推進派へのくら替えは吉と出るか? ステランティスのEVシフトと欧州エネルギー戦略の混乱
2022.06.03 デイリーコラム慎重派から推進派へ
ステランティスは2022年3月1日、2030年に向けた中期経営計画を発表した。同年までに電気自動車(EV)の販売比率を欧州で100%、米国で50%にするというもので、EVの世界販売を500万台とする目標もアナウンスされた。EVに批判的な一部のクルマ好きは、先日惜しくもこの世を去った上島竜兵さんよろしく、「聞いてないよぉ」と心の中で叫んだかもしれない。
というのも、2021年7月8日に行われた電動化戦略に関するオンライン説明会では、同じ2030年までに「欧州販売の70%以上、米国販売の40%以上を、EVを含めたLEV(ロー・エミッション・ビークル)にしたい」という、ライバルと比べて控えめな目標を掲げていたからだ(参照)。しかも、その前にはカルロス・タバレスCEOがメディア向けのイベントで、「電動車の普及に関する決定は、自動車業界によってなされたものではない」とコメント。エンジン車と比べて価格が高くなるEVを買えない中間層の移動手段をどうするか、懸念を示していた。
では、なぜステランティスはこのタイミングで目標の上方修正を発表したのか? 欧州の多くのメーカーが急速なEVシフトを打ち出したのを目の当たりにして、乗り遅れてはいけないという気持ちになったのかもしれない。あくまで推測だが、そうした思いがタバレスCEOの「われわれのEV攻勢は市場の進展に合致している」という言葉にも表れている気がする。
一方で、このステランティスの新しいロードマップには早くも暗雲が立ち込めている。発表のわずか1週間前、ロシアがウクライナへの侵攻を開始。これにより欧州のエネルギー政策は大転換を迫られることになったのだ。
拡大 |
戦争がエネルギー戦略の転換を招く
欧州では多くの国が、石炭や石油、天然ガスをロシアに依存してきた。なかでも天然ガスは、かの地のエネルギー戦略において特別な役割を担うもので、石炭や石油と同じ化石燃料であるにもかかわらず、燃焼時のCO2排出量が少ないという理由から、欧州委員会よりクリーンエネルギーのお墨付きを得ているのだ。かつての“クリーンディーゼル推し”を思い出させる方針だが、一応は天然ガスによる火力発電を安価で安定したベースロード電源としたうえで、太陽光や風力といった再生可能エネルギーの普及を進めていくという考えのようだった。
しかしながら今回の戦争により、その天然ガスの多くがロシアからの輸入であることが知られることとなった。なかでもドイツは、自国で消費する天然ガスの半分以上がロシア産だったといわれており、それを戦争に対する制裁措置として禁輸することとしたのだ。一方、石油についてもロシアへの依存度は高かったものの、天然ガスほどではなかった。ゆえに、ガソリンやディーゼルより(天然ガスによって賄われる)電気のほうが危機的状況となったのだ。現在は段階的な廃止を予定していた石炭火力発電所の稼働を継続するなどして、急場をしのいでいるという。
こうした状況を受け、欧州の自動車メーカーからはEVシフトに慎重な発言が相次ぐようになった。BMWのオリバー・ツィプセCEOは、2022年4月に「EVだけに絞った経営戦略はリスクを伴う」と発言。5月にはルノーのルカ・デ・メオCEOが「性急なEV義務化は環境を悪化させる」と述べている(参照)。ステランティスの発表もあと2カ月遅ければ、これに類する論調となっていた可能性もあるわけで、タイミングが悪かった面は否めない。
拡大 |
ライバルにはない“米国”という強み
ただ、ステランティスが欧州とともに軸足を置く米国では、いささか様相が異なる。バイデン政権になって以降、中国対抗というもくろみから独自の電動化戦略を立ち上げており、これがステランティスも名を連ねる全米自動車労働組合(UAW)の合意を取り付けているのだ。
加えて、米国は石油や天然ガスの産出国ということもあり、昨今の欧州のようにエネルギー危機は起きていない。よって、今後もゼネラルモーターズとフォードはEVシフトを進め、またテスラに続くベンチャー勢力が次々に名乗りを上げていくことが予想される。欧州と違って政治と経済が一枚岩であるうえに、ロシアや中国の影響を受けない米国のほうが、EVシフトは順調に進んでいく可能性もあるだろう。
とはいえ米国における自動車の電動化戦略は、EVなどに加えてプラグインハイブリッド車も存続を認めるなど、欧州ほど過激な内容とはなっていないのも事実。ロシア制裁の影響で欧州のEVシフトが鈍化すれば、同マーケットでの施策が米国のレベルに近づき、両大陸に拠点を持つステランティスには追い風となるかもしれない。
その暁にはタバレスCEOは新しいメッセージを用意する必要がありそうだけれど、ここまでくるとさすがに想像が先走り過ぎというものだろう。いずれにせよ、この分野における各社の指針がしばらく流動的になるのは、しかたのないことである。僕たちも個々の発表を大げさに捉え過ぎず、広い目でカーボンニュートラルを眺めることが大切だろう。
(文=森口将之/写真=ステランティス、Newspress/編集=堀田剛資)
拡大 |

森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
-
ついにハードウエアの更新も実現 進化した「スバルアップグレードサービス」の特徴を探るNEW 2026.3.5 スバルが車両の機能や性能の向上を目的とした「スバルアップグレードサービス」の第3弾を開始する。初めてハードウエアの更新も組み込まれた最新サービスの特徴や内容を、スバル車に乗る玉川ニコがオーナー目線で解説する。
-
始まりはジウジアーロデザイン、終着点は広島ベンツ? 二転三転した日本版「ルーチェ」の道のり 2026.3.4 フェラーリ初の電気自動車が「ルーチェ」と名乗ることが発表された。それはそれで楽しみな新型車だが、日本のファンにとってルーチェといえばマツダに決まっている。デザインが二転三転した孤高のフラッグシップモデルのストーリーをお届けする。
-
F1で絶体絶命!? アストンマーティン・ホンダになにが起きているのか? 2026.3.3 2026年のF1開催を前に、早くも苦戦が伝えられるアストンマーティン・ホンダ。プレシーズンテストでの大不振はなぜ起きたのか? ここから復活する可能性はあるのか? 栄光と挫折を繰り返してきたホンダが、ふたたびF1で輝くために必要なものを探った。
-
“エネマネ”時代に突入! 2026年のF1は「F1ではなくなる」のか? 2026.3.2 レギュレーションは大幅変更。ホンダがアストンマーティンと手を組み復帰を果たすF1の2026年シーズンは、どんな戦いになるのだろうか? 本番前のテストを経て開幕戦が近づいてきた今、その“見どころ”についてリポートする。
-
ホンダがBEV「スーパーONE」の情報を先行公開 「ブルドッグ」の再来といわれるその特徴は? 2026.2.26 ブリスターフェンダーが備わるアグレッシブなエクステリアデザインから、ファンが「シティ ターボII」の再来と色めき立ったホンダの新型電気自動車(BEV)「スーパーONE」。2026年中の発売がウワサされる最新BEVの特徴とホンダの狙いを解説する。
-
NEW
「ジープ・アベンジャー4xeハイブリッド」発表会の会場から
2026.3.5画像・写真ジープブランドのコンパクトSUV「アベンジャー」に、4WDのハイブリッドバージョン「アベンジャー4xeハイブリッド」が追加された。その発表会(2026年3月5日開催)の場に展示された同モデルの外装・内装を写真で紹介する。 -
NEW
スバル・トレイルシーカーET-HS プロトタイプ(4WD)【試乗記】
2026.3.5試乗記スバルから本格的な電気自動車の第2弾となる「トレイルシーカー」が登場。前後のモーターから繰り出すシステム最高出力はドーンと380PS。ただし、それをひけらかすような設定にはしていないのがスバルらしいところだ。スノードライブの印象をお届けする。 -
NEW
ホンダ・インサイト
2026.3.5画像・写真4代目はまさかの電気自動車(BEV)! ハイブリッドからBEVへ、4ドアセダンからSUVへと変身して、「ホンダ・インサイト」が復活を遂げた。ドアトリム/ダッシュボードヒーターにアロマディフューザーと、新たな快適装備を満載したその姿を、写真で紹介する。 -
NEW
BYDシーライオン7 AWD(4WD)
2026.3.5JAIA輸入車試乗会2026堂々たるスタイルにライバルの上をいくパワーと一充電走行距離、そしてざっくり2割はお得なプライスを武器とする電気自動車「BYDシーライオン7」。日本市場への上陸から1年がたち、少しずつ存在感が増してきた電動クーペSUVの走りやいかに。 -
NEW
ついにハードウエアの更新も実現 進化した「スバルアップグレードサービス」の特徴を探る
2026.3.5デイリーコラムスバルが車両の機能や性能の向上を目的とした「スバルアップグレードサービス」の第3弾を開始する。初めてハードウエアの更新も組み込まれた最新サービスの特徴や内容を、スバル車に乗る玉川ニコがオーナー目線で解説する。 -
NEW
第951回:日本が誇る名車を再解釈 「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」の開発担当者に聞く
2026.3.5マッキナ あらモーダ!2026年の「東京オートサロン」で来場者の目をくぎ付けにした「ホンダNSXトリビュートby Italdesign」。イタルデザインの手になる「ホンダNSX」の“再解釈”モデルは、いかにして誕生したのか? イタリア在住の大矢アキオが、開発関係者の熱い思いを聞いた。
































