第27回:追悼マルチェロ・ガンディーニ(前編) ―すべてのランボは「カウンタック」に帰結する―
2024.06.05 カーデザイン曼荼羅![]() |
「ランボルギーニ・ミウラ」や「カウンタック」をデザインした鬼才、マルチェロ・ガンディーニ氏が、2024年3月13日に亡くなった。氏の手になるクルマは、なぜこうも強烈に人の心を揺さぶるのか。元カーデザイナーの識者とともに、彼の偉業を振り返る。
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三指に入るカーデザイン界の巨星
webCGほった(以下、ほった):今回は、この春に亡くなったガンディーニ氏の足跡をたどって、追悼を行いたいのですが。
清水草一(以下、清水):マルチェロ・ガンディーニって、名前からしてカッコよすぎるよね。いかにもイタリア人。デザインしたクルマもカッコいいけど、ご本人も超カッコいい。究極の憧れです。
ほった:そっちから入りますか。
清水:渕野さんにうかがいたいんですが、世界3大自動車デザイナー、ベスト3を挙げるとどうなります?
渕野健太郎(以下、渕野):いやいや。そもそも名のある自動車デザイナーって、ほんの一握りじゃないですか。ジウジアーロとガンディーニっていうのが2大巨頭で、あとはフィオラバンティですかね。その3人でしょう。
ほった:全員イタリア人ってのがスゴい。
清水:あえてその3人に順位をつけると?
渕野:ジウジアーロは携わったモデル数が半端じゃないですし、ビジネスの才能もすごかったんだろうと思います。デザインもビジネスも大成功しているし、やはり唯一無二かなと思います。
清水:やっぱりジウジアーロ氏が1位なんですね。
渕野:ジウジアーロはどうしたって1位じゃないですか。まったくすごい(笑)。いっぽうガンディーニについては、自分はあんまり知らなかったんですよ。もちろん作品は知ってましたけど、どういう生い立ちで、どういう経緯でやってきたのかっていうのを、あまり詳しく知らなかった。で、ちょっと調べてみると、ベルトーネに入るまで、本格的なクルマのデザインはやってなかったみたいですね。もともと工業製品だけじゃなく、ポスターやらなんやらいろいろやってて、どこかでベルトーネにアイデアを見せる機会があって、それで呼ばれたというような。
そして最初の作品が、あの「ランボルギーニ・ミウラ」だったっていう……。
最初の作品が「ランボルギーニ・ミウラ」
ほった:一応、伊東和彦さんのリポート(参照)だと、その前にOSCAのレースカーのボディーもやってたみたいですけどね。
渕野:そうそう。ただ、量産車をがっつり手がけたのはミウラが最初でしょう?
ほった:いきなりミウラです。
渕野:ガンディーニもすごいと思いますけど、まわりにいるモデラーやデザイナーも、スゴい人たちだったんじゃなかろうかと。じゃないといきなり、あんなものはできない。
清水:なんにせよ、スゴすぎますね。
渕野:クルマのデザインって特殊なんですよ。この連載で自分が言ってるような、プロポーションだ、タイヤだ、スタンスだっていう要素があるあたり、ほかの分野のデザインとはやはり違いますから。ちょっとは経験積まないと、いくら天才でもいきなりミウラはつくれないんじゃないかと。でもあれが最初ってことですから……。
清水:いきなり横置きV12ミドシップ。
ほった:そんな例は、ガンディーニとミウラ以降ないですよね。
清水:しかもそれが、史上最高にカッコいいともいわれている。
渕野:いや、ミウラかっこいいですよね、普通に。
清水:普通に(笑)。
渕野:ミウラは、前回ちょっと触れた「フェラーリ・デイトナ(365GTB/4)」(その1、その2)と、時代はあまり変わらないですよね?
ほった:ミウラが1966年で、デイトナが1968年です。むしろミウラのほうが登場が早いっていう。しかもミドシップで。
渕野:ミウラはミドシップで、ミドシップだけど“エンジン横置き”ですよね。なので、意外とノーズが長いじゃないですか。それで独特なプロポーションになっている。
清水:エンジンの場所を感じさせないカッコよさかもしれない。
渕野:流麗さに関しては60年代の雰囲気ですけど、プロポーション的には、すごく新しかったんじゃないかと思います。ただミウラに関しては、まだ60年代のデザインという感覚がある。ところがこの数年後、ガンディーニは“アレ”をやるわけですよ……。
清水:そうなんですよね……。
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今なお受け継がれるアイコン
ほった:「カウンタック」って、たしかプロトタイプの発表が1971年ですよね。考えるだにすさまじい。
渕野:ほんの5、6年で、これ(ミウラ)がこれ(カウンタック)になる。この振れ幅がすごい。シルエットも面質も立体構成も全然違う。ミウラは60年代だけど、カウンタックは未来でしょう。こんな振れ幅がある人はいない。
清水:ビッグバンですね。
渕野:カウンタックのシルエットって、いまだにランボルギーニの核になってるじゃないですか。シルエットをここまで継承してるのって、ほかには多分「ポルシェ911」があるだけかなと思います。元のデザインモチーフをずっと使い続けている。提案したデザインが、ダイレクトに今に受け継がれているという意味でも、ガンディーニってスゴい人なんじゃないか。
清水:ランボルギーニが偉いと思うのは、こっからブレてないことですよ。
ほった:ブレない度はポルシェ以上かもしれませんね。
清水:ガンディーニは大天才だけど、ずーっとそのモチーフを継承しているランボルギーニもすごい。「ディアブロ」の時にクライスラーの口出しがあって、少し修正されたみたいですけど、基本は変えずにカウンタック路線一本できている。フェラーリはいろいろ寄り道したから迷走もあったけど、ランボルギーニはまったくブレてない。大傑作のミウラも捨ててカウンタック一本。
渕野:こっちは最新の……名前忘れたんですけど、なんですか?
ほった:「レヴエルト」です。
清水:これなんか、新型にも見えないもんね(全員笑)。
渕野:シルエットはほぼそのままですから。
ほった:カウンタックから変わんないですよね。
渕野:でもやっぱり、カウンタックがベストだったなぁ。
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「カウンタック」は人を狂わせる
清水:カウンタックのすごいところは、人を狂わせることだと思うんですよ。
ほった:いきなりどうしました? 清水さんも狂気にかられてカウンタックを買っちゃったんですか?
渕野:そうそう。清水さんにお聞きしたかったんですけど、もともと「フェラーリが一番!」だった人が、なぜ一時期カウンタックにいったんです?(参照)
清水:それは、最大のライバルに一回は乗っておかないとと思いまして。これほど人を狂わせるデザインってないじゃないですか。破壊力がフェラーリとはケタ外れですから。
渕野:破壊力っていうのは?
清水:デザインのインパクトですね。ほんとにケタが違うんですよ。公平に見て10倍はあります(笑)。集客力が違う。その場にカウンタックがあったら、隣にフェラーリがあっても、誰も見向きもしません。
渕野:なるほど。
清水:ホントに見てもらえないんですよ。自分が実際にカウンタックに乗って、フェラーリと一緒に走って、並んで駐車場に止めた時、初めて実感しました。すごく悔しかった(笑)。
渕野:へぇー。
清水:その場にカウンタックがいると「ウワァ~~~!!」みたいに興奮する人が出る(全員笑)。狂気を誘うんですよ。世界中にいるじゃないですか、カウンタックを自作しちゃう人が。中国にもいましたけど、日本では群馬に有名な個体がありますよね。「サンバー」をベースにした「サンバルギーニ・コカウンタック」(笑)。「アヴェンタドール」はダンボールメーカーが「ダンボルギーニ」をつくったでしょう。……狂気ですよ。カウンタックは半世紀以上、人を狂わせ続けている。この破壊力はなんですかね?
渕野:……ねぇ(笑)。やっぱりいき着くところはプロポーションでしょう。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=ランボルギーニ、フェラーリ、newspress、清水草一、webCG/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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