第84回:ステランティスの3兄弟を総括する(その2) ―「フィアット600」からにじみ出るデザイナーの苦悩―
2025.09.10 カーデザイン曼荼羅 拡大 |
ステランティスの未来を担う、SUV 3兄弟のデザインを大総括! 2回目のお題は「フィアット600」である。共通プラットフォームをベースに、超人気車種「500」の顔をくっつけた同車だが、その仕上がりに、有識者はデザイナーの苦悩を感じ取ったのだった……。
(「アルファ・ロメオ・ジュニア」編へ戻る)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
懐古主義の時代はおしまい?
webCGほった(以下、ほった):……そんなわけで、2回目のお題はフィアット600でございます。影が薄いクルマですけど、盛り上げていきましょう(拍手)。
清水草一(以下、清水):500よりだいぶ大きいから、700くらいの感じだけど、600なのね。
ほった:……ああ、車名の話ですね。1955年に出た「600」のリバイバルってことなんでしょう。昔のとは形がぜんぜん違いますけど。
渕野健太郎(以下、渕野):まったく似ていないですね。
清水:名前だけ使った感じだな。
ほった:ですねぇ……。
渕野:……。
清水:……。
ほった:……誰も口火を切らないんでワタシからいきますけど、新型600を見ると、500から始まったフィアットのレトロデザイン路線が、「MINI」や「フォード・マスタング」みたく次のステップにいった感じがするんですよ。昔のモチーフを再現するだけじゃなく、多少似ていなくとも、より新しいものにアレンジしていく路線に踏み込んだ感じ。
渕野:600はレトロだけじゃないってことですか?
ほった:そうです。MINIはもうオリジナルから逸脱したデザインに振り切っているし、マスタングだって今の型は丸目じゃなくて角目でしょ。どちらも、ただのレトロデザインから先のステージに進んでる。フィアットも懐古一辺倒の時期は過ぎて、「……次、どうしよっか?」ってところに差しかかっているんじゃないかなと。
顔だけ「500」に似せても……
清水:……いや、そんなことはどうでもいい! オレはこのクルマのデザイン、大失敗だと思うよ! まったくの落第!!
ほった:おお、ようやく過給がかかりましたね!
渕野:それはどういう……?
清水:フォルムはものすごく凡庸なSUVで、顔だけを500みたいにしたやっつけ仕事でしょ?
渕野:確かに、モチーフとしてはフィアット500を大きくしたデザインを狙っていたのだと思いますが、500のかわいらしさはプロポーションにあるわけです。でもプロポーションをつくり込むにはパッケージも変えていかないと難しい。SUVの前後に長いプロポーションに500のエッセンスを取り入れるのは、相当困難だと思います。
ほった:でも、基本設計を他車種とシェアする600では、それはムリだったわけですね。
渕野:結果的に、私も600は「顔だけ」になってしまった感じがするんですよ。
清水:いやもう、なにこれ? みたいな感じですよ、このクルマは。「スバル・インプレッサ カサブランカ」並みに。
ほった:出た(笑)。
渕野:確かにこの顔はかなり主張が強いし、そこに魅力を感じる人も多いのかなと思います。でも、やっぱりプロポーションが顔に合ってないですよね。
清水:正面から顔だけ見ると、デカくて眠そうな500って感じでカワイイんですけど。
ほった:おや。清水さんは常々「クルマは顔が命!」って言ってますけど、600は顔がかわいいからオッケーってことにはならないんですか?
清水:いやぁ、さすがに顔をくっつければいいってもんじゃないよ。前の「500X」もさ、500よりぜんぜん広いし実用的で顔もカワイイから「これ、売れちゃうのかな?」って思ったけど、あんまり売れなかったでしょ? こういうのを買う人は、そんなに簡単にダマされないんだね。本気でつくったか、ブームに乗っただけか、みんな敏感だよ。その500Xより手抜きなんだから、600もダメだと思うな。
顔を隠すとどこのクルマかわからない
ほった:同じモチーフの多車種展開というと、すでにMINIっていう成功例があったんですけどねぇ。
渕野:MINIでいうと、3ドアのMINIに対してSUVの「クロスオーバー」は、結構いいなと思っていました。
清水:いや。私はアレもダメでした。小さいクルマをデカくすると、どうしてもたるんで見えるから。今の「カントリーマン」は、MINIからかなり離れたデザインだからいいんですけどね。
渕野:いやいや。クロスオーバーはMINIのプロポーションを壊さずに大きくした感じになっていたし、人気もありましたよね。それに比べてフィアット600は、プロポーションのつくりが違うんです。
ほった:やはりプロポーションですか。そうなるともう、e-CMPを共用しようって決まった段階で、敗北は決定していたということですかね。顔を隠したら、どこのクルマかわからないくらいだし。
清水:あまりにも安直でしょ! これは。
渕野:顔以外にデザインの見どころが少ないんですよね。
清水:顔とお尻を500っぽくしましたって以外は、なにもない。
ほった:まだ500Xのほうが、形は似ていますよね。
渕野:(PCで写真を見比べて)こうして見ると、500Xのほうがフロントのシルエットとかは頑張っていますね。600は衝突関連の要件もあって、おそらくフロントのオーバーハングが長くなっています。兄弟車の「アルファ・ロメオ・ジュニア」はそこを短く見せるデザインになっているけど、600は長く見える。500に倣ってバンパーコーナー部をスムーズにしているから、ますます長く見えてしまっているんですよ(写真参照)。ここは違う手法があったんじゃないかと思います。そこまで500を踏襲しなくてもよかったんじゃないかなと。でも、ほかのところにもあまり特徴はないし……。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
違うクルマに仕立てたのには感心するけど……
清水:このクルマを見ると、フィアットは500の遺産で食っていくしかない、それ以外なにもないんだよ! みたいな感じがしてしまう。「グランデパンダ」といい600といい、フィアットは遺産以外になにもないのか!
ほった:グランデパンダは評判いいですよね。ワタシら以外の業界関係者に(笑)。(参照)
渕野:グランデパンダは初代のオマージュで、直線的じゃないですか。600もその路線でつくったほうが、パッケージとの整合性がとれたと思います。
清水:え? 小パンダと大パンダにするってこと?
ほった:ちっちゃいほうも車名はグランデパンダですけど。
清水:じゃあこっちはジャンボかな。600ではなくジャンボパンダにしたほうがよかったわけですか。
ほった:でもコンセプトモデルを見ると、パンダモチーフのミニバンや上級SUVも模索しているみたいだから(参照)、ひとまずこれ(=600)は、500系のデザインに寄せたのかも。
渕野:フィアットは500系とパンダ系の2路線でいくんでしょう。
清水:昔のモチーフにしがみついて。
ほった:そもそもレトロデザインって、そういうもんな気がしますけど(笑)。ただ、非レトロデザイン系のクルマがほとんどなくなっちゃうっていうのは、それはそれでどうよ? って気が、確かにしますね。……それにしても、今回はなんか話に救いがない(笑)。
渕野:そうですね……。いや、デザイン的に見ると、3兄弟でフロントのキャビンまわりを共用しつつ、ここまでイメージの違うクルマに仕上げたのは興味深いですよ。同じパッケージでここまで変えられるんだなって、感心しました。
ほった:そういう感心の仕方もあるわけですね。
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |
設計の共用がもたらしたデザインの弊害
清水:この600を見ると、500や「500e」はよかったなぁってしみじみ思いますよ。ちゃんと本気でレトロデザインに取り組んでた。特に500eはものすごくかわいくて、上質で。
ほった:「ID. Buzz」のときは「真面目につくりすぎないほうがいい」とか言ってたくせに(笑)。
渕野:500や500eは車高が高めですけど、プロポーションがすごくいいんです。本来ここまで背が高いとプロポーションはよくならないはずなのに、すごくうまく仕上げてる。以前、500eが青山のカフェの前に止まっていたのを見かけたんですけど、すごくサマになっていました。あれが600だったら、多分あまりオシャレには見えなかったでしょう(笑)。やっぱりパッケージが問題なんですよ。
清水:プラットフォームを共用したことによって、こうなってしまったと。
ほった:そもそもCMPは、ステランティスなんて連合が登場するより前に、プジョーやシトロエンのためにつくられたプラットフォームですからね。それで無理やりフィアットのクルマをつくって、500の顔をかぶせても……。
渕野:ルーフラインだけでも、もうちょっと丸みをつけられたら違って見えたんじゃないかな。でも、おそらく前席側のキャビンまでは設計が共用なので、そこはフラットにせざるを得なかったんでしょう。
清水:なるほど。
渕野:デザイナーはすごく苦しかったと思いますよ。「これで500っぽいクルマをつくれ!」というお題を出されたわけですから。だから、個人的にはこれを簡単にダメとは斬れないです。こういう仕事は非常に苦しいんですよ、本当に。
ほった:じゃあ、フィアット600のデザイナーが日本に来たら、居酒屋に連れてって慰めてあげましょう。ワタシら3人で(笑)。
清水:それ、慰めるつもりゼッタイないよね。
(「ジープ・アベンジャー」編へ進む)
(語り=渕野健太郎/文=清水草一/写真=ステランティス、フォード、BMW/編集=堀田剛資)
拡大 |
拡大 |
拡大 |
拡大 |

渕野 健太郎
プロダクトデザイナー兼カーデザインジャーナリスト。福岡県出身。日本大学芸術学部卒業後、富士重工業株式会社(現、株式会社SUBARU)にカーデザイナーとして入社。約20年の間にさまざまなクルマをデザインするなかで、クルマと社会との関わりをより意識するようになる。主観的になりがちなカーデザインを分かりやすく解説、時には問題定義、さらにはデザイン提案まで行うマルチプレイヤーを目指している。

清水 草一
お笑いフェラーリ文学である『そのフェラーリください!』(三推社/講談社)、『フェラーリを買ふということ』(ネコ・パブリッシング)などにとどまらず、日本でただ一人の高速道路ジャーナリストとして『首都高はなぜ渋滞するのか!?』(三推社/講談社)、『高速道路の謎』(扶桑社新書)といった著書も持つ。慶大卒後、編集者を経てフリーライター。最大の趣味は自動車の購入で、現在まで通算47台、うち11台がフェラーリ。本人いわく「『タモリ倶楽部』に首都高研究家として呼ばれたのが人生の金字塔」とのこと。
-
第94回:ジャパンモビリティショー大総括!(その3) ―刮目せよ! これが日本のカーデザインの最前線だ― 2025.12.3 100万人以上の来場者を集め、晴れやかに終幕した「ジャパンモビリティショー2025」。しかし、ショーの本質である“展示”そのものを観察すると、これは本当に成功だったのか? カーデザインの識者とともに、モビリティーの祭典を(3回目にしてホントに)総括する!
-
第93回:ジャパンモビリティショー大総括!(その2) ―激論! 2025年の最優秀コンセプトカーはどれだ?― 2025.11.26 盛況に終わった「ジャパンモビリティショー2025」を、デザイン視点で大総括! 会場を彩った百花繚乱のショーカーのなかで、「カーデザイン曼荼羅」の面々が思うイチオシの一台はどれか? 各メンバーの“推しグルマ”が、机上で激突する!
-
第92回:ジャパンモビリティショー大総括!(その1) ―新型「日産エルグランド」は「トヨタ・アルファード」に勝てるのか!?― 2025.11.19 盛況に終わった「ジャパンモビリティショー2025」をカーデザイン視点で大総括! 1回目は、webCGでも一番のアクセスを集めた「日産エルグランド」をフィーチャーする。16年ぶりに登場した新型は、あの“高級ミニバンの絶対王者”を破れるのか!?
-
第91回:これぞニッポンの心! 軽自動車デザイン進化論(後編) 2025.11.12 激しさを増すスーパーハイトワゴン競争に、車種を増やしつつある電気自動車、いよいよ登場した中国の黒船……と、激動の真っただ中にある日本の軽自動車。競争のなかで磨かれ、さらなる高みへと昇り続ける“小さな巨人”の意匠を、カーデザインの識者と考える。
-
第90回:これぞニッポンの心! 軽自動車デザイン進化論(前編) 2025.11.5 新型の「ダイハツ・ムーヴ」に「日産ルークス」と、ここにきて新しいモデルが続々と登場してきた軽自動車。日本独自の規格でつくられ、日本の景観を変えるほどの販売ボリュームを誇る軽のデザインは、今後どのように発展していくのか? 有識者と考えた。
-
NEW
業界を揺るがした2025年のホットワード 「トランプ関税」で国産自動車メーカーはどうなった?
2025.12.10デイリーコラム2025年の自動車業界を震え上がらせたのは、アメリカのドナルド・トランプ大統領肝いりのいわゆる「トランプ関税」だ。年の瀬ということで、業界に与えた影響を清水草一が振り返ります。 -
NEW
BYDシーライオン6(FF)【試乗記】
2025.12.10試乗記中国のBYDが日本に向けて放つ第5の矢はプラグインハイブリッド車の「シーライオン6」だ。満タン・満充電からの航続距離は1200kmとされており、BYDは「スーパーハイブリッドSUV」と呼称する。もちろん既存の4モデルと同様に法外(!?)な値づけだ。果たしてその仕上がりやいかに? -
NEW
第95回:レクサスとセンチュリー(前編) ―モノマネじゃない、日本独自の高級車の成否―
2025.12.10カーデザイン曼荼羅「One of One」の標語を掲げ、いちブランドへと独立を果たしたセンチュリー。その存在は、世界のハイエンドブランドと伍(ご)して渡り合うものとなり得るのか? ジャパンモビリティショーのショーカーから、そのポテンシャルをカーデザインの識者と考えた。 -
MTの“シフトフィール”は、どんな要素で決まるのか?
2025.12.9あの多田哲哉のクルマQ&Aクルマ好きの間では、しばしば「MT車のシフトフィールの良しあし」が語られるが、その感触は、どんな要素で決まってくるのだろうか? トヨタでスポーツカーを開発してきたエンジニア、多田哲哉さんに聞いた。 -
フェラーリ12チリンドリ(FR/8AT)【試乗記】
2025.12.9試乗記フェラーリのフラッグシップモデルが刷新。フロントに伝統のV12ユニットを積むニューマシンは、ずばり「12チリンドリ」、つまり12気筒を名乗る。最高出力830PSを生み出すその能力(のごく一部)を日本の公道で味わってみた。 -
アウディS6スポーツバックe-tron(4WD)【試乗記】
2025.12.8試乗記アウディの最新電気自動車「A6 e-tron」シリーズのなかでも、サルーンボディーの高性能モデルである「S6スポーツバックe-tron」に試乗。ベーシックな「A6スポーツバックe-tron」とのちがいを、両車を試した佐野弘宗が報告する。



















































