第36回:日産デザインの明日はどっちだ?(後編) ―もう一度、輝くアナタが見たい―
2024.08.21 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
最近はあまり話題にならない日産のカーデザインだが、実は今でも、ホームラン級の傑作を出してはデザインチームの地力をうかがわせるという。では問題はどこにあるのか? 秘めたる能力を押さえつけている障害とは? 識者とともに日産デザインを考えた。
(前編に戻る)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
“Vモーション”から“デジタルVモーション”へ
清水草一(以下、清水):そういえば、「Vモーショングリル」も「ジューク」から始まっているんですよ。そういう意味でもジュークは、日産デザインにとって大きな節目だったんじゃないかと思います。
webCGほった(以下、ほった):Vモーショングリルですか……。
清水:当時、中村史郎さんが「今、こういう統一アイコンをやらないわけにいかないんだよ」っていう風におっしゃってました。14年前はどうしても必要だったと。それが今は「デジタルVモーショングリル」になりつつあるわけですが。
渕野健太郎(以下、渕野):Vモーショングリルもジュークが最初なんですね?
ほった:日産が公式にそう言っているわけじゃないですけどね。
渕野:正直、造形にそんなに絡んでなくて、最後に付け足したみたいな感じだったけど……。
清水:最初はこの程度だったということですね。
渕野:そのようですね。まぁとにかく、グリルの統一っていうのは確かに当時、流行(はや)りというか、そうしないといけないみたいな風潮がありました。三菱は「ダイナミックシールド」で、スバルは「ヘキサゴングリル」、日産はVモーションで、トヨタは「キーンルック」。みんななんとかしてブランド価値を上げようとしてましたね。
清水:それが今の日産デザインに、どちらかというとマイナスの重しをかけてるような気がしないでもないんですよ。このクルマのVモーショングリル最高! みたいに思ったことってないんだよねぇ。
渕野:そもそもVモーションって、途中でどんどん幅広くなっていったじゃないですか。
清水:太くでっかくしなきゃどうしようもない感じでしたから。BMWのキドニーグリル(参照)と同じで。
渕野:特にSUVはグリルの主張を強く見せないといけないっていうのがあるので、現行「エクストレイル」あたりも結構幅広くなってます。で、今度はデジタルVモーションっていうのが出てきたわけですけど……。これは個人的な見解ですけど、今のクルマの顔まわりのトレンドはグラデーションだと思うんですよ。
清水:はあ。
ラジエーターグリルは古くさい?
渕野:従来のカーデザインでは、ランプ、グリル、ボディーが明快に分かれていたんですけど、その境界線をグラデーションで曖昧にして、フロントマスクのグラフィックよりもボディー全体の塊感や立体感を強く出そうとしているんです。最近はほかのメーカーのクルマを見ても、(写真を見せつつ)例えばこれは「プジョー408」ですけど、グリルがグラデーション化してますよね。ルノーも最新の「セニック」なんかは、そんな感じです。最後のはレクサスですけど、「LM」をはじめ顔がグラデーション化しつつある。見ようによっては少し違和感がありますけど(笑)。
清水:どうしても昆虫化しますね。
渕野:なんでこれが流行ってるかというと、背景にあるのはEV(電気自動車)の普及かなと思うんです。EVはグリルがなくても構わない。穴が開いたグリル自体が、ちょっと古い印象になっている。EVが今のカーデザインのトレンドを引っ張っているので、デジタルVモーションもその延長線上にあるんじゃないかなと。
清水:ただ、そういうグラデーショングリルのなかで、デジタルVモーションが一番手抜き工事に見えるなぁ。
ほった:(各車の写真を見つつ)ですねぇ、こうして見ると。
渕野:「ノート」も変わりましたよね。「デイズ」も「デイズ ルークス」も。「キックス」もモデルチェンジするみたいだし、最近だと「ノート オーラ」も……。
ほった:オーラのはいただけませんね。
清水:ノート オーラ、改良前は好きだったんだけど……。
渕野:ノート オーラの場合、もしかしたらデザイナーの狙った見え方と少し乖離(かいり)があるのかなと思います。デザイン的にグリルの“くくり”が結構しっかりしてますよね。その中にボディー色のバーがポコポコっと3本入っているので、グリルとしてしっかり見せたいのかグラデーションで散らしたいのかが、ややどっち付かずになっている気がします。
清水:日産ディーラーでボディーが赤の新型ノート オーラを見たんですけど、そのポコポコが生焼けのカルビみたいで「げっ」と思いました。
サラっとさせたかったの? クドくしたかったの?
ほった:うーん。なんというか、デサイナーさんもホントに「これがいい」と思ってデザインしたんですかね? 正直、大多数は改良前のほうがいいって言うと思うんだけど。スケッチを描いた段階で「……これはやめとこ」って思わなかったのかな?
清水:いや、昨今は第一印象が「げえっ!」くらいのほうが、だんだんカッコよく見えてったりするじゃない。……ノート オーラに限っては、改良前が懐かしいけど。
ほった:やっぱりそうじゃないですか。それに日産も、ノート オーラNISMOだけは、あんまりイメージを変えてないんですよ。
清水:ホントだ! こりゃ断然NISMOだね。
ほった:ニスモ……じゃなくて日産モータースポーツ&カスタマイズは慧眼(けいがん)でしたな。
渕野:自分もノート オーラは好きなクルマだったんです。小さな高級車的なコンセプトもいいですし、ノーマルのノートに対して少し幅広くした結果、プロポーションがよくなり、顔まわりもシンプルに構成されてましたから。
清水:ノーマルとは質感がかなり違いましたよね。
渕野:幅が30mm違うだけで、全然見え方が変わってますね。改良型は、もっと主張を強くしたかったのかな?
清水:世の中、「トヨタ・ヤリス」みたいな毒虫デザインがバカ受けしてるから、日産も毒虫にしたくなったのかな。このカルビグリルだってウケるかもしれない。
渕野:ノート オーラの場合、グリルだけじゃなくて、ホイールとかでも細かいことをやってるんです。要は立体感よりもグラフィックで見せてるんですよ。それが今風な感じもするわけです。
ほった:さっきは「プジョーやレクサスはグラフィックよりボディー全体の立体感を見せようとしてる」って話でしたけど、ノート オーラは、ほかのグラデーショングリルのクルマとは意図が逆ってことですか?
渕野:立体感が強いと、結構くどくなったりもしますから。でも新しいノート オーラもさらっとは見えてない。こっちは「キャシュカイ」ですけど……。
ほった:ヨーロッパの。
清水:こっちのほうがスッキリしてていいな。
渕野:これも結構すごいグラフィックですけど。
ほった:俺はムリ(笑)。悪だくみしてるみたい。
清水:観察者の許容範囲が試されるね。日産のデザインには。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
現行の国産車で随一といえる「アリア」のデザイン
清水:それより問題は、ノーマルのノートがだいぶ安っぽくなっちゃったことだよ。
渕野:マイチェン後のノートは、グリルとボディー色の境目のところにグラデーションを入れようとしてますけど、これもあまり効果的には見えてないですね。カーデザインにグラデーションを取り入れるのは、結構難しいんだなって思いました。
清水:というか、これはグラデーションが粗すぎますよ。
ほった:ワタシなんか、単純にクラデーションなんかやめちまえよって思うんですが。
清水:新しいものを全否定したらダメじゃんか!
ほった:大丈夫ですよ。ワタシ一人がどうこう言ったって世の流れは変わりゃしません。グラデーショングリルは広まって、しまいにゃ「アリア」もデジタル顔になるんでしょうから。
清水:……なんか、それはヤだな。
渕野:アリアといえば、先ほど「歴代日本車のデザインで1位は?」って話がありましたけど(参照)、現行車に限れば自分はアリアが1位だと思います。
全員:おおー!
渕野:自分はすごく好きなんです。「マツダ3」とどっちが上か? っていう感じですけど、マツダ3よりもアリアのほうが先進性がある。
清水:僕もVモーションのなかではアリアが一番かな。スッキリサワヤカで。
ほった:これがオーラみたいにマイナーチェンジしたら、大変なことになりますよ(全員笑)。
渕野:そうなる可能性もありますけど……。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
このデザインはホームラン級
清水:アリアのデザインって、具体的にはどこがそんなに評価が高いんですか?
渕野:このクルマは、まずプロポーションがすごくいいんです。それに、サイドの造形なんかもかなり凝ってるんだけど、コテコテしてないように見えるでしょう。一見シンプルに見えながら、実はすごく凝ってるところが日産らしいんですよ。2代目「キューブ」的な引き算のデザインっていうか。
トヨタだったら、もっと明快に立体構成を表現すると思うんです。例えばこれは「レクサスNX」ですけど、アリアとドアの雰囲気が全然違う。実際には、リアタイヤにかかるリフレクションの流れなどは、割と近い感覚でやってるんです。でもNXが、キャラクターラインを面のピークにそろえて、後ろのほうでキックアップさせてるのに対して、アリアはライン自体はまったくシンプルにして、ボリュームの付け方で全然違う表現にしている。どっちが正解という話ではないんですけど、アリアは凝ってるけれどシンプルに見える。それがこのクルマのキモでしょう。
清水:うーん、凝ってること自体わかりませんでした(笑)。
渕野:インテリアもすーごくいいんですよ。全体の造形だけじゃなくて、CMF……カラー・マテリアル・フィニッシュの略ですけど、そのセンスがいい。カッパー(銅色)の加飾が入ってるじゃないですか。カーデザインでは数年前からカッパーが流行ってるんですけど、自分はそれに違和感があったんです。それまでシルバーだった部分をカッパーに代えただけって場合が多くて、収まりが悪かったんですよ。でもアリアを見て、初めて「これはカッパーで正解だな」って思いました。まわりの色味とカッパーの使われ方がすごくいい。あとは表示系ですよね。そういうのが一体になって魅力が出てます。日産って、たまにこういうホームラン級のデザインを出してくるんですよ。
清水:アリアはホームラン級のデザインなんですね。でもそれが生産すらまともにできなくて、結局ほとんど、街で見かけない。
ほった:コロナ禍と半導体不足だけじゃなくて、生産設備のトラブルまで重なったらしいですね。発売が遅れたうえに発売直後に受注停止で、販売再開は今年(2024年)の3月でしたっけ? マジでもったいない話ですよ。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
ポテンシャルは高いのに……
ほった:日産全体の話に戻るんですけど、単発でアリアとか評価の高いクルマはあるけど、総じてはどうなんでしょう?
渕野:それについては……デザインって、経営のよしあしが如実に出る分野だと思うんです。
清水:ふーむ。
渕野:一般論ですけど、経営が悪くなればなるほど、外からの注文が多くなる。「こうしてくれ、ああしてくれ」っていうのが増えて、デザイナーの自由度がどんどんなくなっていく。
清水:縛られてダメになっていくわけですね。
渕野:今の日産の事情はわかんないけど、やっぱり業績が上向きでイケイケの会社のほうが、デザインもいいものが出てくるじゃないですか。日産も中村史郎さんのときは、バックにカルロス・ゴーンという強力なリーダーがいた。そういうのがあると、やっぱり強いですよ。
ほった:なるほど。じゃあ日産の今のモヤモヤは、経営というかガバナンスが落ち着くまでしばらく続きそうなんですね。
清水:今、リーダーシップが強い感じはないもんね。
渕野:なんかちょっと大きな話になっちゃいましたけど(笑)、はたから見ると、そういう気がします。
清水:とはいえ、今の日産はラインナップをめちゃめちゃ整理したので、少数精鋭になって、箸にも棒にもかからないデザインのクルマは残ってないと思うんですよ。
渕野:そうですね。アリアと同じような流れで「サクラ」があるじゃないですか。あれもシルエットはコンサバですけど、顔まわりや内装がめっちゃいい。
清水:サクラを見ると、日産ってこんなにセンスよかったの!? って思いますね。
渕野:センスいいんですよ。日産は国内のメーカーのなかで一番デザイナーっぽい、クリエイターっぽい人がいるイメージです。本拠地も神奈川県ですし。
清水:デザインセンターは厚木の奥地ですけど……。
ほった:本社のある横浜はともかく、あそこらへんにオシャなイメージはないですね(笑)。
渕野:とはいえ、こういうホームランを見ると、感度が高い人が集まっているのは事実だと思います。それが発揮しきれてないのかもしれない。
清水:ポテンシャルはもっと高いわけですね。
渕野:すごくそう思います。
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=日産自動車、ルノー、トヨタ自動車、花村英典、向後一宏/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第95回:レクサスとセンチュリー(前編) ―モノマネじゃない、日本独自の高級車の成否― 2025.12.10 「One of One」の標語を掲げ、いちブランドへと独立を果たしたセンチュリー。その存在は、世界のハイエンドブランドと伍(ご)して渡り合うものとなり得るのか? ジャパンモビリティショーのショーカーから、そのポテンシャルをカーデザインの識者と考えた。
-
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ― 2025.12.3 100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する!
-
第93回:ジャパンモビリティショー大総括!(その2) ―激論! 2025年の最優秀コンセプトカーはどれだ?― 2025.11.26 盛況に終わった「ジャパンモビリティショー2025」を、デザイン視点で大総括! 会場を彩った百花繚乱のショーカーのなかで、「カーデザイン曼荼羅」の面々が思うイチオシの一台はどれか? 各メンバーの“推しグルマ”が、机上で激突する!
-
第92回:ジャパンモビリティショー大総括!(その1) ―新型「日産エルグランド」は「トヨタ・アルファード」に勝てるのか!?― 2025.11.19 盛況に終わった「ジャパンモビリティショー2025」をカーデザイン視点で大総括! 1回目は、webCGでも一番のアクセスを集めた「日産エルグランド」をフィーチャーする。16年ぶりに登場した新型は、あの“高級ミニバンの絶対王者”を破れるのか!?
-
第91回:これぞニッポンの心! 軽自動車デザイン進化論(後編) 2025.11.12 激しさを増すスーパーハイトワゴン競争に、車種を増やしつつある電気自動車、いよいよ登場した中国の黒船……と、激動の真っただ中にある日本の軽自動車。競争のなかで磨かれ、さらなる高みへと昇り続ける“小さな巨人”の意匠を、カーデザインの識者と考える。
-
NEW
ホンダ・プレリュード(前編)
2025.12.14思考するドライバー 山野哲也の“目”レーシングドライバー山野哲也が新型「ホンダ・プレリュード」に試乗。ホンダ党にとっては待ち望んだビッグネームの復活であり、長い休眠期間を経て最新のテクノロジーを満載したスポーツクーペへと進化している。山野のジャッジやいかに!? -
アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.13試乗記「アストンマーティン・ヴァンテージ ロードスター」はマイナーチェンジで4リッターV8エンジンのパワーとトルクが大幅に引き上げられた。これをリア2輪で操るある種の危うさこそが、人々を引き付けてやまないのだろう。初冬のワインディングロードでの印象を報告する。 -
BMW iX3 50 xDrive Mスポーツ(4WD)【海外試乗記】
2025.12.12試乗記「ノイエクラッセ」とはBMWの変革を示す旗印である。その第1弾である新型「iX3」からは、内外装の新しさとともに、乗り味やドライバビリティーさえも刷新しようとしていることが伝わってくる。スペインでドライブした第一報をお届けする。 -
高齢者だって運転を続けたい! ボルボが語る「ヘルシーなモービルライフ」のすゝめ
2025.12.12デイリーコラム日本でもスウェーデンでも大きな問題となって久しい、シニアドライバーによる交通事故。高齢者の移動の権利を守り、誰もが安心して過ごせる交通社会を実現するにはどうすればよいのか? 長年、ボルボで安全技術の開発に携わってきた第一人者が語る。 -
第940回:宮川秀之氏を悼む ―在イタリア日本人の誇るべき先達―
2025.12.11マッキナ あらモーダ!イタリアを拠点に実業家として活躍し、かのイタルデザインの設立にも貢献した宮川秀之氏が逝去。日本とイタリアの架け橋となり、美しいイタリアンデザインを日本に広めた故人の功績を、イタリア在住の大矢アキオが懐かしい思い出とともに振り返る。 -
走るほどにCO2を減らす? マツダが発表した「モバイルカーボンキャプチャー」の可能性を探る
2025.12.11デイリーコラムマツダがジャパンモビリティショー2025で発表した「モバイルカーボンキャプチャー」は、走るほどにCO2を減らすという車両搭載用のCO2回収装置だ。この装置の仕組みと、低炭素社会の実現に向けたマツダの取り組みに迫る。

































