第57回:スバル・レガシィ アウトバック(前編) ―去りゆく希代のマルチプレイヤーと、深刻な(?)後継“車”問題―
2025.02.12 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
オンもオフもいけるマルチプレイヤーであり、日本におけるスバルの最上級車種でもあった「レガシィ アウトバック」が、ついに販売終了に! その後に待ち受ける、スバルの後継“車”問題とは? カーデザインの識者とともに、孤高の一台に弔歌を捧(ささ)ぐ。
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サルーンとSUVが“混ざりすぎていない”
渕野健太郎(以下、渕野):今回のテーマは自分の提案なんですけど……。今年3月いっぱいで、レガシィ アウトバックがなくなるよ(参照)という話です。
webCGほった(以下、ほった):会合の雰囲気が完全にお通夜ですね。まぁ厳密には、今回販売が終わるのは日本だけですが。
清水草一(以下、清水):北米ではまだまだスバルの主力のひとつ。
渕野:そうなんですけど、これまで30年くらい続いていたクルマが日本からいなくなるのは、すごく悲しいことだと思ってるんです。なんでかっていうと……もともとオーナーだったから(笑)。
ほった:そうでしたね(笑)。
渕野:まぁ感傷だけじゃなくて、それを通してアウトバックの万能性もよく知ってたので、やっぱ「もったいないな」と思ってしまうんですよ。オンロード/オフロードを問わないのはもちろん、高級ホテルにも遠慮なく乗りつけられるし、キャンプ場にも行ける。ロケーションだけじゃなくシチュエーションへの対応力もあって、雨が降っても雪が降っても全然大丈夫。乗り手にしても、独身でもファミリーでも違和感なく乗れる。すごく懐が深いクルマだったんですよ。
清水:言われてみれば。
渕野:クルマとしては、サルーンの快適性とSUVの走破性を併せ持つ感覚ですけど、デザインに関して優れているのは、その2つの要素が「混ざりすぎていない」ってことです。
清水:混ざりすぎていない?
渕野:一般的なクロスオーバーSUVって、この2つが混ざった結果、ちょっと背の高い乗用車みたいな感じになっているものが大半じゃないですか。例えば「トヨタ・ハリアー」とか。それはそれでいいんですけど、アウトバックは混ざりすぎてない。つまり「上半分は乗用車ですよ、下半分はSUVですよ」って感じで、それが強い個性になっているんです。しかも最低地上高がかなり高いので、走破性も申し分ない。
ほった:ですよね。
キモはしっかりSUVしていること
渕野:こういうテイストはスバルが得意とするところで、アウトバックだけじゃなく、今だったら「クロストレック」もそうですよね。ともに基となるクルマがあって、それをSUV化しているんですが、仕立てにとにかく手抜かりがないから、クロスオーバー=ジャンルの垣根を越えた存在として、ある意味で突き詰めたところがある。そうしたところも唯一無二なんですよ。
清水:そうなのか……。
渕野:それこそ、ほかに競合がいないと言ってもいいんじゃないかな。アウトバックと同価格帯でこういうクルマは存在しない。アウディの「オールロードクワトロ」とか、メルセデス・ベンツの「オールテレイン」とか、ボルボの「クロスカントリー」とか、 なぜかプレミアムブランドばかりが、せっせと出してますけど。
ほった:強いて挙げれば、フォルクスワーゲンの「ゴルフ オールトラック」ぐらいですかね。まぁセグメント的にはひとつ下だし、現行型は日本に来てませんけど。
渕野:それに、特にドイツ系のクロスオーバーモデルと比べると、アウトバックのほうが断然最低地上高が高いんですよね。SUVとしてはこっちのほうがホンモノだし、そういう点も含めて二面性が強烈なんですよ。
ほった:こっちのほうが遠慮せずに、SUVらしく使い倒せますしね。
渕野:いっぽうでインテリアは、特に最終世代ではその質感がかなり高いんです。SUV側だけでなく、サルーン側の資質も優れてるんですね。とにかく、いろんな要素が組み合わさっていて、しかもバランスが高く保たれてる。これがなくなるっていうのが、個人的にはすごく残念なんですよ。
清水:でも、なくなるのは日本だけですよね。
渕野:確かに北米ではまだ主力ですけど、とにかく日本ではもう売られないんです。
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「レイバック」じゃダメなのよ
ほった:んでも、スバルは同じ胴長ワゴン型クロスオーバーで、「レヴォーグ レイバック」を出しましたよね。
渕野:そうなんですけど……自分の感覚だと、あれじゃないんすよ。(全員笑)
ほった:まぁメーカー自身も、レイバックは都会派だっつって売ってますしね。
清水:クロストレックはいいんですか?
渕野:クロストレックはいいんです。初めに言ったように「サルーンとSUVが混ざりすぎていないデザイン」というのがミソですが、クロストレックはアウトバックと同じ印象であるのに対して、レヴォーグ レイバックは狙いが都会派ですから、当然しっかり混ざってます(笑)。競合でいうとハリアーなので、アウトバックの後継とは少し違いますよね。
清水:そうかなぁ……(笑)。
渕野:そこは完全に違います。デザイナーとして、元オーナーとしての感覚ですけど。
ほった:それはデザインの話ですよね?
渕野:そう。パッと見て受ける印象が違うんです。やっぱりレイバックは、本当に「背の高い乗用車」なんですよ。
清水:私には同じに見えるけど、こだわりのある人にとっては全然違うわけですね。
渕野:ルーフレールも付いていないので、印象がやはり乗用車ライクですよね。なので全然違います(笑)。もちろんレイバックみたいなものを求めてる人も多いでしょうし、そういう方向のものがあるのは全然いいんですけど、別にアウトバックをなくさなくてもよかったんじゃないかと思う訳です。乗り心地もすごくよかったし、悪いところがなかったんですよ。
清水:悪いのは燃費だけ。
渕野:そこはもう、スバル車に乗ってる以上はしょうがないなと(笑)。
ほった:全体にとてもいいクルマだったってことですね。
清水:デザイナーとしてより、元オーナーとしての熱い思いが感じられます(笑)。
普通の人には見分けがつかない!
渕野:自分が乗っていたのは先代、つまりアウトバックでいうと5代目、レガシィとしては6代目のモデルになります。面倒なのでアウトバック側のカウントで統一しますけど……。これが5代目、こっちが最終型の6代目ですね(タブレットで写真を見せる)。
清水:正直、5代目と6代目は見分けがつかないな。超超超キープコンセプトですね。
渕野:これとこれがですか?(再度写真を見せる)
清水:いやもう、そうやって見せられても、どっちがどっちだかわからない。これ、どこが違うんです?
渕野:全然違うんですけど(全員笑)。アウトバックらしいところでいうんだったら、ホイールまわりにクラッディング(フェンダーガード)が付いてるか付いてないかがまず違います。
清水:あ、5代目にはなかったのか。
渕野:いや、この世代でもオプションで丸いクラッディングが用意されてたりするんですけど、つるしの状態だとコレです。で、 今のやつがコレ(写真を見せる)。
清水:渕野さんは5代目に乗ってたんですよね。で、6代目とは全然違うと。でも、6代目もいいわけですね?
渕野:そうですね。内装も全然違うんですよ。でも、やっぱそうか。見てもわからないですか……。
ほった:大丈夫ですよ。ワタシもわかりますよ。
清水:スイマセン。基本的にこういうクルマにあまり興味がないので、若い女子の顔が全部同じに見えるみたいな老化現象です(笑)。
ほった:いけませんぞ。区別がつかんのはジャニタレと韓流スターだけにしてください。
清水:面目ない。
スバルはそれを、ガマンできない……
ほった:それにしても、5代目アウトバックにホイールのクラッディングがなかったってことは、SUVテイストを強調するうえで、それは必須ではないってことですよね。だとすると、渕野さんのいうアウトバック/クロストレック系のモデルと、レイバック系のモデルとの決定的な違いっていうのは、どの辺にあるんですかね?
渕野:まず、デザインの「狙い」が異なるんですよ。レイバックは、ボディーの厚さを強調しようとしたデザインです。ですので、上から下までほぼボディー色で構成されています。いっぽうでアウトバックやクロストレックは下部を黒くして、ボディーを高く見せようとしています。これで走破性のよさを感じさせて、さらにプロテクトされているようなデザインがある種の道具感を演出していますね。時計でいうと、アウトバックが高級ラインの「Gショック」って感じなのに対し、レイバックはやや大径のフォーマルな時計っていう感覚です。
まぁ確かに、デザイン的な感覚の違いでしかないですけどね。実のところ、最低地上高はそんなに変わらないでしょ? 確か。
ほった:ですね。アウトバックが213mmで、レイバックが200mmですから。おかげで機械駐に入らないってことを前にコラムで書きましたけど……(参照)。でもこれ、勝手な予想なんですけど、いずれ「レヴォーグ アウトバック」みたいなモデルが出てくるんじゃないかな。(全員笑)
渕野:確かに、スバルはそれをガマンできないかもしれない。
ほった:そうそう、ガマンできないと思うんですよ。
清水:じゃ、それでいいんじゃ?
渕野:そうですね、それに期待します(笑)。
(後編へ続く)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=スバル、トヨタ自動車、アウディ、メルセデス・ベンツ、フォルクスワーゲン、ボルボカーズ、荒川正幸、webCG/編集=堀田剛資)

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
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