第97回:王道を行くメルセデス・ベンツ
伝統と革新がもたらしたドイツ車の覇権
2021.03.31
自動車ヒストリー
高級車の代名詞ともなっているメルセデス・ベンツを筆頭に、世界的に高い人気を誇るメルセデス、BMW、アウディの3ブランド。ときに“ジャーマン3”とも呼ばれる彼らは、いかにして現在の地位を獲得したのか。メルセデス・ベンツを軸に、その歴史を振り返る。
バブル期の“六本木のカローラ”
1980年代の後半、「BMW 3シリーズ」が“六本木のカローラ”と呼ばれていた時期がある。バブル真っ盛りの日本では、夜の六本木でBMWはベストセラー大衆車の「トヨタ・カローラ」に匹敵するほど多く見かけられていたのだ。決して安い買い物ではなかったが、あぶく銭を懐に忍ばせた客がディーラーに集まった。
当時は“アッシー、メッシー、ミツグ君”という言葉がはやり、クルマでの送迎、豪華なディナーの相手、ブランド品の供給という用途ごとに男をキープしておくことが女性のステータスとされた。ドイツ車を所有しなければ、アッシーにすらなれなかったのだ。BMWに加え、メルセデス・ベンツとアウディが鉄板である。彼らが目を向けていたのは、クルマの性能ではなくブランドイメージだった。
90年代に入ってバブルは崩壊し、浮ついた気分はすっかり消えていくことになる。しかし、ドイツ車はそれからも高い人気を維持し続けた。動機はともあれ、この時期に多くの人が初めてドイツ車に触れ、その優秀性が広く知られることになったからだ。近年では“ジャーマン3”という言葉が定着してきており、自動車のプレミアムブランドの象徴的存在になっている。メルセデス・ベンツ、BMW、アウディは、世界中の自動車メーカーにとって越えるべき高い峰なのだ。「走る、曲がる、止まる」の基本性能に優れ、確固たる設計思想を持ち、先進的なテクノロジーをいち早く取り入れてきた。
ドイツは歴史的に強力な工業国だったが、第2次世界大戦でインフラは壊滅状態になり、戦後はまず復興の作業から始めなければならなかった。自動車産業で世界のリーダーとなったのは、アメリカである。大排気量のV8エンジンを搭載した豪華なクルマが次々と発表され、技術面でもデザイン面でも最先端を走っていた。1950年代のアメリカ車は、世界に冠たる地位を築いていたのだ。
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「最善か無か」の理念でつくられた高級車
ドイツからは「フォルクスワーゲン・タイプ1」(ビートル)がアメリカに輸出されるようになり、大きな人気を得て売り上げを伸ばした。安価で故障が少ないことが評価された結果で、多くはセカンドカーとしての用途だったとされる。アメリカの人々が憧れたのは、キャデラックのようなゴージャスでゆったりとしたモデルである。巨大なボディーにきらびやかな意匠をまとい、毎年モデルチェンジを繰り返して人々の消費意欲をかきたてていった。
復興を遂げた1960年代になると、ドイツの自動車産業も再び力を取り戻していた。高い技術力を持ったダイムラー・ベンツは、「最善か無か」をスローガンに掲げて妥協のないクルマづくりを進めていく。経済が上向くにつれて、個人オーナーに向けた高級車市場も拡大していった。
1968年に発売された「メルセデス・ベンツW114/115」は、新しい高級車の概念を打ち立てた画期的なモデルである。以前は上級モデルの廉価版としてつくられていたメルセデス・ベンツのミディアムサイズカーだったが、この代になって初めて専用設計のボディーとメカニズムが与えられた。
ホイールベースは上級モデルと同じ2750mmを確保し、十分な室内スペースを確保している。伝統のスイングアクスルに別れを告げ、前:ダブルウイッシュボーン、後ろ:セミトレーリングアームという新世代のサスペンションを採用したのも、新たな時代の始まりを印象づけた。
ハンドリングを鍛え安全性も向上
1976年に登場した「W123」は、さらに進んだメカニズムを身にまとったモデルである。「シャシーはエンジンよりも速く」という信念が貫かれ、頑丈なつくりで100万kmの走行にも耐えるといわれた。進化したサスペンションにより操縦性と走行安定性が向上し、スポーツカーにも負けない鍛えられた足まわりを誇った。高速実験車によってテストを繰り返し、ハンドリングを徹底的に磨き上げたのである。
安全性も従来モデルから大幅に向上させ、自動車の新たな基準を示した。衝撃吸収ボディーの考え方を進め、ステアリングシャフトが衝撃時に収縮する仕組みを取り入れている。1981年のマイナーチェンジでは、ABSと運転席エアバッグをオプションとして設定。ボディー自体も強化され、堅牢(けんろう)なシャシーと太いピラーが乗員を衝撃から守った。
新世代のディーゼルエンジンを採用したことも、このモデルの先進性を物語る。オイルショックによってガソリン価格が高騰するなか、貧弱な動力性能しか持たなかった従来のディーゼルエンジンとは違い、安価な軽油で十分なパワーをもたらす新しいパワーユニットは驚きをもって迎えられた。水際立った高速性能を持ちながら燃費に優れるディーゼルエンジン車は、ガソリンエンジン車を上回る売れ行きを示したのである。
未来を感じさせた「W124」のスタイル
カール・ベンツのガソリンエンジン自動車発明100周年を翌年に控えた1985年、メルセデス・ベンツの歴史に名を残す名車が誕生した。「W124」のコードネームで知られる初代「Eクラス」である。清新なスタイルはこれまでに見たことのないもので、メルセデス・ベンツが未来に向けて登場させた新世代のセダンであることをひと目で理解させた。
高級車の象徴であったメッキパーツを取り去り、W123よりも50mm近く幅の狭いスレンダーなボディーとなっていた。豪華で堂々たる見た目が高級車の条件とされていた時代に、簡素でモダンなスタイルを世に問うたのである。最初は奇異の目で見られたものの、世界中の自動車メーカーが追随することになる。
単に目新しいだけではなく、極めて合理的な思考に裏付けられたデザインだった。キーワードは、空力性能と軽量化である。Cd値(空気抵抗係数)は0.29という当時としては驚異的な水準で、軽いモデルなら1.4tを切る車重は常識破りだった。無駄を省いてコンパクト化し、高張力鋼板や樹脂パーツを多用して軽量化を図ったのだ。ボディー表面は可能な限りフラッシュサーフェス化され、シンプルなシルエットをかたちづくった。
衝突安全性能の進化も目覚ましいものがあった。実車を用いた試験が繰り返され、特にオフセットクラッシュへの対応が飛躍的に進んだ。メンバーの構造を工夫して、衝撃を分散して受け止める仕組みを採用したのだ。事故を未然に防ぐための装備も取り入れられた。ドアミラーはドライバーの視界を広げるために左右で形状の異なるものとなり、後席のヘッドレストを運転席から倒す機構が採用された。不完全な視界が事故を引き起こす可能性を少しでも減らそうという意図である。
ジャーマン3の人気が定着
日本への正規輸入が始まったのは1986年である。「90年代は、このメルセデスに似てくる。」というキャッチコピーで華々しく登場し、理想主義的な成り立ちが高く評価された。このW124のことを、今なお“史上最高のメルセデス”と断言するユーザーも多い。
同時期に日本で人気を博していたのが、冒頭で触れたBMW 3シリーズである。世間では浅薄な取り上げ方をされたものの、クルマ好きはあくまで吹けのいいエンジンとスポーティーなハンドリングを愛したのだ。コンパクトなボディーも日本の交通事情にマッチした。
同じころ、アウディは世界ラリー選手権(WRC)でのクワトロの活躍を通して、世界的にスポーツイメージを高めていた。もっとも、日本で売れ行きを伸ばしていたのはクリーンで上品なイメージを持つセダンの「アウディ80」である。BMW 3シリーズの有力な対抗馬となっており、女性からの人気が高かった。クワトロの高い駆動力や安全性が広く知られるようになるのは、もう少し後のことである。
ドイツ車が高級車の代名詞となったのは、日本だけではない。ドイツ製の精密な機械というイメージが浸透したうえに、プレミアム性までも帯びるようになる。速度無制限のアウトバーンで鍛えられたというストーリーがドイツ車の価値を高め、ジャーマン3のブランドを確立させた。
日本でのドイツ車人気は今も衰えを見せない。メルセデス・ベンツは2020年の輸入車販売台数で1位となり、2014年から6連覇したことになる。2位以下はフォルクスワーゲン、BMW、アウディと続き、BMW傘下のMINIも含めれば、5位までをドイツ勢が占めるという圧倒的な強さを見せた。自動車の祖国であり、伝統と革新という2つの価値を併せ持つドイツ車の覇権は盤石なのだ。
(文=webCG/イラスト=日野浦 剛)
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鈴木 真人
名古屋出身。女性誌編集者、自動車雑誌『NAVI』の編集長を経て、現在はフリーライターとして活躍中。初めて買ったクルマが「アルファ・ロメオ1600ジュニア」で、以後「ホンダS600」、「ダフ44」などを乗り継ぎ、新車購入経験はなし。好きな小説家は、ドストエフスキー、埴谷雄高。好きな映画監督は、タルコフスキー、小津安二郎。
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