さらばA90型「トヨタ・スープラ」! その“生みの親”は1500万円の最終モデルにどんなことを思ったか?
2025.04.21 デイリーコラム![]() |
トヨタが現行型(A90型)「スープラ」の生産を2026年春に終了すると発表。それに関連して、国内限定150台(世界限定300台)の限定車「スープラ“A90ファイナルエディション”」が抽選販売される(関連記事)。車体からエンジンまで徹底的なチューンが施されており、価格はなんと1500万円。その内容を、6年前にA90型スープラを世に送り出した多田哲哉さんはどう評価するのか?(以下、多田哲哉・談)
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ファイナルエディションというよりは……
まず“A90ファイナルエディション”のチューニングメニューを見てみると、エンジンに足まわり、ブレーキ、車体といろんなところにバランスよく手が入っていて、「あらゆる点で手を抜くことがなかった」という印象です。素直に「すばらしい、よくここまでやったな」と感じます。
今の世代のスープラは、2019年5月に発売してから1年で、出力を上げてボディー剛性も高めるなど、大きな製品改良を実施しました(2020年4月発表の関連記事)。もちろんその後も毎年進化する計画を立てていたのですが(編集部注:多田さんは2021年1月にトヨタを退職)、2022年の秋にMT仕様を追加設定したあとは、正直に言って、あまりパッとした変化はありませんでした。本来スポーツカーというものは、毎年改良していかなければ世の中から忘れ去られてしまうのに、残念なことだなぁと眺めていた次第です。
で、最後はどうなるんだろうと思っていたら、最後の最後にドカンときた(笑)。
その中身はどうかといえば、“ファイナルエディション”というよりは、“トラックエディション”と呼んだほうがいいような、サーキット走行をにらんだ仕上がりになっています。
A90型スープラについてはレース用車両「スープラGT4」も市販されていて、こちらは毎年進化を重ね、サーキットで活躍してきました。今回の“A90ファイナルエディション”はまさに、そのGT4のパーツを大幅に取り入れて集大成とした、ということでしょう。
一番気になるのは排気系
この豊富な品書きのなかで、私が最も注目するのはエンジンです。
皆さんは、「(スープラ開発の提携先である)BMWもいろいろと強力な“Mエンジン”を持っているんだから、それをポンと載っけりゃいいじゃないか?」と思うかもしれません。「今回の“ファイナルエディション”もそうだよね?」と。
しかし、エンジンというのは、そう簡単にいくものではありません。話をパワーアップに限れば、ターボエンジンの場合は比較的容易に実現できます。しかし問題は、「どうやって冷却するか」。そして、パワーアップしたぶんの排気も考慮し、いかにスムーズな吸排気系を構築するか。それが大きなハードルなんです。
排気系は、公道を走らせない前提でチューニングするなら、メーカーでなくてもできる。ただ、法規の認証を通したうえで排気系をいじるのは困難。例えばボディーをたたいて大きな排気管が通るスペースを確保しようとしたら、衝突安全の性能が変わってしまうためアウトになる可能性が高いです。
A90型スープラは、ラインオフしたときは400PSまでの最高出力を想定して開口部ほか冷却に関するパートを設計し、排気系のレイアウトも確保できていました。ところが、400PSを超えて500PSに近づくとなると、開口部は何とかなるものの、排気管を通すスペース的な問題がどうしても解消されませんでした。
このクルマについては重心高を「86」のものよりもさらに下げたいという思いが強く、クルマのフロアが低められていたため、さらなる排気管用スペースがなかなかとれなかったのです。
で、1年目の387PSまでは何とかなりましたが、そのあとパワーアップしようとすると、どうしても排気系が追い付かない。その点が未解決のまま、当時は発売に至ってしまったという経緯があります。ですから、そこを今回の“A90ファイナルエディション”でどう対処したのかというのは、私自身にとって最も大きな関心事なのです。
そのような難題があるなかで、よく441PSもの最高出力を実現できたな、とは思うものの、クルマはやっぱり、乗ってみないとよくわからない。サーキット寄りにしすぎてしまって、一般のワインディングロードでは問題ある、ということもあり得ます。
ワインディングロード主体でまとめたい
開示されているスペックをいろいろチェックしてみると、車高も少し(20mm)下がっていますね。これは想像ですが、フロアを削って排気管を通した結果、重心高が上がってしまうという事態を避けるために、意識的に車高を落としたのかもしれない。
ただ、そうするとサスペンションのストロークは減ってしまうので、サーキットではいいにせよ、荒れた山道などでのマイナス面が非常に大きくなってきます。そこをどうクリアしたのかも気になるところです。
もし私が、1500万円の売価を前提に開発を任されていたら? “トラックエディション”を目指すならば、これ以上トライすることはありませんが、個人的には「一般道でどこまで奥の深い走りができるか」を追求したいですね。例えば、車高についてはストロークを十分確保したうえで、エンジンもパワーアップさせて、“A90ファイナルエディション”に採用されているようなパーツを付ける。
変更ポイント(数)そのものは、“A90ファイナルエディション”と同じになると思います。ただ、チューニングの方向がちょっと違う。トラックではなく、もうちょっとワインディングロード主体で全体をまとめることになるでしょう。
もっとも“A90ファイナルエディション”だって、そこは煮詰めたことでしょう。スープラの開発ドライバーであるベルギー人のヘルフィ・ダーネンスさんは、そういうところのバランスをとりながらチューニングする名人です。ドイツ語も堪能な彼のこと、BMWにも通い、よくコミュニケーションをとって、そのあたりをうまくまとめたに違いありません。
間違いなくトヨタは赤字
“A90ファイナルエディション”について、皆さんが一番知りたいのは「1500万円という値づけはどうなの?」ってことだと思いますが、一般の方がベースモデル+700万円という予算で街のチューニング屋さんに依頼し、これと同じものを実現するのは不可能です。
トヨタとしても、これは間違いなく赤字案件。総販売台数を300台に限定した意味は、要するに、つくればつくるほど赤字が増えるので、イメージアップのためとはいえ、それくらいの赤字ならゆるせるかな、という考えだと思います。どうせ赤字になるなら、せめてその数は減らしたい。かつ、売れ残ったりしたらイメージが悪くなるので、即時完売みたいになってくれたほうが、クルマの評判も上がる。
そうした販売上の理由から高価な値づけでの限定販売というかたちになっているだけで、別に“ぼったくり商法”というわけではないのです。
そしてここからが大事なのですが、仮にこれが、国内だけでも150台ではなく1000台、3000台という規模になると、まったく世界が変わって、赤字どころか十分もうかる商売になります。
過去を振り返ってもらうならば、例えば三菱の「ランエボ」。あれも1000台、2000台出しては次のモデルにいくということを繰り返しましたね。追加オーダーを受けたこともあったはずです。それくらいの数を生産できればメーカーとしてもうるおうでしょうし、お客さんも手にするチャンスが得られます。
しかし、2000台規模となると、今度は「余ったらどうする?」というリスクが出てきます。で、「そんなことなら300台くらいにしておくか……」という値づけに落ち着いてしまうのは、よくあることなんです。
私としては、そこが今回の“ファイナルエディション”で最も不満に思っているところです。ここはぜひ、多くのクルマ好きが、こういうモデルを手にできる“限定ではないやり方”にチャレンジしてほしかったと思います。
売り方に至るまでユーザーに配慮せよ
現在では、これほどハイパフォーマンスなFRスポーツカーというのは少なくなっています。名だたるブランドも、高出力化の進んだモデルの多くは4WD車です。4WDになると多くの人が安定して速く走れるようになりますが、「クルマをコントロールする技術を磨く」という意味ではFR車がベスト。それを台数制限をせずに売るというのは、クルマへの造詣が深いファンがさらに増えていく原動力になります。
スポーツカーというのは、プロダクトや開発エンジニアに注目が集まりがちですが、実際問題、販売戦略によってその評価は大きく変わります。“Zの父”として知られる片山 豊さん(元・米国日産社長)が、かつてアメリカで「ダットサンZ」を販売し大成功をおさめたのは、そのいい例です。
それに、少数限定をやめれば投機目的での売買もなくなります。トヨタ会長の豊田章男さんがよく口にしている「クルマのファンを増やす」ということに最も貢献するのは、そういう売り方までを含めたスポーツカーの扱いだと思うんです。
現実になかなかそうなっていないのは寂しいし、ユーザーの皆さんの大半が「こんな抽選、通るわけがない」「どうせ買えやしないのだ」と思っているのは残念なことです。それは、本来のトヨタの「とにかく早くお客さんのニーズを満たさなければならない」という姿勢とも違う。それがあって今のトヨタファンがついてくれているのに、最近はなんだか、そういう人を切り捨てるかのようなことばかりです。じつは“トヨタのお客さん”は減っているんじゃないか? という心配が私にはあります。
“A90ファイナルエディション”は、現行型スープラのファイナルを飾るにふさわしい、本当にあっぱれな一台です。しかし、単に「いいもんつくればいいだろう」ではない。これを、クルマを深く愛する人々に届けることまでが、自動車会社としてのトヨタの務めではないかと思うのです。
(文=多田哲哉/写真=トヨタ自動車/編集=関 顕也)

多田 哲哉
1957年生まれの自動車エンジニア。大学卒業後、コンピューターシステム開発のベンチャー企業を立ち上げた後、トヨタ自動車に入社(1987年)。ABSやWRカーのシャシー制御システム開発を経て、「bB」「パッソ」「ラクティス」の初代モデルなどを開発した。2011年には製品企画本部ZRチーフエンジニアに就任。富士重工業(現スバル)との共同開発でFRスポーツカー「86」を、BMWとの共同開発で「GRスープラ」を世に送り出した。トヨタ社内で最高ランクの運転資格を持つなど、ドライビングの腕前でも知られる。2021年1月に退職。
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