ステランティスのカルロス・タバレスCEOが引退へ 激動の11年8カ月の通信簿
2024.11.22 デイリーコラム競技ドライバーの血潮が流れるCEO
2024年10月10日(現地時間)、ステランティスは、カルロス・タバレスCEOが2026年初めの任期満了を機に退任することを発表した。グループPSAの時代も含め、長きにわたり巨大自動車グループの舵取りをしてきたタバレス氏だが、それも11年8カ月でピリオドを打つことになる。
タバレス氏というと、僕は思い出すことがある。今から10年以上前、ルノーのワンメイクレースの取材でヨーロッパのサーキットを訪れた際のことだ。「あれがタバレスさんのマシンですよ」。同行していた編集スタッフからそう言われ視線を移すと、「クリオ(日本名ルーテシア)」の競技車両のなかに、「C. TAVARES」の文字が入ったマシンがあった。
自動車メーカーの経営陣がモータースポーツに参戦するのは、さほど珍しいことではない。プロモーション効果を狙っての場合もあるだろう。しかし、このときタバレス氏が参加していたのは、若手ドライバーの登竜門的な位置づけにあるワンメイクレースだ。ルノーのナンバー2が周囲に接待されながら走るようなものではなく、到底、プロモーション効果を狙ってのものとも思えなかった。
気になって調べると、彼はルノーに入る前からレースに出場していて、入社後は自分でプライベートチームを結成。アライアンスを組む日産の再建に取り組んでいたころも、フォーミュラレースのGP2シリーズなどに参戦していた。本当にクルマを走らせることが好きなんだと思った。
その後、2013年にタバレス氏はルノーを去る。彼はカルロス・ゴーンCEOの有力な後継者とみられていたが、まだまだトップであり続けたいゴーン氏は、それが気に入らなかったようだ。
激動の連続だったCEOとしての任期
とはいえ、有能な経営者であったタバレス氏を自動車業界が放っておくはずはなく、翌年には経営不振に悩んでいた同じフランスのグループPSAに、CEOとして迎え入れられた。
タバレス氏がとったのは拡大政策だった。DSをブランドとして独立させると、ゼネラルモーターズの欧州ブランドだったオペルとヴォクスホールを買収。そして2021年には、フィアットとクライスラーの合弁により生まれたFCAと合流する。新たに誕生したステランティスでもCEOの座に就くと、その発展に腐心してきた。しかし、14もあるブランドのコントロールに並外れたパワーが必要とされるのは、外から見ていてもわかる。だからなのか、PSA移籍直後には「プジョーRCZ」でのレース活動などが報告されていたレーシングチームのブログは、最近は更新されなくなった。
話を彼の職責に戻すと、ステランティスを舵取りするうえで大きな波となったのは、その設立と同じ2021年に欧州委員会が発表した、「2035年までにエンジン車の新車販売を禁止する」という規制案だろう。
ステランティスは、プジョーやフィアットなど、低価格帯の量販車を主力とするブランドを多く抱えている。「エコとパワーの両立」という付加価値を、値段に上乗せして電気自動車(EV)を販売できるプレミアムブランドとは、事情が違うのだ。ゆえに2022年には欧州自動車工業会からの退会を決定し(参照)、今年(2024年)には中国リープモーターと合弁会社を設立して欧州での生産販売を目指すなど、他の欧州メーカーとは異なる方向に歩みを進めることも多かった。
ところが、その間に今度は北米での収益が落ち込み、2024年10月10日には北米事業の立て直しを目的とした大規模な経営陣刷新を公表する。先述のタバレス氏の引退が発表されたのも、この席でのことだった。
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セカンドキャリアにヘリテージ部門の所長はいかが?
タバレス氏が拡大政策をとった理由のひとつには、おそらくゴーン氏へのライバル心もあったのだろう。ゴーン氏があのような経緯で自動車業界から姿を消し、ステランティスの結成により販売規模がルノー・日産・三菱アライアンスに近づいたことで、その目標はある程度達成されたのではないか。また先述のとおり、彼はレーシングドライバーとしての気質も持つ人物だ。コロナ禍が招いた自動車を取り巻く環境の変化や、昨今のカーボンニュートラルの推進など、自動車のダイナミズムを止める方向の動きが相次いだことで、“引き際”という考えが浮かんでも不思議ではないだろう。
退任まで間もあることだし、タバレス氏のCEOとしての手腕については、ここで結論を述べるのは控えたい。ただステランティスという巨大自動車グループをまとめ上げただけでも、並大抵の人物でないのは確かだ。実績でみても、ステランティスの発足から2023年までは純収入、純利益ともにプラスを続けてきたし、多すぎるといわれたブランドも、減らすどころかランチア再生のめどをつけた。昨今は経営の不振も報じられているが、ドイツのメーカーが前年比での純利益を半減させた2024年第3四半期決算も、彼らは27%減で踏みとどまっており、むしろ厳しい環境下で健闘していると評していいのではないか。今後の回復と、任期満了までのタバレス氏の舵取りに期待したい。
タバレス氏は古いクルマにも造詣が深く、2022年のモンテカルロ・クラシックでは「ランチア・ストラトス」をドライブしていた。ブランド再生のプロモーションも関係しているだろうが、ストラトスを語る姿がとてもイキイキしていると感じたのは僕だけだろうか。ブランドが多いということは、それだけ歴史的財産も豊富ということになる。ぜひ残りの任期中にFCAヘリテージやアヴァンチュール・プジョーなどのクラシック部門を統合・拡張し、そこの所長として新たなキャリアをスタートするというのはいかがだろうか。
(文=森口将之/写真=ステランティス/編集=堀田剛資)
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森口 将之
モータージャーナリスト&モビリティジャーナリスト。ヒストリックカーから自動運転車まで、さらにはモーターサイクルに自転車、公共交通、そして道路と、モビリティーにまつわる全般を分け隔てなく取材し、さまざまなメディアを通して発信する。グッドデザイン賞の審査委員を長年務めている関係もあり、デザインへの造詣も深い。プライベートではフランスおよびフランス車をこよなく愛しており、現在の所有車はルノーの「アヴァンタイム」と「トゥインゴ」。
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