第38回:魂動デザインの未来を問う(後編) ―マツダを待つのは飛躍か、殉教か―
2024.09.04 カーデザイン曼荼羅マツダの新時代を切り開く「CX-60/CX-80」。その造形に宿るのは、新しい挑戦か? 棄教をささやく悪魔の声か? マツダデザインの教典「魂動デザイン」の是非とその未来について、元カーデザイナーとモータージャーナリスト、webCG編集部員が激論を交わす。
(前編へ戻る)
マツダのクルマはどれも一緒?
渕野健太郎(以下、渕野):前回はいろいろ言いましたけど、プロポーションとかを見たら、CX-80もやっぱりデザインがいいクルマだと思うんですよ。でも、自分のマツダデザインに対する期待は、もっともっと高いんです。
清水草一(以下、清水):私の場合、マツダに注文があるとすれば、SUVばっかりになってることが残念だなぁ。SUV以外は売れないっていう現状を考えると仕方ないですけど、統一されたデザインの似たようなSUVばかり出てくることに対して、どうしても飽きを感じる。SUVという時点で興味が薄いので、アイドルユニットの顔の見分けがつかないみたいな状態で、CX-60もCX-80もほとんど印象が変わらないんですよ。これはメルセデス・ベンツのデザインに対する思いと近いんですけど(その1、その2)。
webCGほった(以下、ほった):さいですか? 同じマツダのクロスオーバーでも「MX-30」はまたイメージが違うし、「CX-3」と「CX-30」も随分カタチが違うじゃないですか。マツダはよっぽど頑張ってると思うんですけど。
渕野:いや、そうですよ。立体の構成も違うし、リフレクションの入り方とかもそれぞれで異なってる。メルセデスみたいな「どれ見ても一緒」みたいな感じではないんじゃないですか? プロポーションのつくり方は似ているので、そこで同じような感じに見えるっていうのはあるかもしれませんが。
清水:SUV好きなら個性豊かに見えるんでしょうね、きっと……。私、これまで54台クルマを買ってて、SUVはゼロなので。
渕野:でもほら、それでも北米や中国向けの「CX-50」は、ちょっと違って見えません?
ほった:あのオフロードっぽいやつですな。日本でもいろんな人が「いいじゃない。これ欲しいな」って言ってたけど。
渕野:幅は「CX-5」よりだいぶ広くなってますね(1920mm)。
清水:それだけ幅が広けりゃ、カッコよくもなるでしょう。
渕野:自分もこれが出てきたときは、「カッコいいじゃん!」って思ったんですけど、なんと日本には来ないという……。
ほった:今日び、日本のマーケットなんてその程度の扱いなんですかね。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
今日のマツダデザインの本当にスゴいところ
渕野:それにしても、こうしてマツダのラインナップ全体を見ると、やっぱりCX-60とCX-80が気になるというか。
ほった:ちょっと異質ですね、ラージ商品群の2台は。
清水:ええっ!? ラージが一番いいんじゃない? CX-60とCX-80のロングノーズ・絶壁フェイスが一番イケてると思いますよ!
ほった:清水さんは顔しか見てないから(笑)。
清水:プロポーションも大事だけどさ、顔も大事じゃん! 同じくらい!
渕野:まぁ、その話は前回済ませたことなので……。それにしても、ラージ商品群のインテリアはすごくいいですね。質感がすごく高い。
ほった:それはびっくりしました、ホントに。
渕野:CX-60も下位グレードは普通の樹脂インパネなんだけど、上位グレードになると全然違う。
ほった:特に「プレミアムモダン」っていう白インテリアのやつがあるじゃないですか。あれがスゴかった。ダッシュボードも織物で覆ってて、真ん中を細工が横断してたりして。色もただの白じゃなくて、黒のアクセントを少しずつまぶしたりとかしてるんですよ。ドアとインパネの境なんかも緻密にかみ合っててズレはないし……。これ、最初に見たとき「マジかよ」と思いましたもん。この手間とクオリティー。マツダのデザイナーさん、狂ってんなと(感動)。
清水:狂ったようにこだわってるよね。
渕野:内装はどのマツダ車もしっかりできてて、いいなと思います。内装だけでも欲しいと思えてくる。
ほった:あと、個人的に思う今のマツダのスゴいところをお話しすると、パネルのほのかな曲面で動きを見せてるじゃないですか。あの技法は多分、今はマツダしかできてないんじゃないかなと。
渕野:キャラクターラインじゃなくてリフレクション(反射)で見せるっていうのは、本当にマツダと……あと1社ぐらいかな?
ほった:ラインナップ全般でっていうと、レクサスぐらいですかね。
渕野:やろうとしてることは近いですね。でもマツダのほうが自然なデザインにできている。自然なんだけど、よくよく見たらすげえことやってるなっていうデザインになってます。
ほった:クレイの人たちのウデが、半端じゃないらしいですね。
渕野:いや、そうでしょう。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
オラオラ系のマツダ車も見てみたい?
清水:僕は皆さんの意見とは真逆で、マツダのラインナップにはエグみがなさすぎると思うんですよ。ひとつくらいエグいモデルが欲しい。BMWの「XM」とか「X2」みたいな、「おりゃー!」ってジェット噴射しそうなリアデザインのモデルがあったら、「こりゃ違うわ!」ってわかりやすいじゃないですか。(全員笑)
ほった:マツダがそれやったらおしまいでしょ!
渕野:彼らにそれができないっていうわけではなくて、ブランドごとに「ウチのデザインはどうあるべきか」みたいな哲学があるので。今のBMWは、その「おりゃー!」が哲学なんだと思うんですけど、それと同じものを、哲学が違うマツダに求めるのは、ちょっと(笑)。
清水:それでもですよ、マツダは今、徹底してお上品路線でしょ。だから逆に“ガンダム”をやったらどうなるか見てみたいんです。
渕野:マツダの場合は、これまで培ってきた魂動デザインをどうするかっていうのがあるわけで、いきなり真逆のことはしづらいでしょう。
清水:それに、そもそもジェット噴射みたいなパワフルなエンジンが、マツダにはないんだよな……。
渕野:そうですね。形だけ派手にして中身が伴わないのはちょっと。本当はマツダも、もっとスポーティーなクルマがつくりたいんですかね?
ほった:どうなんでしょうね。モーターショーでは、ことあるごとにスポーツカーのコンセプトモデルを出してはいますけど。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
どうせならもっとブッ飛んだクルマを出してよ!
渕野:ほかのマツダ車はどうです? 皆さんの目から見て。
清水:いやもう自分は、「ロードスター」のデザインは神だと思ってます。
ほった:東京国立博物館に収蔵して、未来永劫(えいごう)伝えていくべきです。
渕野:ロードスターはいいですよねぇ。
清水:一番美しいスポーツカーでしょう。その逆で、マツダにはMX-30っていう問題児がいるじゃないですか。これはどうですか?
渕野:ウーン。いや、ちょっと……。
清水:外すんだったら、もっといいほうに外してほしかった(笑)。
渕野:これもプロポーションは全然いいんですけどねぇ。……例えばフェンダーのアーチクラッディング(フェンダーアーチモールの部分)、これ、前は立ち気味で後ろは“流れてる”んです。こんな風に、MX-30では普通はあまりやらないことをマツダはやってるんですけど……それが効果的か? って言われると、ちょっと疑問です。顔まわりのイメージも、ちょっと締まりがないかな。
ほった:あえて中途半端にしたっていうか、少し隙があるカタチにしたってことはないですか?
渕野:それは、観音開きのドアも含めて?
ほった:ですかね。
渕野:「これまでと違うマツダ車をデザインする」というデザイナーの目標が高いことはとても感じます。ただ、そのデザインを成立させるための観音開きだったとしたら、少し“説得性”に疑問がありますね。
ほった:説得力は、確かにちょっと弱いかも。
清水:マツダはいろいろ遠回りを続けてますよね。涙ぐましいほどの遠回りを。自ら苦難の道を選んでる。その努力に対して、カーマニアとして応援は惜しまないけど、外して外して、遊びでつくったクルマがこれっていうのは……。
ほった:遊びでつくったんなら、もっとぶっ飛んでほしかったって感じですか。
清水:どうせ赤字出すんなら、「アイコニックSP」を出してよ!
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
見目麗しい「アイコニックSP」に抱く疑問
渕野:そうそう、アイコニックSPはどうです?
清水:いやもうホントにカッコいいです。もうあの形だけで買えますね。たとえ電気自動車であっても。アイコニックSPは、クラシックフェラーリの世界ですよ。
ほった:確かにあれもイカしてますけど、私ゃちょっと前の「RXビジョン」のほうが好きでしたね。それとアイコニックSPって、あれはもう既存の魂動デザインから逸脱してますよね? これからのマツダデザインは、あの方向にいくのかな? でも、あれって小さなスポーツカーに特化した造形な気がして、正直、SUVとかほかの車形に応用しづらいと思うんですけど。まぁ素人考えですけどね。
渕野:そうですね。あれはすごく奇麗だし、いいとは思うんですけども……。マツダ車のデザインであそこまでボディーがくびれたものって、今までなかったでしょ。RXビジョンも、どっちかというズバーンって前から後ろまでまっすぐ伸びてましたよね。それが「深化した魂動デザイン」だったんじゃないかな? でもアイコニックSPは相当くびれています。上から見るとわかりやすいですが、メインの立体はフロントからリアに向かってギュッと絞り、リアまわりを別立体にしている。基本的にはスポーツカーによくある構成ですが、RXビジョンのみならず、FD型の「RX-7」など、歴代マツダのスポーツカーは前から後ろまでズドーンとひとかたまりの構成が多かったので、そこがやや異質に見えました。
ほった:そういうデザイン的な理由もあったのかな。個人的に、なんか脈絡なくパッと出てきた感がぬぐえないんですよね。過去のショーカーみたいに展開が広がっていく気配もなさそうだし……。市販化のウワサはありますけど、それがないなら、マツダがあれをつくった理由がホントにわからない。
清水:夢なんだよ、多分。崇高な夢。「夢じゃ夢じゃ、これは夢じゃ~」。
ほった:そのネタだと、高尚な夢じゃなくて錯乱と現実逃避になっちゃいますよ。でも、やっぱそうですよねぇ。
渕野:夢でしかないんですかね、やっぱり。
ほった:ひとつだけあるとしたら次期ロードスターなのかなと。マツダは否定してますけど。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
教義を貫くべきか、捨てるべきか
渕野:とにかく、今のマツダ車がカッコいいのは確かだから、そこの軸はブラさないでほしいんですよ。
ほった:ですねぇ。俺も、実家の父がマイカーを買い替えるとき、いきなり「マツダってどうなの?」って聞かれてびっくりしましたもん(参照)。それまで広島とは縁のないカーライフを送ってたのに、いきなりですよ。やっぱデザインが人に与える影響はすごいんだなと思いました。
渕野:それはもう、完全にデザインの力ですね。ほかの国産メーカーとは、マツダは見ているところが違う。
清水:でもねぇ、私は、マツダが一人で壮大なガマン比べをやってるように見えるんですよ。「もうこのデザイン教は絶対に変えない!」って。「これを捨てたら俺たちは消える! 信じた道を進むしかないんだ!」って誓いつつ、殉教者になってしまうかもしれない。大丈夫かな? って心配なんです。もうちょっと大衆受けするエグみで味つけしたモデルがあってもいいんじゃないか。渕野さんはそれとは真逆のことを懸念してますよね? CX-60やCX-80は商売っ気が出てるんじゃないかと。それはなんだか、「潔く討ち死にしてこい!」っていう風に聞こえるなぁ。
渕野:いや、商売は最重要ですよ。そこを否定しているわけじゃないです。マツダのように、ここまでプロポーションにこだわっているメーカーってあまりないですよね? で、現ユーザーも潜在的にそこを気に入って買っているはずなんです。だから、それを変えてしまうのはもったいないという気持ちがあるんですよ。市場要望はもちろん大切ですが、それにより今のピュアなデザインにしわ寄せが来るとすると、前回も言いましたが、本末転倒なことになりかねない。
ほった:そうですねぇ。私も、いまさら教義を捨てるほうがアカンことになる気がします。
渕野:迷いが見えると消費者って引いていくじゃないですか。プレミアムブランドはそこを見せないですからね。
清水:耐えて耐えて、プレミアムブランドに到達できるかどうか。そこまでもつのか燃料は! っていうね……。
ほった:もつことを祈りましょう。
渕野:もちろん祈ってますよ(笑)。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=マツダ、向後一宏、花村英典、webCG/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第90回:これぞニッポンの心! 軽自動車デザイン進化論(前編) 2025.11.5 新型の「ダイハツ・ムーヴ」に「日産ルークス」と、ここにきて新しいモデルが続々と登場してきた軽自動車。日本独自の規格でつくられ、日本の景観を変えるほどの販売ボリュームを誇る軽のデザインは、今後どのように発展していくのか? 有識者と考えた。
-
第89回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(後編) ―全部ハズしたら全部ハマった! “ズレ”が生んだ新しい価値観― 2025.10.29 24年ぶりの復活もあって、いま大いに注目を集めている新型「ホンダ・プレリュード」。すごくスポーティーなわけでも、ストレートにカッコいいわけでもないこのクルマが、これほど話題を呼んでいるのはなぜか? カーデザインの識者と考える。
-
第88回:「ホンダ・プレリュード」を再考する(前編) ―スペシャリティークーペのホントの価値ってなんだ?― 2025.10.22 いよいよ販売が開始されたホンダのスペシャリティークーペ「プレリュード」。コンセプトモデルの頃から反転したようにも思える世間の評価の理由とは? クルマ好きはスペシャリティークーペになにを求めているのか? カーデザインの専門家と考えた。
-
第87回:激論! IAAモビリティー(後編) ―もうアイデアは尽き果てた? カーデザイン界を覆う閉塞感の正体― 2025.10.8 ドイツで開催された欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。クルマの未来を指し示す祭典のはずなのに、どのクルマも「……なんか見たことある」と感じてしまうのはなぜか? 各車のデザインに漠然と覚えた閉塞(へいそく)感の正体を、有識者とともに考えた。
-
第86回:激論! IAAモビリティー(前編) ―メルセデス・ベンツとBMWが示した未来のカーデザインに物申す― 2025.10.1 ドイツで開催された、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。そこで示された未来の自動車のカタチを、壇上を飾るニューモデルやコンセプトカーの数々を、私たちはどう受け止めればいいのか? 有識者と、欧州カーデザインの今とこれからを考えた。
-
NEW
ボンネットの開け方は、なぜ車種によって違うのか?
2025.11.11あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマのエンジンルームを覆うボンネットの開け方は、車種によってさまざま。自動車業界で統一されていないという点について、エンジニアはどう思うのか? 元トヨタの多田哲哉さんに聞いてみた。 -
NEW
ボルボEX30クロスカントリー ウルトラ ツインモーター パフォーマンス(4WD)【試乗記】
2025.11.11試乗記ボルボの小型電気自動車(BEV)「EX30」にファン待望の「クロスカントリー」が登場。車高を上げてSUVっぽいデザインにという手法自体はおなじみながら、小さなボディーに大パワーを秘めているのがBEVならではのポイントといえるだろう。果たしてその乗り味は? -
メルセデス・ベンツGLB200d 4MATICアーバンスターズ(4WD/8AT)【試乗記】
2025.11.10試乗記2020年に上陸したメルセデス・ベンツの3列シート7人乗りSUV「GLB」も、いよいよモデルライフの最終章に。ディーゼル車の「GLB200d 4MATIC」に追加設定された新グレード「アーバンスターズ」に試乗し、その仕上がりと熟成の走りを確かめた。 -
軽規格でFR!? 次の「ダイハツ・コペン」について今わかっていること
2025.11.10デイリーコラムダイハツがジャパンモビリティショー2025で、次期「コペン」の方向性を示すコンセプトカー「K-OPEN」を公開した。そのデザインや仕様は定まったのか? 開発者の談話を交えつつ、新しいコペンの姿を浮き彫りにしてみよう。 -
ホンダ・シビック タイプRレーシングブラックパッケージ(後編)
2025.11.9ミスター・スバル 辰己英治の目利きあの辰己英治氏が、“FF世界最速”の称号を持つ「ホンダ・シビック タイプR」に試乗。ライバルとしのぎを削り、トップに輝くためのクルマづくりで重要なこととは? ハイパフォーマンスカーの開発やモータースポーツに携わってきたミスター・スバルが語る。 -
アウディSQ5スポーツバック(4WD/7AT)【試乗記】
2025.11.8試乗記新型「アウディSQ5スポーツバック」に試乗。最高出力367PSのアウディの「S」と聞くと思わず身構えてしまうものだが、この新たなSUVクーペにその心配は無用だ。時に速く、時に優しく。ドライバーの意思に忠実に反応するその様子は、まるで長年連れ添ってきた相棒かのように感じられた。


























































