第11回:堅実だけど見直しは必至!? “大家族”ステランティスの電動化戦略(後編)
2021.08.17 カーテク未来招来![]() |
マーケットの現状を見据えた堅実な目標と、グループ全体を包括した統一感のある電動化戦略を打ち出したステランティス。よく練られたものに見える彼らの計画だが、よくよく観察するといくつかの疑問が浮かんできた。新たに誕生した巨大自動車グループの悩みとは?
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EVプラットフォームがたったの4種類?
グループ全体を横断する、効率的な戦略を打ち出したステランティス。後編では電動化に関する個別の発表を掘り下げてみたい。
前回も触れたように、ステランティスはグループ全体で使用するEV(電気自動車)プラットフォームを4つに集約することを発表した。すなわち、
- STLAスモール(航続距離500km)
- STLAミディアム(航続距離700km)
- STLAラージ(航続距離800km)
- STLAフレーム(航続距離800km)
この4つだ。STLAスモールがA~Cセグメント向け。ミディアムがD~Eセグメント向け。ラージが、ステランティスの表現を借りれば「AWDパフォーマンスおよびアメリカン・マッスル」という高性能スポーツ車向け。そしてフレームがピックアップトラックをはじめとしたボディー・オン・フレーム車向けである。つまり後の2者は、ほぼ米国市場専用ということになる。
この計画の通りに進むと、欧州における乗用車のセグメントはほぼスモールとミディアムの2つのプラットフォームでカバーしなければならない。また米国におけるボディー・オン・フレーム構造のSUVやピックアップトラックも、大きさにはかなり幅があるので、ひとつのプラットフォームでカバーするのは大変そうだ。どれも拡張性のある設計とのことだが、EVの車種を増やしていく段階になると、プラットフォームの数も計画のままでは収まらなくなると思われる。
日本電産がEDMの生産で存在感
もうひとつ、EVの核となる電動パワートレインには3タイプのEDM(Electric Drive Module)を用意する。EDMとは、モーター、減速機、インバーターを一体化したものだ。すべてのEDMがFF、FR、AWDなどすべての駆動方式に対応するという。
出力の大きい「EDM2」と「EDM3」には、インバーターに現在主流のSi(シリコン)を使ったパワー素子に加え、SiC(シリコンカーバイド)パワー素子を使う計画のようだ。SiCパワー素子は動作時の損失が少なくシステムの効率を向上できるのがメリットだが、コストが高く、まだ普及していない。ステランティスでも全車種には展開せず、高級車種などに限定して採用するのだろう。
余談だが、ステランティスが発足する前の2018年、グループPSAは日本電産の関連会社と欧州でEDM(日本電産はE-Axleと呼ぶ)を製造するための合弁会社「NPe(Nidec PSA emotors)」を設立した。今回の発表によれば、欧州で生産されるEVには、このNPeがパワートレインを供給することになっている。日本電産は現在、中国でもE-Axleの生産を拡大しており、欧州でもNPeによるE-Axleの生産が本格化すれば、グローバルマーケットで大きな存在感を示すようになるだろう。
バッテリーもグループ全体で2種類に集約する。ひとつは都市部で使われる小型車向けの、ニッケル・コバルトフリーの低コスト型。もうひとつは高性能車やピックアップトラック向けの、エネルギー密度の高いニッケルベースのタイプである。そして2026年には、全固体バッテリーを搭載した製品を投入する計画だ。第9回で触れたように、ルノーが主力と位置づけるNMC(ニッケル・マンガン・コバルト)系は、ニッケルやコバルトの資源確保に不安があり、ニッケル・コバルトフリーのタイプを用意しているのは安心材料といえる。
バッテリーの調達量については、2025年までに年間130GWh以上、2030年までに年間260GWhとする予定で、北米と欧州に設立する5つの「ギガファクトリー」に加え、パートナー企業とも追加の調達計画について調印済みだという。同時に費用削減にも取り組み、バッテリーパックのコストを2020年から2024年にかけて4割以上、そこから2030年にかけて、さらに2割減らす計画だ。
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電動化のスピードが懸念材料
このように、ステランティスの計画は、2つの巨大自動車連合が合併して誕生したばかりだというのに、グループ全体で最適化が図られている。ただ、同時に気になる点もある。
ひとつは電動化のスピードだ。まだ法制化はされていないが、欧州委員会は2021年7月に2035年までにHEV(ハイブリッド車)を含むエンジン車の販売を禁止する法案を提出した(参照)。これがもし可決されれば、ステランティスの計画は見直されることになるだろう。2035年にエンジン車を全廃するためには、少なくとも2030年にはEVの比率が半分程度に達している必要があるとみられるが、彼らの計画ではEVの比率が明らかにされていない。今後早急に、態度をはっきりさせることが求められそうだ。
そしてもうひとつ、その実現性が気になるのが営業利益率の向上だ。当面、EV化が最も早く進むとみられる欧州域内では、バッテリー供給の中心となるのはフランスのバッテリーメーカー、サフトと合弁で設立したACC(Automotive Cell Company)である。一方、EDM供給の中心を担うのは、先に触れたように日本電産と合弁で設立したNPeだ。これまでエンジンを内製していたのに比べると、EVはパワートレインという車両コストに占める割合の大きい部分で外部からの購入比率が増えることになる。構造的には、利益率は上げにくくなるはずだ。これはエンジン車からEVに移行するうえで、どの完成車メーカーも避けては通れない課題なのだが、これをどうするかについて、ステランティスの発表には正面からの説明がなかった。
ついでに言えば、パンデミックの影響が大きかったとはいえ、ステランティスの2020年の営業利益は前年比41.7%減の36億8500万ユーロ(約4790億5000万円)と、トヨタ自動車(2020年度で2兆1977億4800万円)の4分の1以下しかない。この状況で「今後4年間で約3兆9000億円の投資を行う」というのだから、台所事情は決してラクではないはずだ。利益率が下がるなどとは、口が裂けても言えないことは間違いない。こうした苦しい事情は、次回に紹介するフォルクスワーゲンでも同様だ。
(文=鶴原吉郎<オートインサイト>/写真=ステランティス/編集=堀田剛資)
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鶴原 吉郎
オートインサイト代表/技術ジャーナリスト・編集者。自動車メーカーへの就職を目指して某私立大学工学部機械学科に入学したものの、尊敬する担当教授の「自動車メーカーなんかやめとけ」の一言であっさり方向を転換し、技術系出版社に入社。30年近く技術専門誌の記者として経験を積んで独立。現在はフリーの技術ジャーナリストとして活動している。クルマのミライに思いをはせつつも、好きなのは「フィアット126」「フィアット・パンダ(初代)」「メッサーシュミットKR200」「BMWイセッタ」「スバル360」「マツダR360クーペ」など、もっぱら古い小さなクルマ。
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