第28回:追悼マルチェロ・ガンディーニ(後編) ―カーデザインを変え、時代を変えた男―
2024.06.12 カーデザイン曼荼羅「ランボルギーニ・カウンタック」を筆頭に、あまたの名車のデザインを手がけてきたマルチェロ・ガンディーニ。彼の作品はなぜに素晴らしく、また後世にどんな影響をもたらしたのか。カーデザイン歴20年の有識者と、この春に逝去した偉人の足跡を振り返る。
(前編へ戻る)
時代を変えた強烈なオリジナリティー
渕野健太郎(以下、渕野):ガンディーニがデザインしたクルマは、プロポーションが独自なんです。すごくオリジナリティーを大切にしていたんですね。カウンタックが最たるものですけど、「ランチア・ストラトス」もほかにはないプロポーションを持っている。
webCGほった(以下、ほった):誰にもマネできないですね。
渕野:結局デザイナーって、オリジナリティーを求めて仕事してるわけですけど、どうしても何かのトレンドに引っ張られるんですよ。それに対してガンディーニは、もっと上を見ていたと思います。作品数としてはジウジアーロより少ないと思いますけど、それぞれが強い個性を持っていました。
清水草一(以下、清水):「ミウラ」とカウンタックだけでもおなかいっぱいです(笑)!
渕野:ミウラとカウンタックって、プロペラ機とジェット機ですよね。
清水:えっ、飛行機?
渕野:旅客機は1950年代後半にプロペラ機からジェット機へ大転換しましたが、デザインも大きく変わりました。時代の違いを感じる。そういうのがミウラとカウンタックにはあるんですよ。カウンタックによって、1960年代までとは全然違う新しい価値観を提案したのがガンディーニじゃないでしょうか。(タブレットで写真を示しつつ)……で、このショーカーがカウンタックのベースになったといわれる、初めてのシザーズドアのクルマです。
ほった:「アルファ・ロメオ・カラボ」ですね。
渕野:ここからすでにウエッジシェイプで、リアのホイールアーチにもカウンタックの香りがある。
清水:そしてシザーズドア。カウンタックが持つデザインの破壊力の半分は、シザーズドアから発せられる気がします。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
ショーカーで試した手法を市販車に取り入れる
清水:昔テレビ番組で「フェラーリ派対ランボルギーニ派」の論争をしたことがあるんですけど、ランボルギーニ派の人たちは「ランボルギーニはドアだ!」って断言するんですよ。「ドアさえありゃいい」だとか。
ほった:確かに、いつも開けてますよね。
清水:買ってみて実感できたよ。カウンタックは、ドアを開けて初めて本領を発揮する。
ほった:走るよりも(笑)。
清水:そう! 止まってドアを開けてるか、さもなければ左ドアを開けてクンタッチ・リバースをしてる時が最高の瞬間なの。フェラーリの魂はエンジンにあるけれど、ランボルギーニの魂はドアにある!
渕野:そうなんですか(笑)。
清水:カラボは、サイドウィンドウが一部しか下がらないのもカウンタックに継承されてますね。あれも無意味にカッコよかったなぁ。駐車場の入り口でカウンタックのちっちゃい窓を下げて、マジックハンドで右側の駐車券を取ろうと頑張ったことがあるんです。
ほった:取れたんですか?
清水:取れたんだよ! ガンディーニデザインを体感した貴重な経験だったかも。
渕野:カウンタックとカラボみたいな関係のクルマは、ほかにもたくさんありますよ。こっちはアウトビアンキのショーカー「A112ランナバウト バルケッタ」。これがランチア・ストラトスのテーマなんですよね。ショーカーで試したものをストレートに市販車に出してくるところが、すごく「デザイナーだな」と思います。ちょっとおかしな表現ですが。
清水:いやぁ、わかります。
挑戦を認める気風がイタリアンデザインを支えてきた
渕野:個人的にはフェラーリの「ディーノ308」も好きだな。ベルトーネのフェラーリ。ジウジアーロっぽいデザインですけど。
清水:フェラーリのなかで超不人気の(全員笑)。
渕野:「シトロエンBX」にも、ガンディーニらしさをすごく感じます。この頃、こういう幾何学的なデザインがはやりましたよね。こんなんばっかりでしたから。パキパキの時代。日本でいうと初代「スバル・アルシオーネ」とか。そういう流れもガンディーニからきている。
清水:テクノって言われてましたよね。
渕野: R31の「日産スカイライン」もそうでした。個人的に好きなのは、2代目の「マセラティ・クアトロポルテ」です。
清水:クアトロポルテは4代目もガンディーニですよね。メチャメチャかっこよかったなぁ。
ほった:「シャマル」とかもそうですね。
清水:ダテな直線基調を極めてるよね。クアトロポルテやシャマルには手が出なかったから、似たような形で安かった「マセラティ430」を買ったけど、微妙にコンプレックスあったな。
渕野;普通のセダンなんだけどすごく特徴的で、自分も「はぁー、かっけえな」って思ってました。
ほった:ガンディーニの作品については、あれにオッケーを出す偉い人の度量もスゴいと思います。その辺もイタリアンデザインが生まれる土壌なんじゃないかな。当時の日本やアメリカのメーカーでカウンタックのデザイン出しても、絶対通んなかったでしょ。
渕野:昔のベルトーネやピニンファリーナ、ザガートなんかは、すごく個性を大切にしてましたよね、今はどうしても商売のほうが優先されてしまうけど、もっとピュアに考えられた時代なのかなって思います。時代のせいにするのもアレですけど。
ほった:今後、ガンディーニみたいなスーパースターが生まれる時代ってのは、もう一回くるんですかね? それともおしまいなのかな。
渕野:デザイナー個人の名前が出てくる作品は、もうあまり出ないでしょうね。
清水:そういう時代じゃないですよね。フェラーリがピニンファリーナを切ったくらいだから、一人のスーパースターなんか絶対出ない気がする。
ほった:悲しいかな……。
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
![]() |
あらためて実感する「いきなり『ミウラ』」のすさまじさ
清水:渕野さんに伺いたいのは、例えば国産メーカーがスーパーカーをデザインしようとしたとき、どのあたりに難しさがありますか?
渕野:やっぱ蓄積がないっていうのが一番じゃないですか。蓄積が判断基準にもなりますから。自分もスポーツカーのスケッチ検討をやっていたことがありますけど、描いたことがないから難しいんですよ。評価するのも難しい……みたいな。
清水:練習量ってことですか。
渕野:目もそうだし、手もそうだし。デザイナーだけじゃなくモデラーもそうでしょう。いつもと違うクルマだとわくわくしますけど、やっぱり難しいです。ミドシップのスポーツカー、一回はやってみたいですけど、なかなかすぐできるようなもんじゃないでしょう。
清水:なのにガンディーニさんは、最初にいきなりミウラ。
渕野:いや、信じらんないです。信じられない信じられない(笑)。
清水:フェラーリ崇拝者の立場からも、信じられない天才デザイナーでした。フェラーリデザインは、常にガンディーニに負け続けたんですよ! 天地がひっくり返っても、カウンタックを超えるスーパーカーの形はつくれないから。
ほった:合掌ですね。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=ランボルギーニ、ステランティス、newspress、ペブルビーチ・コンクール・デレガンス、webCG/編集=堀田剛資)
![]() |
![]() |
![]() |

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第87回:激論! IAAモビリティー(後編) ―もうアイデアは尽き果てた? カーデザイン界を覆う閉塞感の正体― 2025.10.8 ドイツで開催された欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。クルマの未来を指し示す祭典のはずなのに、どのクルマも「……なんか見たことある」と感じてしまうのはなぜか? 各車のデザインに漠然と覚えた閉塞(へいそく)感の正体を、有識者とともに考えた。
-
第86回:激論! IAAモビリティー(前編) ―メルセデス・ベンツとBMWが示した未来のカーデザインに物申す― 2025.10.1 ドイツで開催された、欧州最大規模の自動車ショー「IAAモビリティー2025」。そこで示された未来の自動車のカタチを、壇上を飾るニューモデルやコンセプトカーの数々を、私たちはどう受け止めればいいのか? 有識者と、欧州カーデザインの今とこれからを考えた。
-
第85回:ステランティスの3兄弟を総括する(その3) ―「ジープ・アベンジャー」にただよう“コレジャナイ感”の正体― 2025.9.17 ステランティスの将来を占う、コンパクトSUV 3兄弟のデザインを大考察! 最終回のお題は「ジープ・アベンジャー」だ。3兄弟のなかでもとくに影が薄いと言わざるを得ない一台だが、それはなぜか? ただよう“コレジャナイ感”の正体とは? 有識者と考えた。
-
第84回:ステランティスの3兄弟を総括する(その2) ―「フィアット600」からにじみ出るデザイナーの苦悩― 2025.9.10 ステランティスの未来を担う、SUV 3兄弟のデザインを大総括! 2回目のお題は「フィアット600」である。共通プラットフォームをベースに、超人気車種「500」の顔をくっつけた同車だが、その仕上がりに、有識者はデザイナーの苦悩を感じ取ったのだった……。
-
第83回:ステランティスの3兄弟を総括する(その1) ―「ジュニア」に託されたアルファ・ロメオ再興の夢― 2025.9.3 ステランティスが起死回生を期して発表した、コンパクトSUV 3兄弟。なかでもクルマ好きの注目を集めているのが「アルファ・ロメオ・ジュニア」だ。そのデザインは、名門アルファの再興という重責に応えられるものなのか? 有識者と考えてみた。
-
NEW
MTBのトップライダーが語る「ディフェンダー130」の魅力
2025.10.14DEFENDER 130×永田隼也 共鳴する挑戦者の魂<AD>日本が誇るマウンテンバイク競技のトッププレイヤーである永田隼也選手。練習に大会にと、全国を遠征する彼の活動を支えるのが「ディフェンダー130」だ。圧倒的なタフネスと積載性を併せ持つクロスカントリーモデルの魅力を、一線で活躍する競技者が語る。 -
NEW
トヨタ・スープラRZ(FR/6MT)【試乗記】
2025.10.14試乗記2019年の熱狂がつい先日のことのようだが、5代目「トヨタ・スープラ」が間もなく生産終了を迎える。寂しさはあるものの、最後の最後まできっちり改良の手を入れ、“完成形”に仕上げて送り出すのが今のトヨタらしいところだ。「RZ」の6段MTモデルを試す。 -
ただいま鋭意開発中!? 次期「ダイハツ・コペン」を予想する
2025.10.13デイリーコラムダイハツが軽スポーツカー「コペン」の生産終了を宣言。しかしその一方で、新たなコペンの開発にも取り組んでいるという。実現した際には、どんなクルマになるだろうか? 同モデルに詳しい工藤貴宏は、こう考える。 -
BMW R1300GS(6MT)/F900GS(6MT)【試乗記】
2025.10.13試乗記BMWが擁するビッグオフローダー「R1300GS」と「F900GS」に、本領であるオフロードコースで試乗。豪快なジャンプを繰り返し、テールスライドで土ぼこりを巻き上げ、大型アドベンチャーバイクのパイオニアである、BMWの本気に感じ入った。 -
マツダ・ロードスターS(後編)
2025.10.12ミスター・スバル 辰己英治の目利き長年にわたりスバル車の走りを鍛えてきた辰己英治氏。彼が今回試乗するのが、最新型の「マツダ・ロードスター」だ。初代「NA型」に触れて感動し、最新モデルの試乗も楽しみにしていたという辰己氏の、ND型に対する評価はどのようなものとなったのか? -
MINIジョンクーパーワークス(FF/7AT)【試乗記】
2025.10.11試乗記新世代MINIにもトップパフォーマンスモデルの「ジョンクーパーワークス(JCW)」が続々と登場しているが、この3ドアモデルこそが王道中の王道。「THE JCW」である。箱根のワインディングロードに持ち込み、心地よい汗をかいてみた。