったらわかるんですけど……。
ほった:そういや、竹下さん(元『webCG』デスク&元『CAR GRAPHIC』編集長の竹下元太郎氏)も似たようなこと言ってたな。MINIの発表会で会ったときに。
清水:自分と同じで、自動車デザインは顔が命! って思ってる人が、多いのかな。
渕野:まぁ、自分らもこの連載で取り上げましたけどね。「私的カーデザイン大賞」っていって。(参照)
ほった:選んだのはワタシですね(笑)。かなり主観的で、問題提起的な意味合いを込めての発案でしたけど。
渕野:そうでしたね。ただそういうのはやっぱり、「カーデザイン曼荼羅」っていういちメディアの座談企画だから許されると思うんですよ。COTYは公な賞なわけですから……。せんえつながらって話ですけど、もうちょっと選者の皆さんには、デザインについていろんなことを知ってほしいと思います。
清水:現状は本当に、明確に、オマケ扱いですからね……。
(後編に続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=日本カー・オブ・ザ・イヤー、BMW、スバル、トヨタ自動車、フェラーリ、ボルボ、本田技研工業、マツダ、三菱自動車/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第90回:これぞニッポンの心! 軽自動車デザイン進化論(前編) 2025.11.5 新型の「ダイハツ・ムーヴ」に「日産ルークス」と、ここにきて新しいモデルが続々と登場してきた軽自動車。日本独自の規格でつくられ、日本の景観を変えるほどの販売ボリュームを誇る軽のデザインは、今後どのように発展していくのか? 有識者と考えた。
-
第89回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(後編) ―全部ハズしたら全部ハマった! “ズレ”が生んだ新しい価値観― 2025.10.29 24年ぶりの復活もあって、いま大いに注目を集めている新型「ホンダ・プレリュード」。すごくスポーティーなわけでも、ストレートにカッコいいわけでもないこのクルマが、これほど話題を呼んでいるのはなぜか? カーデザインの識者と考える。
-
第88回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(前編) ―スペシャリティークーペのホントの価値ってなんだ?― 2025.10.22 いよいよ販売が開始されたホンダのスペシャリティークーペ「プレリュード」。コンセプトモデルの頃から反転したようにも思える世間の評価の理由とは? クルマ好きはスペシャリティークーペになにを求めているのか? カーデザインの専門家と考えた。
-
第87回:激論! IAAモビリティー(後編) ―もうアイデアは尽き果てた? カーデザイン界を覆う閉塞感の正体― 2025.10.8 ドイツで開催された欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。クルマの未来を指し示す祭典のはずなのに、どのクルマも「……なんか見たことある」と感じてしまうのはなぜか? 各車のデザインに漠然と覚えた閉塞(へいそく)感の正体を、有識者とともに考えた。
-
第86回:激論! IAAモビリティー(前編) ―メルセデス・ベンツとBMWが示した未来のカーデザインに物申す― 2025.10.1 ドイツで開催された、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。そこで示された未来の自動車のカタチを、壇上を飾るニューモデルやコンセプトカーの数々を、私たちはどう受け止めればいいのか? 有識者と、欧州カーデザインの今とこれからを考えた。
-
NEW
MINIジョンクーパーワークスE(FWD)【試乗記】
2025.11.7試乗記現行MINIの電気自動車モデルのなかでも、最強の動力性能を誇る「MINIジョンクーパーワークス(JCW)E」に試乗。ジャジャ馬なパワートレインとガッチガチの乗り味を併せ持つ電動のJCWは、往年のクラシックMiniを思い起こさせる一台となっていた。 -
NEW
新型「日産エルグランド」はこうして生まれた! 開発のキーマンがその背景を語る
2025.11.7デイリーコラム日産が「ジャパンモビリティショー2025」に新型「エルグランド」を出展! およそ16年ぶりにフルモデルチェンジする大型ミニバンは、どのようなクルマに仕上がっており、またそこにはどんな狙いや思いが込められているのか? 商品企画の担当者に聞いた。 -
NEW
ジャパンモビリティショー2025(ホンダ)
2025.11.6画像・写真「ジャパンモビリティショー2025」に、電気自動車のプロトタイプモデル「Honda 0 α(ホンダ0アルファ)」や「Super-ONE Prototype(スーパーONE プロトタイプ)」など、多くのモデルを出展したホンダ。ブースの様子を写真で詳しく紹介する。 -
NEW
ジャパンモビリティショー2025(マツダ・ビジョンXコンパクト)
2025.11.6画像・写真マツダが「ジャパンモビリティショー2025」で世界初披露したコンセプトモデル「MAZDA VISION X-COMPACT(ビジョン クロスコンパクト)」。次期「マツダ2」のプレビューともうわさされる注目の車両を、写真で詳しく紹介する。 -
NEW
ジャパンモビリティショー2025(マツダ)
2025.11.6画像・写真「ジャパンモビリティショー2025」で、コンセプトモデル「MAZDA VISION X-COUPE(ビジョン クロスクーペ)」と「MAZDA VISION X-COMPACT(ビジョン クロスコンパクト)」、新型「CX-5」を初披露したマツダ。車両とブースの様子を写真で紹介する。 -
NEW
ジャパンモビリティショー2025(Kia)
2025.11.6画像・写真「ジャパンモビリティショー2025」の会場でワンボックスタイプの電気自動車「Kia(キア)PV5」を日本初披露したKia PBVジャパン。定員2人の商用車「PV5カーゴ」と定員5人の乗用車「PV5パッセンジャー」が並んだブースの様子を写真で紹介する。




















